「ショパンのノクターンを弾いてみたいけれど、自分の実力で手が届くのかがわからない」——ピアノを再開した大人の学習者から、この種の質問がいちばん多く出ます。楽譜売り場に並ぶノクターンの曲集は、1冊に21曲がまとめて入っているのが普通です。ところがその中身は、譜読みだけなら数日で終わる曲と、ツェルニー40番以上の下地がないと形にならない曲が同じ表紙の下に同居しています。曲順は難易度順ではなく、作品番号順です。つまり、1曲目から順に弾いていくと、3曲目でいきなり壁にぶつかる構造になっています。
先に結論を書きます。ヘンレ版の難易度表記をもとに整理した分類では、ショパンのノクターン全21曲のうち「上級」に入るのは第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1の2曲だけです。残る19曲はすべて中級のレンジに収まり、その内訳は難易度6が14曲、難易度5が5曲。つまり「ノクターン=上級者の曲」というイメージは、実際の難易度分布とはずれています。
この記事では、難易度の分布をまず全体像として押さえたうえで、最も弾きやすいとされる第6番 Op.15-3、最も有名な第2番 Op.9-2、その次の段階にあたる第8番 Op.27-2、そして上級2曲までを、調号・拍子・小節数・具体的な難所という「理屈」で並べ直します。難易度は感覚ではなく、楽譜に書かれた条件から説明できます。
・全21曲の難易度分布(上級2曲・中級19曲)と、その内訳の読み方
・最初の1曲に第6番 Op.15-3が挙げられる、譜面上の根拠
・有名な第2番 Op.9-2が「弾けるのに弾きこなせない」と言われる構造
・上級2曲(第3番・第13番)で具体的に何が起きているのか
ショパンのノクターン難易度は「上級がたった2曲」から逆算するとつかめる

難易度を1曲ずつ調べていくと、情報が断片になって全体像が見えません。先に分布を押さえると、自分がどこを目指しているのかが一目でわかります。
全21曲のうち上級は第3番と第13番だけ
ショパンのノクターンは一般に21曲と数えられます(作品としては22曲を含める数え方もあります)。この21曲を難易度で分けると、上級に分類されるのは第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1の2曲のみで、それ以外の19曲はすべて中級のレンジに入る、という整理が広く使われています。
なぜこうなるのか。ノクターンという形式そのものが、速いパッセージを延々と走らせる曲種ではないからです。テンポ表記はAndante(ゆるやか)かAndantinoが基本で、演奏時間はおおむね5〜10分程度。左手が分散和音で伴奏し、右手が旋律を歌う——この構造が保たれている限り、指の運動としての負荷は跳ね上がりません。難易度が跳ね上がるのは、この構造から逸脱する曲、つまり第3番と第13番です。
ここで学習者がよく取り違えるのが「中級19曲=どれも同じくらい」という理解です。実際には中級の中でも幅があり、譜読みの負担も表現の要求も曲ごとに違います。次の項でその内訳を見ます。
難易度6が14曲、難易度5が5曲という内訳
中級19曲の内訳は、難易度6が14曲で最多、難易度5が5曲です。この数字が示しているのは、ノクターンという曲集の重心が「難易度6」に置かれているという事実です。最初に手を出すべき難易度5の曲は5曲しかなく、そこを抜けると一気に14曲の層が待っています。
だからこそ、最初の1曲の選び方が学習の効率を決めます。難易度5の層で左手のアルペジオとペダル、そして「歌う右手」の作り方を身につけてから難易度6の層に入ると、14曲がまとめて視野に入ります。逆に難易度6の曲から始めると、左手の伴奏形を安定させる作業と、複雑な和声を表現する作業を同時にこなすことになり、練習が長期化します。
つまずくのは、たいていこの順序です。曲集の1曲目(第1番 Op.9-1、難易度6)から素直に弾き始めて、譜読みは終わったのに音楽にならない——という状態で止まる人が多くいます。原因は実力不足ではなく、入口の設定にあります。
| 区分 | 曲数 | 代表曲 | 求められるもの |
|---|---|---|---|
| 上級(難易度7) | 2曲 | 第3番 Op.9-3/第13番 Op.48-1 | ノクターンの枠を超えた表現力と持久力 |
| 中級(難易度6) | 14曲 | 第1番 Op.9-1/第8番 Op.27-2ほか | 左手アルペジオの安定と和声の把握 |
| 中級(難易度5) | 5曲 | 第6番 Op.15-3/第2番 Op.9-2ほか | ツェルニー30番修了程度の基礎 |
ヘンレ難易度1〜9のどこに位置しているのか
難易度の数字を見るときは、その物差しの全長を知っておく必要があります。ここで使っているヘンレ版の難易度は1〜9の9段階です。9が最上位ですから、難易度7というのは「上から3番目」の位置になります。ノクターンの上級2曲は、ショパンの作品全体で見れば最上位ではありません。
一方、中級のボリュームゾーンである難易度6は、9段階のちょうど中ほどより少し上です。ここを「中級」と呼ぶかどうかは資料によって表現が揺れますが、数字そのものは共通の物差しなので、曲同士を比べるときに役立ちます。難易度5の第6番と難易度7の第13番のあいだには、2段階ぶんの距離がある——これが数字で言えることのすべてです。
気をつけたいのは、この数字が「譜読みの難しさ」と「表現の難しさ」を1つにまとめてしまっている点です。後で詳しく見ますが、第13番 Op.48-1は譜読みだけなら難易度6相当と評価される一方、音楽表現の側は10段階で9.5という別格の評価が与えられています。数字1つでは、その内訳までは見えません。
「有名な曲=簡単な曲」ではない理由
ノクターンで最も知られているのは第2番 Op.9-2です。CMやドラマで流れ、ピアノ発表会の定番でもあります。この曲は難易度4〜5、資料によっては5とされ、確かに21曲の中では易しい側に入ります。ただし「知名度」と「難易度」は本来まったく別の軸で、たまたまこの曲では両方が低い側に寄っているだけです。
逆の例が第3番 Op.9-3です。演奏される機会が少ない一方で、難易度は上級の7。同じ作品9の中に、最も有名で易しい曲と、最も演奏機会が少なくて難しい曲が並んでいます。曲集の並びは作曲順・出版順であって、学習順ではないという事実が、ここに端的に表れています。
もう1つ、有名だから簡単だろうという読み違えが起きやすいのが遺作です。映画『戦場のピアニスト』で使われた第20番(遺作)や第21番(遺作)は知名度が高く、難易度も5以下の層に入るとされています。ただし、これらの曲は音数が少ないぶん1音の質がそのまま露出します。ミスタッチが目立たないという意味での「易しさ」は、ここにはありません。

そもそもノクターンとは何か——フィールドが作り、ショパンが完成させた形式
難易度の話を進める前に、この形式が何を要求する音楽なのかを押さえておきます。ここを理解すると、なぜ特定の箇所で全員がつまずくのかが説明できるようになります。
語源は「夜」、形式はロマン派の性格的小品
ノクターン(夜想曲)は、夜という時間帯の気配や情緒を音楽で表す性格的小品の一種です。語源はラテン語のnocturnus(夜の)で、その元になっているnoxが「夜」を意味します。バロック時代には夜想曲という形式は存在せず、19世紀のロマン派に属するジャンルです。
この形式を創始したのは、アイルランド出身のピアニスト兼作曲家ジョン・フィールドです。フィールドはムツィオ・クレメンティのもとで学び、左手の分散和音の上に右手が歌う旋律を乗せるという、以後200年使われ続けるスタイルの原型を作りました。ショパンはその形を受け継ぎながら、高度な和声語法と内的な緊張、装飾的な旋律処理を持ち込み、ジャンルとして芸術的に大きく発展させています。今日「ノクターン」と言えばショパンを指すほどの位置づけになったのは、この発展の結果です。
形式面では三部形式(ABA形式)が主流です。特に決まった形式があるわけではありませんが、多くの曲で「提示された旋律→対照的な中間部→旋律の再現」という流れが取られます。この構造が、後述する再現部の難しさを生みます。
カンタービレ=「歌うように」を意味する発想標語。ノクターンの右手はこの指示のもとで書かれており、1音ずつ均等に鳴らすのではなく、フレーズの山と谷を作りながら音をつなげることが求められます。
アルペジオ=和音を同時に鳴らさず、低い音から順に分けて弾く奏法。ノクターンの左手伴奏はほぼこの形で書かれています。
左手アルペジオ+右手カンタービレという構造が難易度を決める
ノクターンの難易度を左右する最大の要因は、左手のアルペジオです。左手が穏やかな分散和音で伴奏し、右手がカンタービレで旋律を奏でる——この役割分担が形式の核であり、同時に学習者が最初に苦戦する場所でもあります。
難しさの正体は、音域の広さです。伴奏のアルペジオは1オクターブを超えて広がることが多く、手を移動させながら音の粒をそろえる必要があります。指だけで届かせようとすると手首が固まり、低音側と高音側で音量差が出ます。指だけでなく肘の左右の動きも使って弾く、というのがこの伴奏形の基本です。腕の重さを移動させながら弾く感覚がつかめると、粒がそろい始めます。
右手側の課題はレガートとペダルです。甘美な旋律をなめらかにつなぎ、ペダルで流れを保つ。ただしペダルを踏みっぱなしにすると左手の和音が濁ります。この「つなぎたいが濁らせたくない」というトレードオフが、ノクターン特有の難しさです。ペダルは小節単位ではなく、和音が変わるタイミングで踏み替えるのが原則になります。

楽譜に和音が出てきて、その左側に縦の波線が引かれている。この波線を見たとき、どう弾けばいいのか迷ったことはありませんか。あるいは「アルペジオの練習をしなさい」と…
三部形式が生む「同じ旋律を2回弾く」という課題
三部形式では、冒頭の旋律が終盤でもう一度現れます。楽譜上は同じ音符が並んでいるのに、ここが難所になります。理由は単純で、2回目は「中間部を通過した後」だからです。まったく同じように弾くと、聴いている側には後退したように聞こえます。
ショパンの場合、再現部は多くの曲で装飾が加えられ、A’として書き分けられています。第2番 Op.9-2も、第3番 Op.9-3も、再現部は単純な繰り返しではありません。装飾音が増え、和声が変えられ、終結に向けたカデンツァが置かれます。つまり作曲者の側が「同じに弾かせない」設計をしているわけです。
ここでのつまずきは、再現部を「もう一度譜読みし直す部分」ととらえずに、冒頭の練習成果でそのまま通してしまうことです。装飾音の位置が微妙にずれているため、指が冒頭の記憶に引っ張られて崩れます。再現部は別の曲として譜読みを立て直すほうが、結果的に早く仕上がります。
最初の1曲に第6番 Op.15-3が挙げられる、譜面上の根拠

「ノクターンを弾きたい」と思ったとき、多くの人が第2番から入ります。ただし譜面の条件だけを見ると、より入りやすい曲が存在します。
装飾がなくシンプルな譜面という条件
第6番 Op.15-3(ト短調)は、21曲の中で最もマイナーで、同時に最も弾きやすい作品とされています。難易度は5。根拠は譜面そのもので、装飾がなくシンプルな譜面であること、そして左手の動きが少ないことです。
ノクターンの難しさの多くは、装飾音とトリルの処理、そして広い音域を渡るアルペジオに集中します。この2つの負荷が両方軽い曲が第6番です。譜読みに不安がある学習者にとって、ノクターンという形式の「歌わせ方」だけに集中できる環境が整っている、という言い方ができます。
逆に言えば、この曲で身につくのは技術ではなく音楽の作り方です。左手の伴奏を支えにして右手のフレーズを設計する、ペダルで流れをつなぐ、テンポを自然に揺らす——ノクターン全曲に共通する土台が、装飾音の処理に気を取られずに練習できます。
ツェルニー30番修了が1つの目安になる理由
第6番に取り組む段階の目安として、ツェルニー30番修了程度が挙げられています。これは指が速く回るかどうかの話ではありません。30番の課程で扱われるのは、片手ずつのフレーズを均等に鳴らす力と、両手の役割を分けて弾く力です。ノクターンの左手伴奏と右手旋律の分離は、まさにこの延長線上にあります。
ただし、この目安は「30番が終わっていなければ触ってはいけない」という意味ではありません。上達の速さには前提条件が多く、期間を断定することはできません。判断の基準にすべきなのは進度表ではなく、「左手の分散和音を、右手の旋律を聴きながら一定の音量で保てるか」という一点です。ここができていれば、教本の進度に多少の前後があっても曲は進みます。
確認方法は簡単です。左手だけを弾きながら、右手の旋律を声に出して歌ってみます。歌に気を取られて左手が乱れるなら、まだ左手が自動化されていません。この状態で両手を合わせると、右手の表現に意識を回す余裕がなくなります。
最も多い失敗が、第2番 Op.9-2をノクターンの1曲目に選び、装飾音と32分音符の箇所で止まったまま数か月が過ぎるケースです。原因は実力ではなく順序で、この曲は「左手のアルペジオが安定している」ことを前提に書かれています。対策は、第6番 Op.15-3のように装飾の少ない曲で左手を自動化してから戻ること。遠回りに見えて、装飾音の処理に割ける集中力が増えるぶん、結果的に早く仕上がります。
地味な旋律をどう聴かせるかという次の課題
第6番の難点は技術ではなく、右手の旋律が地味なことです。第2番のような、聴けばすぐそれとわかる旋律ではありません。派手さがないぶん、演奏者が何もしないと平坦な音楽になります。
ここで必要になるのが、和声を手がかりにした設計です。旋律だけを追うのではなく、左手の和音がどこで変わり、どこで緊張が高まってどこで解決するかを譜面から拾います。緊張が高まる箇所に向かって音量を寄せ、解決で緩める。これだけで平坦さは消えます。ノクターンで「複雑な和声進行をどう捉えて表現するか」が問われると言われるのは、この作業のことです。
この設計作業は、後の曲すべてで使えます。第6番でこれをやっておくと、難易度6の14曲に入ったときに「音は取れたが音楽にならない」という停滞が起きにくくなります。最初の1曲を地味な曲にする価値は、ここにあります。
遺作の2曲を最初に選ぶ場合の注意点
第20番(遺作)と第21番(遺作)も、難易度5以下の層に含まれます。第20番は映画『戦場のピアニスト』で使われて知名度が上がり、最初の1曲に選ばれることが増えました。
選択肢として問題はありませんが、押さえておきたい点が1つあります。音数が少ない曲は、1音あたりの責任が大きくなります。テンポの揺れ、音量のばらつき、ペダルの濁りが、そのまま表に出ます。技術的なハードルが低いことと、演奏として成立させやすいことは同じではありません。
その意味では、遺作から入る場合も、練習の内容は第6番と変わりません。左手を先に自動化し、和声の変わり目を譜面から拾い、そこに音量の設計を乗せる。この順序を守れば、どちらから入っても土台は同じように積み上がります。
第2番 Op.9-2が「弾けるのに弾きこなせない」と言われる構造
ノクターンの代名詞である第2番。難易度4〜5という数字と、実際に感じる難しさのギャップがどこから来るのかを、譜面の条件から分解します。
変ホ長調・12/8拍子・三部形式という設計
第2番 Op.9-2は変ホ長調、12/8拍子、Andante、三部形式(A-B-A’)で書かれています。演奏時間は約5分。作曲は1830〜1831年、ショパンが20〜21歳のときの作品で、出版は1832年のドイツ版(ライプツィヒ、F.キストナー)が最初、翌1833年にフランス版とイギリス版が続きました。献呈先は、ピアノ製造会社プレイエル社長の妻マリー・プレイエルです。
難易度に直結するのが12/8拍子です。1小節が8分音符12個分、つまり3つずつのまとまりが4組。左手はこの3つ単位で分散和音を刻み、右手はその上を自由に流れます。ここで問題になるのが、右手の音符が左手の3つ単位に素直に乗らない箇所です。
いわゆる3対4のリズム——左手の3つに対して右手が4つ入る形が出てきます。これを数えて合わせようとすると必ず崩れます。左手を一定の流れとして体に入れ、その上に右手を「置く」感覚に切り替えるのが定石です。数える対象を音符から拍のまとまりに変える、という発想の転換が必要になります。
装飾音とトリルは「速さ」ではなくフレーズの問題
第2番でつまずく箇所として挙げられるのが、装飾音、トリル、そして終盤の32分音符です。多くの学習者はこれを「指の速さの問題」と受け取り、その部分だけを速く弾く練習を繰り返します。ところが速く弾けるようになっても音楽が良くならない、という状態に陥ります。
理由は、これらの装飾がフレーズの一部として書かれているからです。トリルは音符を細かく刻む装置ではなく、その音を伸ばして次の音へ向かわせるための手段です。フレーズ感のあるトリル、丁寧な32分音符、という言い方がされるのはこのためで、求められているのは正確さより方向性になります。
練習の順序としては、まず装飾音をすべて省いて旋律の骨格だけを弾き、フレーズの山がどこにあるかを決めます。その骨格が歌えるようになってから装飾を戻すと、装飾が旋律の邪魔をしなくなります。逆の順序——装飾込みで譜読みして、あとから歌わせようとする——だと、指の記憶が固まってしまって直せません。
20〜21歳の作品という背景が示すもの
第2番が作られた1830〜1831年は、ショパンが20〜21歳の時期です。ショパンは1810年3月1日にワルシャワ公国のジェラゾヴァ・ヴォラ村で生まれ(生年月日には異説もあります)、1831年、21歳でパリに移りました。ノクターンの作曲は20歳前後から始まり、1830〜1846年にわたって続きます。
この年表が意味するのは、第2番がノクターン群の最初期に属するということです。ショパンはこのジャンルを長い年月をかけて発展させており、後期の作品ほど和声も構造も複雑になります。つまり作品番号が若い曲は、書法としても相対的に素直です。第2番が入門的な位置づけになっているのは、単に有名だからではなく、作曲時期に理由があります。
ショパンは1849年10月17日にパリで39歳で亡くなっています。ピアノ独奏曲を中心に200曲あまりを残し、「ピアノの詩人」と呼ばれました。ノクターン21曲は、その創作期のほぼ全域にまたがって書かれた、いわば作曲家の成長の記録でもあります。
この曲を「弾ける」と言える基準はどこか
第2番に必要とされる技術要件は、右手のブラインドタッチ、左手の和音、自然なテンポの揺らし、フレーズ感のあるトリル、丁寧な32分音符、そして3対4のリズムです。並べてみると、指の速さの項目が1つもないことがわかります。
この曲が「弾けるが弾きこなすのが難しい」と言われるのは、要求されているものが技術ではなく総合的なアプローチだからです。装飾音やトリルというテクニック面だけでなく、複雑な和声進行をどう捉えて表現するかまでが問われます。音を並べる段階と、音楽として成立させる段階のあいだに、大きな距離があります。
自己判断の基準を1つ挙げるなら、「テンポを揺らした状態でも左手が崩れないか」です。ノクターンでは自然なテンポの揺らしが求められますが、揺らすと左手のアルペジオが不安定になるなら、まだ左手が自動化されていません。この状態で人前で弾くと、緊張で揺れ幅が制御できなくなります。
第2番の次に何を弾くか——中級19曲の並べ方
難易度5の層を抜けたあと、14曲ある難易度6の層をどう歩くか。ここで迷う学習者が多いので、資料に記載のある曲を難易度順に整理します。
難易度5〜6の中級曲を難易度順に並べる
一般に推奨される流れは、第6番 Op.15-3 → 第2番 Op.9-2 → 第1番 Op.9-1 → 第9番 Op.32-1 → 第4番 Op.15-1 → 第5番 Op.15-2 → 第7番 Op.27-1 → 第8番 Op.27-2という順序です。中級者は第1番、第9番、第6番などをいくつか経験してから第8番 Op.27-2に進む、という進め方が挙げられています。
各曲の性格も押さえておくと選びやすくなります。第1番 Op.9-1(変ロ短調・難易度6)はラルゲット、6/4拍子、三部形式で、ノクターンの先駆者フィールドの作品を連想させる表現を持ち、夜の静寂と安らぎを素直に表した曲です。第9番 Op.32-1(ロ長調・難易度5〜6)は比較的穏やかな難易度で、中級者の選択肢として扱われます。第11番 Op.37-1(ト短調・難易度5〜6)も取り組みやすい中級曲です。
第10番 Op.32-2(変イ長調・難易度6)は技術と表現のバランスが求められる中程度から高めの難易度、第7番 Op.27-1(嬰ハ短調・難易度6)は中級から上級への橋渡しにあたり、深い感情表現が要求されます。
| 曲 | 調 | 難易度 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 第6番 Op.15-3 | ト短調 | 5 | 装飾が少なくシンプル。左手の動きが少ない |
| 第2番 Op.9-2 | 変ホ長調 | 4〜5 | 12/8拍子。最も有名で入門的な位置づけ |
| 第9番 Op.32-1 | ロ長調 | 5〜6 | 比較的穏やかな難易度の中級曲 |
| 第1番 Op.9-1 | 変ロ短調 | 6 | ラルゲット・6/4拍子。フィールドを思わせる表現 |
| 第8番 Op.27-2 | 変ニ長調 | 6 | 「貴婦人のノクターン」。♭5つ、左手16分音符 |
| 第3番 Op.9-3 | ロ長調 | 7 | Allegretto・全158小節。上級2曲の1つ |
| 第13番 Op.48-1 | ハ短調 | 7 | 全曲中の最難関。表現の要求が突出 |
第8番 Op.27-2「貴婦人のノクターン」の左手が要求するもの
第8番 Op.27-2(変ニ長調・難易度6)は「貴婦人のノクターン」の別称で知られ、第2番の次の段階として位置づけられる曲です。第2番で基本を学んだあと、中級から上級への橋渡しになる作品と言えます。
難易度を押し上げている第一の要因が左手です。16分音符のアルペジオ伴奏が最初から最後までずっと続きます。この左手を確実にマスターして曲の流れを止めないことが、この曲の最大の課題です。第2番では8分音符系の分散和音だったものが16分音符になり、途切れる余裕がなくなります。持久力の問題がここで初めて出てきます。
具体的な難所も挙がっています。16小節目の重音で細かく動く箇所、20小節目の32分音符の動き。どちらも左手の流れを保ったまま右手を処理する必要があり、手が硬くなると破綻します。腕も使って硬くならないように気をつけることが大切で、指先だけの無理な動きは避けるべきとされています。もし練習中に手や腕の痛みが出て続くようなら、練習を中断して医療機関に相談してください。
♭5つの調号が難易度を押し上げる理屈
第8番のもう1つの壁が調性です。変ニ長調は♭が5つ付きます。♭系に不慣れな場合、この曲は実際の音符の難しさ以上に難しく感じられます。有名な第2番より難度が高いとされる理由の一部は、ここにあります。
なぜ調号が難易度に影響するのか。理由は2つあります。1つは譜読みの速度で、♭が5つ付くと、譜面上の音符と実際に押す鍵盤の対応を毎回変換する必要があり、慣れていないと読み違えが起きます。もう1つは手の形で、♭系の調は黒鍵を多用するため、指を鍵盤の奥側に置く必要が出てきます。白鍵中心の調と同じ手の位置で弾こうとすると、指がずり落ちます。
対策は、曲に入る前に音階と分散和音を変ニ長調で弾いておくことです。調号に慣れていない状態で曲の譜読みを始めると、音を探す作業と指を作る作業が同時進行になり、どちらも中途半端になります。調の準備を分けて済ませておくと、譜読みの時間そのものが短くなります。
上級2曲の中身——第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1
21曲のうち上級とされる2曲。ここで何が起きているのかを具体的に見ると、難易度7という数字の中身が理解できます。
第3番 Op.9-3は「唯一Allegrettoが付いたノクターン」
第3番 Op.9-3(ロ長調)は、ショパンのノクターンの中で唯一Allegrettoの速度標語が付された作品です。三部形式(A-B-A’-Coda)で、全158小節。ノクターンの中では最長級の規模を持ちます。
難しさの根拠は明快です。ノクターンの標準テンポはAndanteかAndantinoですが、この曲だけがAllegretto。つまり形式の前提である「ゆるやかさ」から外れています。冒頭のA部はScherzando(ユーモアを交えて)の指示で、軽快で跳ねるようなテーマが提示されます。歌う音楽ではなく、動く音楽です。
中間部はロ短調に転調し、情熱的な性格に変わります。ダイナミクスが頻繁に変化し、不安定感が演出されます。中間部で突如として現れる激しいリズムは、希望に満ちた夢を切り裂く現実の足音のようだ、と評されます。終結部では右手のカデンツァを経て、Adagioの4/4拍子で、それまでとまったく異なる優雅なアルペジオで締めくくられます。1曲の中でテンポも拍子も性格も入れ替わる——これがノクターン全集を順番に弾いていくと壁になると言われる理由です。
具体的な難所は、複雑な装飾音、11連符の急上昇パッセージ、調性の転換、中間部の激しいリズムとダイナミクス変化です。演奏される機会は少ないものの、軽やかで繊細な音色を生かしたきらめく旋律を持つ隠れた名曲として評価されています。作品の詳細はピティナ・ピアノ曲事典の該当ページで確認できます。
第13番 Op.48-1は譜読み6・表現9.5というギャップ
第13番 Op.48-1(ハ短調)は、ノクターン全曲の中で最難関とされる作品です。難易度は全体で10段階中の8。注目すべきはその内訳で、譜読みが6、音楽表現が9.5と評価されています。譜面を音にする作業と、音楽として成立させる作業のあいだに、これほどの開きがある曲は多くありません。
この曲はノクターンの中でも最も劇的で力強い作品として知られ、ノクターンの概念を超えた壮大なスケールを持ちます。オペラ的な効果とシンフォニックな書法が用いられ、物静かな提示部と嵐のような中間部の対比が聴きどころです。三部形式でありながら、最初と最後でテンポが倍速になるという特異な構成を取ります。
技術面の難所も具体的です。冒頭はオクターブのCの単音からmezza voceで柔らかく静かに入る必要があり、ここで曲の性格が決まります。左手が指5本では足りなくなる箇所があり、指またぎが必須になります。中間部ではオクターブが連続し、再現部では内声の和音を連打しながら旋律を奏でることが求められます。力みが少しでもあれば破綻するため、脱力を意識した練習が欠かせません。指番号を事前にしっかり決めておかないと、後からもつれて収拾がつかなくなります。
取り組む段階の目安として、ツェルニー30番修了は必須、40〜50番程度の練習経験が望ましく、他のショパン作品の経験も有益とされています。加えて、表現の深さが求められる作品であり、ある程度の人生経験が理解を助けるという見方も示されています。
第13番 Op.48-1は譜読みの難易度が6、音楽表現が9.5と評価される曲です。譜読みだけなら中級曲と大差ないため、「音は全部取れた」時点で仕上がったと錯覚しやすくなります。実際にはそこからが本番で、冒頭のmezza voceの音色作り、中間部のオクターブでの脱力、再現部の内声の連打と旋律の弾き分けが残っています。対策は、譜読み完了を出発点として練習計画を立て直すこと。指番号を先に確定させておかないと、この段階で運指が崩れて振り出しに戻ります。
上級2曲に共通する「形式からの逸脱」
この2曲を並べると、共通点が見えてきます。どちらもノクターンの標準的な設計から外れているという点です。第3番は唯一Allegrettoが付き、終結部で拍子まで変わります。第13番は最初と最後でテンポが倍速になり、オペラ的・交響曲的な書法が持ち込まれています。
逆に言えば、中級19曲は「左手アルペジオ+右手カンタービレ、Andante、三部形式」という枠の中にとどまっています。枠の中にある限り、必要な技術は共通です。左手を自動化し、和声を読み、ペダルで濁らせずにつなぐ。この3つを積み上げれば、19曲は横に広がっていきます。
一方、上級2曲はその積み上げの延長線上にはありません。持久力、音色の作り分け、オクターブの連続、内声の処理といった別の能力が必要になります。ここを「中級の続き」と考えて挑むと、練習量だけが増えて成果が出にくくなります。段階が変わることを前提に、準備の内容も変えるのが現実的です。
難易度の数字だけでは測れないもの
ここまで難易度を数字で整理してきましたが、その数字にも限界があります。最後に、選曲の判断材料として押さえておきたい点を整理します。
実は、難易度は資料によって割れている
意外と知られていないのですが、ノクターンの難易度分類は資料によって食い違います。全曲の分類では上級は第3番と第13番の2曲だけとされる一方、曲別の紹介では第4番 Op.15-1(ヘ長調)と第5番 Op.15-2(嬰ヘ長調)にも難易度7が与えられ、上級レベルと説明されることがあります。第4番はオペラ『泥棒かささぎ』の影響が見られる高度な和声を持ち、第5番は「最も美しく甘美な曲」と評されて高度な技術と表現が必須とされます。
どちらが正しいという話ではありません。難易度の物差しが「譜面の複雑さ」を見ているのか、「音楽として成立させる難しさ」を見ているのかで、結果が変わるだけです。第13番の譜読み6・表現9.5という内訳が、まさにこのズレを可視化しています。
実務的な結論はシンプルです。数字は候補を絞り込むための道具として使い、最終判断は楽譜そのものを見て行う。冒頭の2ページを試奏して、左手が流れるか、調号に手が対応するか、装飾音が旋律を止めないかを確かめる。これが数字よりも確実な判断材料になります。
読者タイプ別・最初に開くべきページ
大人になって再開した人——ブランクがある場合、まず左手が戻っているかを確認します。第6番 Op.15-3は装飾が少なく左手の動きも小さいので、感覚を取り戻す用途に合います。ここで手応えがあれば第2番 Op.9-2へ。逆に左手が不安定なら、曲に入る前に分散和音の練習を挟むほうが早く進みます。
ツェルニー30番を終えたばかりの人——第6番と第2番はどちらも射程内です。第2番から入る場合は、装飾音を省いた骨格から譜読みを始めてください。第9番 Op.32-1や第11番 Op.37-1(いずれも難易度5〜6)も候補になります。
中級曲を数曲弾いた人——第8番 Op.27-2が次の目標として機能します。ただし♭5つの調に慣れていない場合は、変ニ長調の音階と分散和音を先に済ませておくこと。第7番 Op.27-1、第10番 Op.32-2(ともに難易度6)も同じ層です。
上級2曲を視野に入れている人——第3番と第13番では必要なものが違います。第3番は速度と拍子の切り替え、第13番は音色と持久力。自分の弱い側から選ぶより、得意な側から入るほうが完走できます。

「ピアノを始めるならクラッシックから」と言われて楽譜を買ったのに、最初の数ページで手が止まった——独学で始めた人からいちばん多く出てくるのがこのパターンです。原…
楽譜はどこで手に入れるか
ノクターンは1曲ずつ単独で購入することも、21曲をまとめた曲集で購入することもできます。学習の観点では、曲集を1冊持っておくほうが得です。理由は、難易度が資料によって割れる以上、隣の曲を試奏して自分で判断する必要があるからで、単曲版だとその比較ができません。
版の選び方については、原典版か校訂版かで運指の書き込みの有無が変わります。指番号を事前に決めておくことが重要な曲——特に第13番 Op.48-1のような曲では、運指が印刷されている版のほうが練習を進めやすくなります。逆に自分で運指を組みたい場合は原典版が向きます。
楽譜は出版社の公式サイトや、ぷりんと楽譜などの公式販売元から入手できます。作品ごとの調・拍子・小節数といった基礎情報はピティナ・ピアノ曲事典で確認でき、第2番 Op.9-2の出版年など作品の成立情報はショパンの作品解説サイトにまとめられています。
まとめ:ショパン ノクターン難易度の全体像と、最初の1曲
ショパンのノクターンは、1810年3月1日に生まれ1849年10月17日にパリで39歳で亡くなった作曲家が、1830年から1846年にかけて書き続けたジャンルです。アイルランドのジョン・フィールドが創始した形式を、高度な和声語法と装飾的な旋律処理で発展させ、今日「ノクターン」と言えばショパンを指すまでになりました。21曲という数は、初期から後期までの成長がそのまま並んでいることを意味します。
難易度で見れば、上級は第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1の2曲のみ。残り19曲は中級のレンジに収まり、そのうち14曲が難易度6、5曲が難易度5です。曲集の並びは作品番号順なので、1曲目から順に弾くと3曲目でいきなり上級にぶつかります。順序は自分で組み直す必要があります。
最初の一歩として具体的にやることは1つだけです。第6番 Op.15-3か第2番 Op.9-2の楽譜を開き、左手のパートだけを最後まで通して弾いてみてください。音量を一定に保ったまま最後まで流れるなら、その曲は今の実力の射程内にあります。途中で音が抜けたり手首が固まったりするなら、曲に入る前に分散和音の練習を挟むほうが結果的に早く仕上がります。難易度の数字より、この試奏のほうが確実な判断材料になります。
なお、難易度の分類や版の情報は資料によって表記が異なる場合があります。楽譜の入手や版の詳細は出版社の公式サイトでご確認ください。

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