「ブルグミュラーって初級ですか、中級ですか」。この質問に、楽譜売り場でも教室でも、まったく違う答えが返ってくることがあります。ある人は「バイエルの次だから初級」と言い、別の人は「25番の後半はもう中級」と言う。どちらも間違ってはいません。ただ、話している対象が違うだけです。
結論から書きます。ブルグミュラーには練習曲集が3つあり、それぞれ難易度帯がはっきり分かれています。ピティナ・ピアノ曲事典の公式表記で言えば、25の練習曲 Op.100は「基礎4,基礎5,応用1,応用2」、18の練習曲 Op.109は「応用3,応用4,応用5,応用6,応用7」、12の旋律的で華麗なる練習曲 Op.105は「発展1,発展2,発展3,発展4,発展5」。重なりがひとつもありません。つまり「ブルグミュラー=初級」という一言でまとめた瞬間に、話が通じなくなる構造になっているのです。
この記事では、出版社と主催者の公式表記だけを材料にして、3つの曲集の位置関係、25曲の中の難易度の階段、版による見え方の違いまでを整理します。「なんとなく難しそう」を、根拠のある物差しに置き換えていきましょう。
・25の練習曲・18の練習曲・12の練習曲が、公式表記でどれだけ離れているか
・コンクールの部門割りから読み取れる、25曲の中の難易度の階段
・全音・ヤマハ・音楽之友社・カワイ・東音企画、5つの版で何が変わるか
・「25番が終わったのに18番で止まる」が起きる構造的な理由
ブルグミュラー難易度が人によって違って聞こえる本当の理由

曲集は1つではなく、3階建てになっている
ブルグミュラーの練習曲集は3つあります。25の練習曲 Op.100、18の練習曲 Op.109、そして12の旋律的で華麗なる練習曲 Op.105です。日本で「ブルグミュラー」と言えばほぼ25の練習曲を指しますが、全音楽譜出版社の12の練習曲の商品説明は「ブルグミュラー18の練習曲とヘラー25の練習曲に続く練習曲集」と書いています。出版社自身が、3冊を段階として並べているわけです。
難易度の話がかみ合わない一番の原因はここにあります。「ブルグミュラーは初級」と言う人は25の練習曲の前半を思い浮かべ、「いや中級だ」と言う人は18の練習曲や25番の終盤を思い浮かべている。同じ作曲家名で呼びながら、対象が3階分ずれているのです。まずは「どの曲集の話か」を確認するだけで、難易度の議論の半分は解決します。
自分がどこにいるかを知りたいときは、手元の楽譜の表紙にある作品番号を見てください。Op.100なら25の練習曲、Op.109なら18の練習曲、Op.105なら12の練習曲です。曲名(「アラベスク」「ないしょ話」など)で覚えていると、どの巻の曲か分からなくなります。
全音の楽譜には難易度が書かれていない
意外に思われるかもしれませんが、全音楽譜出版社のオンラインショップにある「ブルクミュラー:25の練習曲」の商品ページには、難易度レベルの記載がありません。書かれているのは「バイエルを終わった学習者が必ず使用するやさしい練習曲」という説明と、税込価格880円、48頁、菊倍判、ISBN978-4-11-102010-2という書誌情報だけです。18の練習曲〔標準版〕も同じで、税込価格990円、44頁という情報はあっても、難易度の段階表示はありません。
これは全音が手を抜いているという話ではなく、練習曲集という商品カテゴリでは「バイエルの後」「18の練習曲の後」といった相対的な位置づけの方が実用的だ、という編集判断だと読めます。実際、カワイ出版のブルクミュラー・25の練習曲(税込価格660円、48頁、編者は井内澄子)も「バイエルの後半より使用できる楽しい練習曲集」という説明で、やはり数値のレベル表記は使っていません。
つまり、多くの学習者が最初に手に取る楽譜そのものには、難易度の答えが書かれていない。だから読者は検索し、検索先の個人ブログがそれぞれの体感で「初級」「中級」と書き、答えが割れる。この構造を知っておくと、ネット上の難易度情報を鵜呑みにせずに済みます。
公式の物差しはピティナの23ステップにある
数値化された物差しとして参照できるのが、ピティナ・ピアノステップの「23ステップ」です。公式サイトによれば、導入1〜3、基礎1〜5、応用1〜7、発展1〜5、展開1〜3という23段階のレベル分けで、課題曲は約4,400曲。「レッスンでの使用頻度が高い教則本を丸ごと採用」しているため、ブルグミュラーの各曲集も丸ごとレベル帯が割り当てられています。
規定演奏時間もレベルごとに決まっており、導入1〜3は2分以内、展開1〜3は12分以内。段階が上がるほど扱う曲が長くなる設計です。ここが重要で、23ステップは「弾ける・弾けない」ではなく、進度の目安として作られています。だから曲集の位置を語る物差しとして使いやすいのです。
注意したいのは、23ステップが「級」ではなく「進度の段階」だという点です。基礎5の人が応用1の曲を弾けないという意味ではありません。あくまでレッスンの積み上げ順を示す地図として使ってください。

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25の練習曲は「基礎4から応用2」|23段階のどこに置かれているか
4段階ぶんの幅を1冊で持っている
ピティナ・ピアノ曲事典の25の練習曲 Op.100のページには、収録25曲すべてに「ステップレベル:基礎4,基礎5,応用1,応用2」と記載されています。23段階のうち4段階ぶんの幅を、1冊で受け持っているということです。総演奏時間は31分00秒、著作権はパブリック・ドメイン、ジャンルはピアノ独奏曲・練習曲と登録されています。
基礎5から応用1へ渡るところで、区分名そのものが「基礎」から「応用」に変わります。1冊の中で名前が変わる帯をまたぐ教材は多くありません。「25番の途中から急に難しくなった」という感覚は、気のせいではなく、公式の区分でも境界をまたいでいるのです。
この4段階ぶんの幅こそが、25の練習曲が長年使われてきた理由でもあります。1冊で進度が伸びるので、教材を買い替えずに数か月から年単位で使える。逆に言えば、1冊を通して同じ難しさだと思って取り組むと、後半で必ず読み違えます。
| 正式名称 | 25 Etudes faciles et progressives, conposées et doigtées expressément pour l’étendue des petites mains Op.100 |
| 曲数・総演奏時間 | 25曲/総演奏時間31分00秒(ピティナ・ピアノ曲事典) |
| 難易度の公式表記 | ステップレベル:基礎4,基礎5,応用1,応用2(ピティナ)/難易度「中級」(ヤマハ新標準版) |
| 出版 | 1851年パリのブノワ・エネルより出版、1852年にドイツ・マインツのショット社より出版 |

「小さな手を広げるための」という副題が残した設計
音楽之友社のONTOMOによれば、25の練習曲の正式なタイトルには「小さな手を広げるための」という副題が付けられています。作曲者ヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルクミュラーは1806年12月4日にドイツ南部のレーゲンスブルクで生まれ、1832年、26歳でパリに移り住み、ピアノ教師として活躍しました。国王ルイ=フィリップ1世の子どもたちにピアノを教えたという経歴も伝えられています。
この副題は難易度を読むうえで役に立ちます。手が小さい人でも届く範囲で書かれているので、和音の広がりで詰むケースが少ない。その代わり、難しさは「指の独立」「テンポの維持」「フレーズの作り方」に集中します。オクターブが届かないから弾けない、という壁にはぶつかりにくい設計です。
大人になってから再開した人が25の練習曲を選びやすいのも、この構造と無関係ではありません。手のサイズに左右されにくいぶん、練習量が素直に成果につながります。
曲ごとの長さが、難易度の目安として使える
ピティナ・ピアノ曲事典は25曲それぞれの総演奏時間を公開しています。第11番「せきれい」が0分30秒ともっとも短く、第14番「スティリエンヌ」と第25番「貴婦人の乗馬」が2分00秒ともっとも長い。第2番「アラベスク」は1分00秒、第20番「タランテラ」は1分30秒です。
演奏時間は難易度そのものではありませんが、暗譜の負荷と集中の持続という点では、かなり実務的な指標になります。0分30秒の曲と2分00秒の曲では、覚える情報量も、崩れずに弾き切る難しさも変わる。発表会やコンクールで曲を決めるとき、技術面だけでなくこの長さを見ておくと、選曲の失敗が減ります。
逆に言えば、短い曲だから簡単とも限りません。「せきれい」は0分30秒ですが速い動きが連続します。長さと難しさは別の軸だと考えて、両方を見てください。

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コンクールの部門割りが教えてくれる、25曲の中の階段

1〜8番と9〜25番で部門が分かれている
25曲の中の難易度差について、もっとも明確な公式資料はブルグミュラーコンクールの参加要項です。2026年度の課題曲の構造を見ると、小学1・2年B部門が「ブルグミュラー 25の練習曲(1〜8番)」、小学3・4年B部門が「ブルグミュラー 25の練習曲(9〜25番)」と、はっきり分けられています。
主催者が学年で区切ったうえで曲番号の範囲まで指定しているということは、1〜8番と9〜25番の間に運営上の難易度差を認めているということです。「25番は1番から順に難しくなる」という単純な直線ではなく、少なくとも8番と9番の間に一段の区切りがある。これは個人の体感ではなく、要項に書かれた区分です。
さらに小学5・6年A部門と中学A部門は「ブルグミュラー 25の練習曲(全25曲)」、小学5・6年B部門と中学B部門は「ブルグミュラー 18の練習曲(全18曲)」。25の練習曲を全曲扱える段階の上に、18の練習曲が置かれているという設計が読み取れます。
| 部門 | 課題曲の範囲 | 地区大会の参加料 |
|---|---|---|
| 2人でブルグ | 25の練習曲 1・2・3・20・25番(編曲:高橋 由紀) | 7,500円 |
| 幼児 | ブルグミュラー以外の4曲から1曲選択 | 8,000円 |
| 小学1・2年B | 25の練習曲(1〜8番) | 9,500円 |
| 小学3・4年B | 25の練習曲(9〜25番) | 10,000円 |
| 小学5・6年A/中学A | 25の練習曲(全25曲) | 10,000円 |
| 小学5・6年B/中学B | 18の練習曲(全18曲) | 11,000円 |
| 大人 | 25の練習曲(全25曲)または18の練習曲(全18曲) | 12,000円 |
ピアノと音楽の教科書調べ/ブルグミュラーコンクール2026参加要項(2026年5月15日版)より作成。参加料はすべて税込。別途システム使用料330円が必要で、ホール特別設備費を頂戴する地区があります。
大人部門と高校部門だけ暗譜が求められない
要項には演奏の規定も書かれています。「高校部門・大人部門以外は、必ず暗譜で演奏してください。高校部門・大人部門は視奏しても審査に影響はありません」。つまり同じ25の練習曲を弾いても、部門によって暗譜という負荷が乗るかどうかが変わります。
難易度を考えるとき、この差は無視できません。仕事や勉強と両立している人にとって、暗譜は練習時間を大きく食う工程だからです。主催者が大人部門の地区大会参加料を12,000円、ファイナルを15,500円と設定しつつ視奏を認めているのは、「同じ曲でも条件を変えれば挑戦できる」という設計思想の表れだと読めます。
また、2026年度の課題曲では、25の練習曲に到達する前の段階向けに「2人でブルグ部門」が用意されています。要項の説明は「ブルグミュラー《25の練習曲》のレベルに到達する前に親しんでいただけるように、連弾にアレンジした編曲を課題曲とした部門」。第1・2・3番のプリモはほぼ5指ポジションで演奏可能とされ、審査は点数ではなく合格・あと一歩の2段階です。
リピート指定という、譜面の読み方の難しさ
技術以外の難易度もあります。要項の「ブルグミュラー課題曲のリピート指定について」には、25の練習曲では「2番『アラベスク』11番『せきれい』のみリピートし、そのほかの曲はリピートなしで演奏してください」と明記され、18の練習曲は「すべてリピートなしで演奏してください」となっています。そして「リピート違いは減点の対象となります」。
リピート指定の底本は東音企画版「ブルグミュラー 25の練習曲 今井顕校訂版(原典スラー付き)」。版によってリピートの記譜法が異なるため、手元の楽譜が別の出版社のものだと、そのまま弾いて減点される可能性があります。曲そのものが弾けるかどうかとは別の次元で、難易度が発生しているわけです。
これはコンクールに出ない人にも意味があります。ブルグミュラーは版によって記譜が揺れる曲集だという事実は、独学で「動画と楽譜が違う」と混乱する原因の説明にもなるからです。

18の練習曲で急に手が止まる人が見落としている段差
25番と18番はレベル帯が1段も重ならない
ピティナ・ピアノ曲事典の18の練習曲 Op.109のページには「ステップレベル:応用3,応用4,応用5,応用6,応用7」と記載されています。25の練習曲が基礎4から応用2までなので、両者は1段も重なりません。25の練習曲の最上段が応用2、18の練習曲の最下段が応用3。ちょうど隣り合って、しかし完全に分かれています。
「25番を全曲終えたのに18番の1曲目でつまずいた」という話をよく聞きますが、公式の区分で見ればこれは自然な現象です。25番の後半で応用2まで来た人が、18番に入った瞬間に応用3から応用7という5段階ぶんの世界に踏み込むことになる。しかも18の練習曲の総演奏時間は29分00秒で、18曲でこの長さです。1曲あたりの平均的な規模が25の練習曲より大きいことも読み取れます。
対処は単純で、25の練習曲を「終わらせる」ことをゴールにせず、応用2の曲(後半の難しい曲)を安定して弾ける状態を作ってから18番に進むことです。全曲に丸をもらったかどうかより、後半数曲の完成度の方が、18番への接続を左右します。
よくある失敗が「25番を1番から順に全部さらってから18番へ」という進め方です。25の練習曲は公式表記で基礎4から応用2までの4段階ぶんの幅があるため、前半をこなす速度のまま後半に入ると、譜読みが追いつかなくなります。前半(1〜8番)と後半(9〜25番)は別の教材だと考え、9番以降はテンポを上げる前に片手ずつの譜読みを完了させてから通し練習に入ってください。
全音の解説が言う「フレージング、ペダル、発想」
全音楽譜出版社の18の練習曲〔標準版〕の商品説明は明快です。「フレージング、ペダルの使い方、発想の練習の入門曲集です。各曲の解説は構成のアナリーゼから技術面、楽語が解説されています」。技術ではなく、フレージング・ペダル・発想という3つが挙げられている点に注目してください。
25の練習曲では、指の動き(スタッカート、スケール、和音の連打など)が課題の中心でした。18の練習曲では、そこに「どう聴かせるか」という層が乗ります。ペダルを踏むタイミングひとつで響きが濁る、フレーズの終わりをどう抜くかで音楽の表情が変わる。指が回れば弾けるという段階ではなくなるのです。
だから、18の練習曲で止まる人の多くは、実は指が回っていないのではありません。譜面の音を全部鳴らせているのに「なんとなく違う」と感じて止まる。この場合、練習すべきはテンポではなく、フレーズの区切りとペダルの上げ下げです。
曲名を見れば、扱う題材の広がりがわかる
18の練習曲の曲名は、1.ないしょ話、2.真珠、3.羊飼いの家路、4.ジプシー、5.泉、6.陽気な少女、7.子守歌、8.アジタート、9.夜明けの祈りの鐘、10.すばやい動き、11.セレナード、12.森の中の目覚め、13.大雷雨、14.ゴンドラの船頭歌、15.風の精、16.別離、17.マーチ、18.紡ぎ歌と並びます。
「大雷雨」「風の精」「紡ぎ歌」といった題名は、25の練習曲の「すなおな心」「無邪気」に比べると、描写の幅がはっきり広い。標題が具体的になるほど、演奏に求められる音色の作り分けも増えます。曲名は難易度の直接の指標ではありませんが、何を表現させたい曲集かというヒントにはなります。
選曲に迷ったら、まず自分が音でイメージしやすい題材の曲から入るのが現実的です。表現の目標が立てやすいぶん、練習の方向が決まります。
12の練習曲は「発展」帯|初級教材というイメージが崩れる場所
Op.105は発展1から発展5に置かれている
ピティナ・ピアノ曲事典の12の旋律的で華麗なる練習曲 Op.105のページには、収録12曲すべてに「ステップレベル:発展1,発展2,発展3,発展4,発展5」と記載されています。23ステップの区分でいえば、応用の上、展開の手前。25の練習曲(基礎4〜応用2)から見ると、間に応用3〜応用7という18の練習曲の帯をはさんだ、さらに上の階です。
「ブルグミュラー=ピアノを始めて数年の子どもが弾く教材」というイメージは、Op.105の存在を知った瞬間に崩れます。同じ作曲家が、発展帯の練習曲も書いている。日本での知名度が25の練習曲に偏っているために、作曲家全体の像が実際より下に見積もられているのです。
全音楽譜出版社の12の練習曲は税込価格1,100円、44頁、校訂・解説は近藤たか子、全音ピアノライブラリーのシリーズです。商品説明は「メロディックな内容の中に、各種の必要なメカニズムを取り込んでいます」。メカニズム、つまり技術的な仕組みを扱う段階に入っていることが読み取れます。
発想標語=曲の速さと気分をまとめて指示する言葉。Allegro(アレグロ/速く)、Andante(アンダンテ/歩くような速さで)、Moderato(モデラート/中くらいの速さで)など。Op.105では曲名そのものが発想標語で、たとえば第2曲は「アレグロ・アジタート」、第10曲は「アレグロ・ヴィヴァーチェ」です。「アジタート」は興奮した・せき立てるような、「ヴィヴァーチェ」は活気をもって、という意味が加わります。
曲名が「アレグレット」「モデラート」だけになる理由
Op.105の曲名一覧は、1.アレグレット、2.アレグロ・アジタート、3.アレグロ、4.アンダンテ(ラ・カンパネラ)、5.アレグロ、6.アンダンテ、7.アレグロ・ヴィーヴォ、8.アレグロ(泉のほとりで)、9.アレグロ・ノン・トロッポ、10.アレグロ・ヴィヴァーチェ、11.アダージョ、12.モデラートです。25の練習曲のような性格的な標題は、第4曲と第8曲を除いてほとんど付いていません。
標題が付かないということは、「この曲は何を表す曲か」を演奏者が譜面から読み取る必要があるということです。25の練習曲では「タランテラ」という題名が舞曲のリズムを教えてくれましたが、Op.105では発想標語と楽譜の情報だけが手がかりになります。難易度が上がるのは音符の細かさだけではありません。
この違いは、教材としての設計思想の差でもあります。25の練習曲が「子どもが理解できるタイトル」で入口を作っているのに対し、Op.105は演奏者の読譜力を前提にしている。同じ作曲家でも、想定している読者が違うのです。
実は、ブルグミュラーは「入門教材の人」ではない
意外と知られていませんが、ブルグミュラーの作品全体を見ると、練習曲集は仕事の一部にすぎません。1806年に生まれ1874年に没した彼は、1832年にパリへ移って以降、当時のパリの音楽市場に向けて曲を書き続けた作曲家です。国王ルイ=フィリップ1世の子どもたちに教えたという経歴からも、彼が当時の一流の教育者として遇されていたことがわかります。
日本で「ブルグミュラー=バイエルの次の本」という位置づけが定着したのは、25の練習曲が教育現場で圧倒的に使われたからです。ピティナのステップレベルで基礎4から発展5まで、19段階ぶんの範囲に彼の練習曲が分布しているという事実は、この単純化された理解を修正してくれます。
ですから「ブルグミュラーはもう卒業した」という言い方は、正確には「25の練習曲は終えた」という意味にとどまります。18の練習曲、12の練習曲と、上の階はまだ残っています。
同じ25曲なのに版で印象が変わる|出版社5社を並べて見えたこと
価格もページ数も、版によってこれだけ違う
25の練習曲は著作権がパブリック・ドメインのため、多くの出版社が独自の版を出しています。ブルグミュラーコンクール公式の「各社版楽譜」ページでは、東音企画、ヤマハ、全音楽譜出版社、ドレミ楽譜出版社、音楽之友社、学研プラス、カワイ出版の7出版社、計13種類の版が比較されています。曲名の和訳も版によって異なり、第1曲「La candeur」には「すなおな心」「素直な心」「あどけなさ」など複数の訳語が存在します。
そこで、公式ページで確認できた5社の版を、価格・ページ数・難易度表記の3項目で並べてみました。同じ25曲を収めた楽譜でも、情報の載せ方がここまで違います。
| 版 | 税込価格 | ページ数 | 難易度表記 |
|---|---|---|---|
| カワイ出版 ブルクミュラー・25の練習曲 |
660円 | 48頁 | 記載なし(バイエルの後半より使用できる、と説明) |
| 音楽之友社 New Edition 解説付 |
770円 | 48頁 | 記載なし(曲のしくみと演奏上のポイントを解説) |
| 全音楽譜出版社 全音ピアノライブラリー |
880円 | 48頁 | 記載なし(バイエルを終わった学習者が使用、と説明) |
| ヤマハ 25の練習曲<新標準版> |
880円 | 56ページ | 中級 |
| 東音企画 今井顕校訂版(原典スラー付き) |
990円 | 65ページ | 記載なし(コンクールのリピート指定の底本) |
ピアノと音楽の教科書調べ/各社公式サイトの商品ページより作成(2026年8月時点)。
「中級」と書いているのはヤマハの新標準版だけ
この5社の中で、難易度をはっきり表示しているのはヤマハミュージックエンタテインメントの新標準版だけです。同社の商品ページには難易度「中級」と明記されており、税込価格880円、56ページ、ISBN9784636916508、校訂・解説は松本清。商品説明は「ピアノを習っていると必ず出会う『ブルクミュラー』の楽曲。なかでもこの『25の練習曲』は、レッスンで使う定番曲として長い間親しまれています」となっています。
ここに、冒頭の「初級か中級か」問題の答えの一端があります。ヤマハは中級と表示し、全音とカワイは「バイエルの後」という相対表現で示し、ピティナは基礎4〜応用2という段階で示す。どれも間違いではなく、物差しが違うだけです。読者としては「どの物差しで話しているか」を明示すれば、混乱を避けられます。
ページ数の差にも意味があります。同じ25曲でも48頁の版と65ページの版がある。差の多くは解説や譜例の扱いによるもので、東音企画の今井顕校訂版はブルグミュラー自身のアーティキュレーションスラー(グレー色)と新しいフレージングスラー(黒色)を二重に印刷しているぶん、情報量が増えています。
読者タイプ別の、版の選び分け
大人になって再開した人で、譜面だけを見て進めたい場合は、余計な書き込みの少ない版が読みやすく感じられます。逆に、なぜこの指使いなのかを知りたい人は、アナリーゼの解説が付いた版のほうが練習の納得度が上がります。
子どもに買い与える場合は、曲名の和訳を確認してください。同じ第1曲でも「すなおな心」「素直な心」「あどけなさ」と訳が違うため、教室で使う版と自宅の版が違うと、曲名で会話がかみ合わなくなります。これは実際に起きるすれ違いです。
コンクールを目指す場合の判断はもっと単純で、要項が指定する版に合わせるのが安全です。要項には「版によりリピートの記譜法が異なる曲があるため、必ず東音版を確認してください」と書かれています。
ブルグミュラー難易度の中身は、曲の構造を見ると分解できる
難しさは「速さ」「跳躍」「和音」「表現」の4つに分かれる
ブルグミュラーの曲で行き詰まったとき、「難しい」で止めずに要素に分けると、練習の対象がはっきりします。実用的なのは4分類です。速いパッセージを均等に鳴らせるか(速さ)、離れた音へ手を移動できるか(跳躍)、複数の音を同時に揃えて打鍵できるか(和音)、そしてフレーズの起伏やペダルで音楽を作れるか(表現)。
25の練習曲の前半は、速さと和音の基礎に比重があります。18の練習曲になると、全音の商品説明が挙げているとおり、フレージング・ペダル・発想という表現側の比重が増えます。同じ「難しい」でも、中身が入れ替わっているのです。
自分がどの要素で詰まっているかを判定するには、テンポを落として弾いてみてください。ゆっくりなら弾けるなら速さの問題、ゆっくりでも音が抜けるなら跳躍か和音の問題、音は全部鳴っているのに納得できないなら表現の問題です。
「アラベスク」がリピートありに指定されている意味
25の練習曲の中で、ブルグミュラーコンクール2026がリピートありに指定しているのは第2番「アラベスク」と第11番「せきれい」の2曲だけです。ピティナ・ピアノ曲事典によれば「アラベスク」の総演奏時間は1分00秒、「せきれい」は0分30秒。どちらも短い曲です。
短いからリピートする、という運営上の判断が読み取れますが、演奏する側にとっては話が別です。同じ音型をもう一度弾くということは、1回目と2回目を同じ精度で弾き切る必要があるということ。速い動きが続く曲では、2回目にミスタッチが出やすくなります。
「アラベスク」は発表会でよく選ばれる曲ですが、難易度を判断するときは楽譜の見た目の音符の数だけでなく、リピートを含めた実際の演奏の長さで考えてください。短い曲=簡単、とは限りません。
もうひとつの失敗が「難易度を上げるために練習時間を一気に増やす」進め方です。ブルグミュラーは1曲が短く、達成感が得やすいぶん、同じ曲を長時間繰り返しがちになります。手や腕に痛みやしびれが出た場合は、その日の練習を中断してください。症状が続くときは自己判断で練習を続けず、医療機関に相談することをおすすめします。難易度を上げるのは、痛みなく弾ける範囲を確保してからです。
18の練習曲「大雷雨」のような曲で見えてくる次の課題
18の練習曲の第13曲は「大雷雨」という題名です。第15曲は「風の精」、第12曲は「森の中の目覚め」。こうした題名は、音量の幅と音色の変化を扱う曲であることを示唆します。25の練習曲の「すなおな心」「無邪気」という題名が、落ち着いた表現を求めていたのとは対照的です。
ここで必要になるのが、強弱の設計です。曲の中でもっとも大きい音ともっとも小さい音を先に決めてから、途中の音量を配分する。この考え方を持たずに、書かれた強弱記号をその場その場で反応して弾くと、全体が平坦になります。応用3から応用7という帯で求められるのは、この設計力です。
そしてここまで来ると、ブルグミュラーの練習曲はロマン派の作品を弾くための準備になっていることが見えてきます。ブルグミュラーコンクールの参加要項も開催趣旨で「ロマン派のピアノ作品を学習するための導入教材としても最適です」と述べています。難易度の階段は、次のレパートリーへの通路でもあるのです。
まとめ|3つの曲集を物差しにして、自分の位置を決める
3つの曲集は、ピティナ・ピアノ曲事典の公式表記で基礎4から発展5まで、19段階ぶんの範囲に分布しています。「ブルグミュラーは初級」という一言では収まらないのは、そのためです。25の練習曲だけを見ても、1冊の中で基礎から応用へと区分名が変わる4段階ぶんの幅を持っています。
そしてブルグミュラーコンクール2026の要項は、25曲を1〜8番と9〜25番に分けたうえで、その上に18の練習曲を置いています。個人の体感ではなく、主催者と出版社が示している階段です。これを地図として使えば、自分が今どこにいて、次にどこへ進めばいいかが見えてきます。
最初の一歩は、手元の楽譜の表紙で作品番号を確認することです。Op.100なら25の練習曲、Op.109なら18の練習曲、Op.105なら12の練習曲。そのうえで、25の練習曲を使っているなら「後半の9番以降を安定して弾けるか」を次の目標に置いてみてください。全曲を終えることより、応用2の帯を安定させることのほうが、18の練習曲への接続を左右します。
※本記事の価格・級区分・課題曲は2026年8月時点で各公式サイトおよびブルグミュラーコンクール2026参加要項(2026年5月15日版)で確認した内容です。最新情報は各公式サイトでご確認ください。参考:ピティナ・ピアノ曲事典 25の練習曲 Op.100/同 18の練習曲 Op.109/同 12の旋律的で華麗なる練習曲 Op.105/ピティナ・ピアノステップ 23ステップ/ブルグミュラーコンクール2026/全音楽譜出版社/ヤマハミュージックエンタテインメント/音楽之友社/カワイ出版/東音企画

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