ピアノを習い始めて少し経つと、ほぼ必ず名前が挙がるのが「エリーゼのために」です。冒頭のミレミレミ…は聴いたことがない人のほうが少なく、実際に鍵盤に置いてみると、右手だけならその日のうちに形になってしまう。ところが少し先へ進んだ途端、指が止まる。「この曲は初級なのか、中級なのか」と検索する人が絶えないのは、この落差が原因です。
結論から書きます。全音楽譜出版社の全音ピアノピースでの難易度表記はB(初中級)、PTNAの区分では応用6、ABRSM(英国王立音楽検定)の目安はフル版でGrade 5とされています。一方で、よく知られた冒頭部分だけならABRSMでGrade 2〜4相当。つまりこの曲は、どこまで弾くかで難易度が二段階に分かれるという、少し特殊な構造をしています。
「弾けた」と言えるラインが人によってまったく違うため、難易度の話がかみ合わなくなる。この記事では、公式の級表記を並べて比較しながら、どの技術が壁になるのか、どの学習段階で手を出すのが現実的なのかを、根拠つきで整理していきます。
- 全音B・PTNA応用6・ABRSM Grade 5という3つの基準が示す位置
- 冒頭43小節とフル版で難易度が変わる構造上の理由
- 30小節からの32分音符トレモロなど、具体的な難所の中身
- どの教本段階で取り組むと無理がないか、楽譜はどの版を選ぶか
エリーゼのために難易度は「初中級の上限」に位置する

全音の「B」は初中級の枠で最も高い場所にある
この曲の難易度を最初に確認するなら、全音ピアノピースの表記が出発点になります。全音ピアノピースでの表記はB。全音の区分では初中級にあたり、初中級という枠の中では上のほうに置かれている表記です。
なぜBなのか。理由は、使う技術の種類が多いわりに、曲そのものが長大ではないからです。演奏時間は約3分、拍子は3/8拍子で、テンポも一定ではなくAllegrettoからAllegro agitatoまで変動します。短い時間の中に、アルペジオ、音階的な動き、半音階、トレモロ、同音連打、ペダル操作が詰め込まれている。技術の「幅」は中級曲並みなのに、量が少ないぶん初中級に収まっている、という構図です。
ここで起きやすい誤解が、「B=初級の次だから、バイエルが終わったらすぐ弾ける」という読み方です。Bは初中級の入り口ではなく、初中級の中でも上限側。同じB表記の曲でも、この曲は要求される技術の種類が多い部類に入ります。
難易度表記を見るときは、記号そのものより「その記号の中でどのあたりか」を確認してください。全音の商品ページには難易度と併せて体裁やページ数も載っているので、実際の分量とセットで判断できます(全音楽譜出版社 公式ショップ)。
「弾ける」と「うまく弾ける」で難易度が二重になる
この曲の難易度がややこしいのは、評価軸が二つあるからです。楽譜@ELISEの解説では、ただ弾くだけならバイエルを卒業したあたりで弾け、ブルグミュラーより少し難しいくらい、とされています。一方で同じ解説は、うまく弾くのは難しい曲だとも書いています。
この二重構造が生まれる理由は、音符の難しさと表現の難しさが分離しているからです。音を並べるだけなら、右手の主題は隣り合う音の行き来が中心で、跳躍もほとんどありません。しかし、3/8拍子の中で拍の頭を重くせずに流す、左手の分散和音を旋律より下の音量に抑える、ペダルで音を濁らせない——といった要素は、音符が読めることとは別の技術です。
具体的な場面で言えば、発表会でこの曲を選んだ人が「音は全部合っているのに、なんとなく平坦に聴こえる」と言われるのはこのためです。原因は指ではなく、拍の重心とバランスにあります。
だから難易度を見るときは、「譜面を追い終わるまで」と「人前で出せる状態まで」を分けて考えてください。前者は初中級、後者は中級以上の作業だと割り切ると、練習計画が立てやすくなります。
約3分・125小節・3/8拍子——プロフィールから見える負荷
曲そのものの基本データを押さえておくと、難易度の話が具体的になります。作曲者はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン、作品番号はWoO 59(バガテル第25番)、調はイ短調、形式はロンド形式、演奏時間は約3分です。
注目したいのは小節数です。よく知られた冒頭部分は最初の43小節で、曲全体は125小節。つまり、多くの人が「エリーゼのために」だと思っている部分は、全体の3分の1程度にすぎません。残りの部分にこそ、この曲を初中級の上限に押し上げている要素が入っています。
ロンド形式である点も見落とせません。ロンドは主題が繰り返し戻ってくる形式なので、間に挟まる部分(エピソード)を弾き終えるたびに、主題へ戻る「切り替え」が発生します。テンポも表情も違う場所から同じ主題に着地するので、戻るたびに拍の感覚を作り直す必要がある。ここが単純な反復ではないところです。
楽譜を買う前に、まず全体の小節数と構成を確認しておくと、「冒頭だけ弾く」のか「全曲やる」のかを最初に決められます。この決定を先送りにすると、途中で難易度が急に上がったように感じて手が止まります。
| 作曲者・作品番号 | ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン/WoO 59(バガテル第25番) |
| 作曲年・初版 | 1810年4月27日作曲/1867年にLudwig Nohlが J.G. Cotta 出版社から初版を刊行 |
| 調・形式・拍子 | イ短調/ロンド形式/3/8拍子/演奏時間 約3分 |
| 難易度の公式表記 | 全音ピアノピース:B(初中級)/PTNA:応用6/ABRSM:Grade 5(フル版) |
1810年の私的な小品が「初心者の定番」になった経緯
この曲がこれほど広まった背景には、出版の事情があります。作曲されたのは1810年4月27日ですが、出版されたのは1867年。作曲から半世紀以上あとに、Ludwig Nohl がJ.G. Cotta出版社から世に出したものです。
もともとバガテル、つまり小品として書かれた作品でした。ソナタのように大規模な構成を前提としない小品集の一曲であり、演奏会の中心に据えるために書かれたわけではありません。この「短くて単独で成立する」性格が、教材としての使いやすさに直結しました。
結果として何が起きたか。冒頭が耳になじみやすいうえに単独で切り出せるため、レッスンの早い段階で登場するようになった。そして「初心者が弾く曲」という印象だけが先に広まり、フル版の難易度とのギャップが放置されてきた、という流れです。
楽譜の原典に当たりたい場合は、IMSLPにWoO 59としてまとまっています(IMSLP: Für Elise, WoO 59)。作品番号の表記がWoO(作品番号なしの作品)である点も、この曲の出自を示しています。
冒頭だけなら弾けるのに、途中で止まる人が多い理由
最初の43小節は「片手ずつ」が基本だからGrade 2相当
冒頭が弾きやすいのには、はっきりした構造上の理由があります。ピアノ学習者向けの解説サイト pianobubble は、最初の43小節について、たいてい片方の手だけが動いているため技術的な要求が下がり、ABRSMのGrade 2程度にとどまると説明しています。
実際、あの有名な右手のフレーズが鳴っているとき、左手は動いていません。左手の分散和音が入るときは、右手が長い音を保っているか休んでいる。つまり交互に動く「モノフォニックに近い」書き方になっているわけです。両手が同時に別々のリズムを刻む場面がほとんどないので、初級者でも音が並びます。
だからこそ、レッスンで「冒頭だけ」を課題にするケースが多いのです。pianobubble は、集中して取り組めば1回の練習で象徴的な冒頭部分は形にできる一方、125小節の全曲を仕上げるにはかなりの時間がかかると書いています。もちろん、必要な時間は学習歴や1回の練習の密度で変わります。
ここで確認しておきたいのは、「冒頭が弾けた=この曲が弾ける」ではないという点です。冒頭が弾けたのは、その部分が構造的に易しく書かれているからであって、自分の技術がGrade 5に届いたからではありません。
中間部から両手が同時に動き出し、要求が切り替わる
止まる場所は人によって多少ずれますが、原因は共通しています。冒頭を過ぎると、両手が同時に動く書き方に切り替わるからです。
piadoor の難度分析は、この曲が求める技術として、両手での連続する和音進行、急速な32分音符のパッセージ、左手のゆっくりした同音反復、ピアニッシモでの速い16分音符三連符を挙げています。冒頭で使わなかった技術が、まとめて登場するわけです。
具体的な症状としてよくあるのが、「片手ずつなら弾けるのに、合わせると右手が転ぶ」というもの。これは指の速さの問題ではなく、左手が入った瞬間に右手の拍の感覚が崩れているために起きます。左手を無音で動かしながら右手だけ鳴らす、といった分解練習をしないまま合わせると、この症状が長引きます。
対策としては、止まる場所の1〜2小節前から通す癖をやめ、止まる小節そのものを単独で取り出すこと。「通し練習で直そうとする」のは、この曲で最も時間を浪費するやり方です。
冒頭が早く仕上がるため、「この調子なら全曲もすぐ」と期待値が上がります。ところが冒頭43小節と残りでは、要求される技術の種類が変わります。冒頭が弾けた時点で全曲の見通しを立てると、後半で予定が崩れます。
知名度と難易度がずれている曲の代表例
実は、この曲ほど「知名度と難易度がずれている」曲は多くありません。テレビでも街中でも流れ、初心者向けの曲として紹介されるのに、フル版の基準はABRSMのGrade 5。Grade 5は中級から上級にかけての音階とテクニックが要求される級です。
なぜこのずれが放置されるのか。理由は、世の中に出回っている「エリーゼのために」の音源や動画の多くが冒頭中心だからです。冒頭だけを何度も聴いていると、脳内では曲全体が易しいものとして記憶されます。楽譜を開いて初めて、後半の音符の細かさに驚くことになります。
同じ現象は、有名なクラシック曲の多くで起きています。知名度は「聴かれた回数」で決まり、難易度は「使う技術の種類と密度」で決まる。この二つは連動していません。
選曲するときは、曲名の知名度ではなく、必ず楽譜の後半まで目を通してください。冒頭2ページだけ見て決めると、この曲では判断を誤ります。

「有名な曲を1曲、弾けるようになりたい」。ピアノを始めた人、あるいは何年かぶりに再開した人が最初に思うことは、たいていこれです。ところが実際に楽譜を開いてみると…
ロンド形式ゆえに「戻るたびに作り直す」負荷がかかる
形式面の負荷にも触れておきます。この曲はロンド形式で、主題が繰り返し戻ってくる構造です。譜読みの量としては、同じ部分が再登場するぶん有利に見えます。
ところが実際には、戻るたびに難しさが増します。理由は、主題へ戻る直前の部分がそれぞれ違う性格を持っているからです。速い音符が続いた直後に主題へ着地する場面では、テンポも打鍵の重さもリセットしなければなりません。手が興奮した状態のまま主題に入ると、冒頭では出なかった硬さが出ます。
ありがちなのは、「冒頭は上手に弾けるのに、2回目以降の主題が荒くなる」というパターン。これは主題そのものの問題ではなく、直前からの切り替えの問題です。
練習では、主題の頭だけを取り出すのではなく、「直前の数小節+主題の頭」をひとつのまとまりとして扱ってください。つなぎ目を単独の課題として認識できれば、通したときの安定感が変わります。
全音B・PTNA応用6・ABRSM Grade 5を並べて読む

3つの基準はそれぞれ別の物差しで測っている
難易度表記が複数あって混乱するのは当然です。出版社と試験機関では、そもそも測っている対象が違います。全音は「楽譜の難しさ」を段階分けし、PTNAは指導カリキュラム上の到達段階を、ABRSMは実技試験の級として音階やテクニックの要求と結びつけて設定しています。
結果として、この曲は全音でB(初中級)、PTNAで応用6、ABRSMでGrade 5という、一見バラバラな数字が並びます。しかし内容を見ると、いずれも「初級ではないが最上級でもない」という点で一致しています。応用6は中級から上級への過渡的な位置づけ、Grade 5も中級から上級にかけての技術を求める級です。
ここで気をつけたいのが、数字だけを取り出して比較することです。「応用6だからGrade 6と同じ」といった読み替えはできません。数字の意味が体系ごとに違うためです。
難易度を判断するときは、ひとつの基準に頼らず、複数の指標を並べて「だいたいこのあたり」と幅で捉えるのが現実的です。PTNAの区分は同協会のピアノ曲事典で確認できます(PTNAピアノ曲事典)。
| 項目 | 全音ピアノピース | PTNA | ABRSM |
|---|---|---|---|
| この曲の表記 | B | 応用6 | Grade 5(フル版) |
| 表記の位置づけ | 初中級。枠の中では上限側 | 中級後期。上級への過渡 | 中級〜上級の音階・技術を要求 |
| 冒頭部分の扱い | 区分は曲単位(部分表記なし) | 区分は曲単位(部分表記なし) | Grade 2〜4相当とされる |
| 測っている対象 | 楽譜そのものの難度 | 指導上の到達段階 | 実技試験の級 |
※各機関の公表表記をもとに当サイトで整理。基準は改定される場合があります。
ABRSMは「フル版Grade 5・冒頭Grade 2〜4」と幅を明示している
3つの基準の中で、部分ごとの難易度差にはっきり触れているのがABRSMを扱った解説です。pianobubble は、この曲は一般にABRSMのGrade 5相当とみなされるが、よく知られた冒頭部分はもっと易しく、Grade 2程度だと述べています。冒頭部分については、実践的にGrade 2〜4の幅で語られます。
なぜここまで開くのか。理由は前述のとおり、冒頭が片手ずつ中心に書かれているためです。試験の級は「同時に処理する要素の数」に強く影響されます。両手が別々のリズムで動き、速い音符が入り、ペダルの制御が加わるほど級は上がります。
この幅を知らないまま「エリーゼのためにはGrade 5」とだけ覚えると、冒頭が弾けた生徒に対して過大な評価をしてしまいます。逆に「Grade 2の曲」と覚えていると、後半で行き詰まったときに自分の実力を過小評価します。
自分の現在地を測るなら、「冒頭43小節が止まらずに弾けるか」ではなく、「両手が同時に動く箇所を、テンポを落として正確に弾けるか」を基準にしてください。後者ができるかどうかが、フル版に進めるかの分かれ目です。
RCM Level 7も含めると「中級の中〜後半」で一致する
もうひとつの指標として、RCMの区分ではLevel 7相当とされています。番号だけ見ると高く感じますが、これも体系内での位置づけを見れば、中級の中盤から後半にあたる位置です。
4つの基準を並べると、表記の記号こそ違うものの、示している場所は驚くほど近い。全音のBは初中級の上限、PTNAの応用6は中級後期、ABRSMのGrade 5は中級から上級の入り口、RCMのLevel 7も中級の後半。つまり「中級のどこか」という点で一致しています。
ここから導けるのは、この曲を初級曲として扱うのは、少なくとも全曲を対象にする限り無理があるということです。「初心者の定番」という一般的なイメージと、公式の級表記は食い違っています。
複数の基準が同じ方向を示しているときは、その一致を信じて計画を立てるのが安全です。逆に基準が割れているときは、易しいほうではなく難しいほうに合わせて準備しておくと、後で行き詰まりません。

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最大の難所は30小節からの32分音符トレモロ
「この曲最大の難所」とされる急速なパッセージ
技術面で最も負荷が高いのは、32分音符による急速なパッセージです。piadoor の分析は、この曲が要求する技術のうち急速な32分音符のパッセージを「この曲最大の難所」と位置づけています。難度研究の解説でも、30小節から現れる32分音符のトレモロが最難関とされています。
なぜ難しいのか。32分音符は、同じテンポでも16分音符の倍の密度で音を並べる必要があります。3/8拍子という短い拍の中でこれをこなすため、指を「動かす」のではなく「落とす」感覚に切り替えないと間に合いません。腕に力が残っていると、単純に物理的に追いつかなくなります。
実際のつまずき方としては、最初の数音は入るのに、途中から音が団子になって粒が消える、あるいは手首が固まって痛みに近い張りが出る、という形で現れます。前者は打鍵の深さが揃っていないため、後者は脱力ができていないためです。
この箇所は、曲の中で最後に完成する部分だと考えておいてください。他が仕上がってからここに時間を集中させるほうが、結果的に早く形になります。
トレモロ=同じ音、または2つの音を急速に繰り返して震えるように鳴らす奏法。同音連打=同じ高さの音を連続して打鍵すること。鍵盤が完全に戻りきる前に次を打つ必要があるため、指を替えながら打鍵する運指が使われる。アルベルティ・バス=和音を「低・高・中・高」のように分散させて連続させる伴奏型。
同音連打は手首の脱力と指先の瞬発力で決まる
32分音符と並んで負荷が高いのが同音連打です。難度研究の解説は、右手に細かい32分音符による装飾音や同音連打が連続して登場し、手首の完全な脱力と指先の瞬発力が不可欠だと指摘しています。piadoor の分析でも、左手のゆっくりした同音反復が求められる技術として挙げられています。
同音連打が難しい理由は、楽器の構造にあります。鍵盤は打鍵後に上がりきらないと、次の打鍵で確実に発音しません。同じ指で連打すると鍵盤の戻りを待つ時間が必要になるため、指を替えながら打つ運指が使われます。この指替えを速いテンポで安定させるのが、技術的な課題です。
ありがちな失敗は、指を替えずに同じ指で押し込んでしまうケース。音が抜けたり、粒が不揃いになったりします。もうひとつは、力で押し込もうとして手首が沈み、次の打鍵の準備が遅れるケースです。
確認方法は単純で、その箇所だけを取り出し、音を鳴らさない程度の浅さで鍵盤表面を連続して叩けるかを試すこと。手首が上下に暴れているうちは、テンポを上げても揃いません。
速く弾こうとして固まる——よくある失敗の第一パターン
この曲で最も多い失敗が、「難所を速いテンポで練習してしまう」ことです。32分音符の箇所を最初から本来の速さで練習すると、指が間に合わないぶんを腕の力で補おうとします。その結果、手首と前腕が固まり、固まった状態が動きとして記憶されます。
原因は、テンポ設定の判断基準を持っていないことにあります。「弾けるか弾けないか」で判断すると、なんとか鳴っているだけの状態を「弾けた」と誤認します。判断基準にすべきは、音の粒が揃っているか、そして次の音の準備が間に合っているかです。
典型的な症状は、ゆっくりなら弾けるのにテンポを上げると必ず同じ場所で崩れる、というもの。これは練習量の不足ではなく、崩れる速度を超えて練習してきたことの結果です。
対処は、崩れない速度まで落とし、そこから少しずつ上げること。そして上げた速度で崩れたら、迷わず前の速度に戻すこと。この往復を面倒がると、固まった動きだけが定着します。腕や手に痛みやしびれが続く場合は練習を中断し、症状が長引くなら医療機関で相談してください。
ピアニッシモの16分音符三連符という別種の負荷
速さだけが難所ではありません。piadoor の分析には、ピアニッシモの音量で速い16分音符の三連符を弾く場面が挙げられています。これは速さと音量制御を同時に要求する、性質の違う課題です。
小さい音を速く弾くのが難しいのは、打鍵が浅くなるほど発音が不安定になるからです。強く弾けば必ず鳴りますが、弱く弾くと鍵盤が最後まで下りきらず、音が抜けます。しかも三連符なので、2拍子系のリズム感のまま弾くと3つ目が転びます。
実際には、「小さく弾こうとして音が消える」「消えないように弾いたら音量が上がる」という往復に陥りやすい箇所です。原因は指先のコントロールというより、鍵盤の底までの距離感を把握できていないことにあります。
確認のコツは、まずメゾフォルテ程度の音量で粒を揃え、そのフォームを変えずに音量だけを落としていくこと。音量から作ろうとすると、フォームまで崩れます。
左手のアルベルティ・バスと両手の同期でつまずく
左手は16分音符の分散伴奏、右手と正確に合わせる
右手ばかりが注目されますが、この曲を中級曲にしているのは左手の書き方でもあります。難度研究の解説は、左手がアルベルティ・バスに似た16分音符の細かい伴奏となり、右手の細かな動きとタイミングを正確に同期させる必要があると説明しています。
アルベルティ・バスが難しいのは、和音を押さえるのと違い、指を順番に動かし続けなければならないからです。しかも伴奏なので、意識の大半は右手に向いている。無意識で動かせるところまで左手を仕上げないと、右手に集中した瞬間に左手が止まります。
よくある症状が、「右手の難所に入ると左手のテンポが落ちる」というもの。これは左手が自動化されていない証拠です。逆に左手だけ取り出すと問題なく弾けるのに、合わせると崩れるケースも同じ原因です。
対策は、左手を暗譜レベルまで単独で仕上げること。そのうえで右手を弱い音で重ね、左手のテンポが変わらないかを確認します。左手が主役の練習を先にやるのが順番として正解です。
左手が重くなると旋律が沈む——タッチバランスの調整
もうひとつの課題がバランスです。難度研究の解説では、左手の伴奏が低音になりすぎないよう、バランスの調整が必須だとされています。イ短調の低音域は響きが厚く、同じ力で弾くと右手の旋律より前に出てしまいます。
理由は楽器の構造にあります。低音の弦は長く太いため、同じ打鍵の強さでも音が長く残ります。楽譜上は同じ音量指示でも、実際に鳴る音では低音のほうが目立つ。この差を打鍵側で埋める必要があるわけです。
具体的な場面としては、電子ピアノで練習していた人がアコースティックピアノで弾いたときに「左手がうるさい」と言われるパターンがあります。電子ピアノはスピーカーの特性で低音の残り方が異なるため、バランスの感覚がずれることがあります。
確認方法は、左手だけを弾いて響きが止まるまでの長さを聴くこと。思ったより長く残っていれば、打鍵を浅くするか、ペダルの踏み替えを増やす必要があります。
この曲を「うまく弾く」段階で効くのは、指の速さより左手の音量管理です。右手の旋律が聴こえないと感じたら、右手を強くするのではなく左手を引く。強くする方向で解決しようとすると、全体が硬くなります。
片手なら完璧なのに両手で崩れる——よくある失敗の第二パターン
難所の練習と並んで多いのが、片手練習だけを積み上げて両手に進む失敗です。片手ずつを完璧に仕上げてから合わせれば弾けるはず、と考えて練習した結果、合わせた瞬間にどちらも崩れる。これは珍しい話ではありません。
原因は、片手で弾くときと両手で弾くときで、脳が処理している内容が違うからです。片手なら旋律の流れだけを追えばよいのに対し、両手では2つの動きの時間的な関係を管理する必要があります。片手をいくら磨いても、この「関係を管理する」練習にはなりません。
典型的なのは、片手なら暗譜で弾けるのに、両手にすると楽譜から目が離せなくなるケース。これは両手での運動記憶がまだ作られていない状態です。
対処は、両手を「最小単位」で練習すること。1小節、場合によっては半小節だけを取り出し、両手で繰り返す。片手練習は譜読みの手段であって、仕上げの手段ではないと考えると、練習の配分が変わります。
ペダルは必須、しかし踏み方次第で音が濁る
この曲ではペダルの使用が前提になっています。イ短調の分散和音を響かせるためにペダルが要りますが、同時に、和音が変わっているのに踏み続けると音が濁ります。
濁る仕組みは単純で、ダンパーペダルを踏んでいる間は弦の振動が止まらないためです。前の和音の音が残ったまま次の和音が重なると、本来ぶつかるはずのない音同士が同時に鳴ります。3/8拍子で和音が動く場面では、踏み替えの頻度が高くなります。
よくある失敗は、旋律を切りたくないあまり踏みっぱなしにするパターンと、逆に濁りを恐れて踏み替えが早すぎ、音が途切れるパターンです。前者は響きが濁り、後者は旋律が分断されます。
判断は耳で行ってください。録音して聴き返すと、演奏中には気づかない濁りがはっきりわかります。ペダルの基本的な考え方は下の記事で整理しています。

どの学習段階で手を出すと無理がないのか
ツェルニー100番・ブルグミュラー25の中盤〜終盤が目安
「いつ弾けるか」の目安として、教本の進度から見る方法があります。この曲の学習段階は、ツェルニー100番練習曲、ブルグミュラー25の中盤から終盤、ソナチネの入門レベルにあたるとされています。
この位置づけになる理由は、必要な技術の内訳を見ればわかります。分散和音の伴奏、音階的な動き、装飾音、テンポの変化——これらはブルグミュラー25の後半で扱われる要素と重なります。逆に言えば、ブルグミュラー25の前半あたりでこの曲に手を出すと、初めて出会う技術が多すぎて処理しきれません。
実際に起きやすいのが、教本を飛ばしてこの曲に取り組み、冒頭は弾けたものの中間部で3か月以上足踏みする、という状況です。足りないのは根性ではなく、途中の教本で扱うはずだった技術です。
目安として、ブルグミュラー25の後半の曲が、譜読みに時間をかけずに形になる状態であれば、この曲のフル版に取り組める段階に近いと考えられます。

「ブルグミュラーって初級ですか、中級ですか」。この質問に、楽譜売り場でも教室でも、まったく違う答えが返ってくることがあります。ある人は「バイエルの次だから初級」…
「学習経験3〜5年」という目安をどう読むか
もうひとつの目安として、3〜5年のピアノ学習経験、または小学校高学年程度という表現が使われます。この数字は、レッスンを継続してきた場合の一般的な進度を前提にしたものです。
ただし、年数は条件次第で大きく動きます。週1回のレッスンに加えて日常的に練習してきた人と、間隔が空きがちだった人では、同じ3年でも到達点が違う。年数はあくまで参考値で、実際の判断材料は「今どの教本のどこにいるか」です。
大人から始めた場合はさらにばらつきます。譜読みや理論の理解は早い一方、指の独立や脱力には時間がかかる傾向があります。そのため、年数で自分を測ると実態と合わなくなりやすい。
年数の表記を見たときは、「何年やったか」ではなく「その年数で通常どこまで進むか」に読み替えてください。年数そのものは技術を保証しません。
実は「冒頭だけ弾く」という選択にも根拠がある
意外と知られていませんが、「冒頭だけ弾く」という選び方には、はっきりした技術的な根拠があります。最初の43小節は片手ずつ動く書き方が中心でABRSMのGrade 2〜4相当とされており、フル版のGrade 5とは要求が違うからです。
つまり、冒頭だけを選ぶのは手抜きではなく、自分の段階に合った範囲を切り出す判断です。ロンド形式で主題がまとまっているため、冒頭部分だけでも音楽として区切りがつきます。無理にフル版へ進んで、固まった動きを覚えるより合理的な選択になる場面があります。
読者のタイプ別に整理すると、こうなります。とりあえず1曲弾けるようになりたい大人は冒頭43小節で区切る。教本と並行して技術を積んでいる人はフル版を長期課題にする。子どもに与える保護者は、冒頭だけの初級アレンジ版と原曲版を混同しないよう版を確認する。発表会で使う人は、難所を含む中間部が仕上がるかを先に確認してから曲を決める。
選曲の失敗は「難しい曲を選んだこと」ではなく、「どこまで弾くかを決めずに始めたこと」で起きます。範囲を先に決めてから楽譜を開いてください。
楽譜は版によって難易度そのものが変わる
全音ピアノピースPP-002は6ページ・550円の定番
原曲で取り組むなら、まず候補に挙がるのが全音ピアノピースです。品番はPP-002、価格は550円(税込)、体裁は菊倍判で6ページ、ISBNは978-4-11-911002-7。初版は1948年3月25日で、現在も販売されています。
この版が定番として使われる理由は、難易度表記が明示されていることと、1曲単位で購入できることです。曲集を買うと目的外の曲まで含まれますが、ピース版なら必要な曲だけを手に入れられます。6ページという分量も、この曲の実際の長さを反映しています。
注意したいのは、ピース版は解説や運指の情報量が曲集より少ない場合があること。運指を自分で決めるのが難しい段階なら、指導者に確認するか、運指が詳しく入った版を選ぶ判断もあります。
購入前に、商品ページで難易度表記とページ数を確認しておくと、届いてから「思ったより長い」と驚くことがなくなります。
初級アレンジ版は「別の曲」として扱う
「エリーゼのために」の楽譜は、複数の出版社からさまざまなアレンジで出ています。ヤマハミュージックエンタテインメントのぷりんと楽譜には初級・中級・上級といった複数のレベルの版があり、KMP版には初級向けのピアノ・ソロ譜があります。
ここで理解しておきたいのは、初級版は原曲を簡易化したアレンジだという点です。難所である32分音符のパッセージが16分音符に置き換えられていたり、左手の伴奏が和音に単純化されていたりします。当然、弾いた感触も難易度も原曲とは違います。
問題が起きるのは、初級版で仕上げた人が「エリーゼのためにが弾ける」と考え、発表会やグレード試験で原曲を求められて困るケースです。同じ曲名でも、要求される技術が違います。
楽譜を選ぶときは、曲名だけでなく難易度表記と編曲者の記載を必ず確認してください。原曲で弾きたいなら、アレンジではなくピアノ・ソロの原曲版を選ぶ必要があります。
| 項目 | 全音ピアノピース PP-002 | ヤマハ ぷりんと楽譜 | KMP版(初級) |
|---|---|---|---|
| 難易度表記 | B(初中級) | 初級/中級/上級の複数版 | 初級 |
| 価格の目安 | 550円(税込) | 中級版で540円前後(1ソース確認のため目安) | 330円(通常価格400円)程度(同上) |
| 形式・体裁 | 菊倍判・6ページ/ピアノ・ソロ譜 | ダウンロード対応 | 初心者向けピアノ・ソロ譜 |
| 向いている人 | 原曲でフル版に取り組む人 | レベルを選んで買いたい人 | まず1曲形にしたい初心者 |
ダウンロード販売と紙の楽譜、どちらを選ぶか
入手方法も選択肢があります。楽譜はPDFダウンロード版、コンビニプリント版、通常の印刷譜から選べるようになっており、ヤマハのぷりんと楽譜はダウンロードに対応しています。全音のオンラインショップでは紙の楽譜が購入できます。
使い分けの基準は、練習期間の長さです。この曲のフル版は仕上げまでに時間がかかるため、めくりやすさと書き込みのしやすさを考えると、紙の楽譜のほうが扱いやすい場面が多くなります。ダウンロード版は、まず試したい場合や、冒頭だけ弾く場合に向いています。
失敗しやすいのが、ダウンロード版を購入したあとに「原曲版が欲しかった」と気づくケース。ダウンロード販売はレベル別に複数の版が並んでいるため、購入画面での難易度表記の確認が重要になります。
いずれの形式でも、購入元は出版社や公式の楽譜販売サービスを使ってください。楽譜には著作権や出版権が関わるため、コピーの譲渡や無断転載は避ける必要があります。
原典に当たるならWoO 59という表記を覚えておく
作品そのものを調べたい場合、鍵になるのが作品番号の表記です。この曲はWoO 59、すなわち作品番号(Op.)が付されていない作品として整理されており、バガテル第25番とも呼ばれます。
Op.が付いていない理由は、生前に作品番号付きで出版されなかったためです。作曲は1810年4月27日ですが、出版は1867年にLudwig Nohl の手でJ.G. Cotta出版社から行われました。作曲者本人が出版を管理した作品ではない、という位置づけです。
この点を知っておくと、資料を探すときに迷いません。「Op.」で検索しても出てこず、「WoO 59」または「Bagatelle No. 25」で探す必要があります。IMSLPでもWoO 59として整理されています。
難易度を調べる際も、同じ理由で表記ゆれが起きます。曲名だけで検索すると簡易アレンジ版の情報が混ざるため、原曲の難易度を知りたいときは作品番号と併せて確認するのが確実です。
まとめ:エリーゼのために難易度は「範囲を決めてから」測る
この曲の難易度がわかりにくいのは、実力の問題ではなく、曲そのものが二段構えでできているからです。全曲125小節のうち、多くの人が知っている冒頭は43小節。ここまでは片手ずつ動く書き方が中心なので早く形になり、そこから先で両手の同期、32分音符、同音連打、ペダル制御がまとめて要求されます。全音のB、PTNAの応用6、ABRSMのGrade 5、RCMのLevel 7——記号は違っても、これらはいずれも「中級のどこか」を指しており、初級曲ではないという点で一致しています。
最初の一歩としておすすめしたいのは、楽譜を最後のページまで開いて、自分がどこまで弾くのかを紙に書き出すことです。冒頭で区切ると決めたなら、その範囲を丁寧に仕上げるほうが音楽として成立します。フル版に進むと決めたなら、左手の分散伴奏を単独で自動化するところから始め、32分音符の箇所は最後に回してください。順番を守るだけで、この曲は途中で止まりにくくなります。
※難易度の区分や楽譜の価格・仕様は改定されることがあります。最新の情報は各出版社・試験機関の公式サイトでご確認ください。また、練習中に手や腕の痛み・しびれが続く場合は練習を中断し、医療機関にご相談ください。

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