「モーツァルトの名曲といえば?」と聞かれて、トルコ行進曲ときらきら星変奏曲までは出てくる。でもその先が続かない。あるいは、曲名の後ろに必ずついている「K.331」「K.550」という数字が何なのか分からないまま、なんとなく聞き流している——そんな方は多いはずです。
先に結論を言うと、モーツァルトの名曲はK番号(ケッヘル番号)の順に並べると一気に見通しがよくなります。K番号は作品番号ではなく、作曲された順に振られた通し番号だからです。K.265のきらきら星変奏曲は20代半ば、K.550の交響曲第40番は30代前半、K.626のレクイエムは絶筆——番号そのものが人生の時間軸になっています。
そしてこのK番号、2024年に60年ぶりの全面改訂を受けました。ケッヘル目録は1964年の第6版以来据え置かれていましたが、2024年9月19日にザルツブルクで「ケッヘル2024」が発表され、95曲が新たに本編に加わっています(国際モーツァルテウム財団)。この記事では代表的な10曲をK番号順に並べ、番号の読み方、最新の改訂内容、そして出版社と主催者の公式表記に基づく難易度の見方までを、順を追って解説します。
・モーツァルトの代表曲10曲を、K番号順・ジャンル別に並べた全体像
・「K.265(300e)」の括弧つき番号や「KV」表記が何を意味するのか
・2024年のケッヘル目録改訂で、何が増え、何が簡単になったのか
・全音ピアノピースとピティナ、2つの公式難易度から見た「弾ける曲」の順番
モーツァルト名曲の代表10曲を、K番号順に並べるとこうなる

モーツァルトが残した作品は全ジャンルで約600曲、交響曲41曲、ピアノ協奏曲27曲、ピアノソナタ17曲、オペラ22曲におよびます(ONTOMO作曲家辞典)。この中から「一度は耳にしたことがある」曲を抜き出し、作曲順に並べたのが次の表です。
| K番号 | 曲名 | 作曲・完成 | ジャンル |
|---|---|---|---|
| K.265 | きらきら星変奏曲 | 1781年 | ピアノ独奏(変奏曲) |
| K.331 | ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」 | 1783年頃(有力説) | ピアノ独奏(ソナタ) |
| K.467 | ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 | 1785年3月9日 | ピアノ協奏曲 |
| K.492 | 歌劇「フィガロの結婚」 | 1786年5月1日 初演 | オペラ・ブッファ |
| K.525 | アイネ・クライネ・ナハトムジーク | 1787年8月10日 | セレナード |
| K.545 | ピアノ・ソナタ第16(15)番 ハ長調 | 1788年6月26日 | ピアノ独奏(ソナタ) |
| K.550 | 交響曲第40番 ト短調 | 1788年7月25日 | 交響曲 |
| K.551 | 交響曲第41番「ジュピター」 | 1788年8月10日 | 交響曲 |
| K.620 | 歌劇「魔笛」 | 1791年9月28日 完成 | ジングシュピール |
| K.626 | レクイエム ニ短調 | 1791年(未完・絶筆) | 宗教曲(ミサ曲) |
10曲のうち7曲が、最後の10年に集中している
この表を眺めて最初に気づいてほしいのは、10曲のうち7曲がK.467以降、つまり1785年から1791年のあいだに集まっていることです。モーツァルトは1756年1月27日にザルツブルクで生まれ、1791年12月5日にウィーンで35歳で亡くなりました。5歳ごろから作曲を始めているので、作曲家としての活動期間は約30年。その30年のうち最後の7年に、世間が「名曲」と呼ぶものの大半が生まれている計算になります。
なぜ後期に集中するのか。理由は生活の形が変わったからです。1781年以降、モーツァルトはザルツブルクの宮廷職を離れ、フリーランスの音楽家としてウィーンに定住します。予約演奏会で自分の協奏曲を弾き、劇場から依頼を受けてオペラを書く——注文主が貴族から「聴衆」に変わったことで、書く曲そのものが分かりやすく、印象に残る方向へ舵を切ったのです。K.467のピアノ協奏曲第21番は、1785年3月9日に完成させて翌10日にはウィーンのブルク劇場で自ら独奏しています。作って、すぐ弾いて、聴衆の反応を受け取る。この回転の速さが後期の曲の親しみやすさを作りました。
逆に言うと、K番号が小さい初期作品には「有名曲」がほとんどありません。10代までの作品は当時の様式をなぞった習作的なものが多く、現在の演奏会で単独で取り上げられる機会が少ないためです。名曲を探すときにK.400以降を優先して聴くのは、遠回りに見えて実は近道です。
「有名なのに弾けない」曲がある理由は、編成の壁
10曲のうち、ピアノを習っている人が自分で音を出せるのは、実質3曲です。K.265のきらきら星変奏曲、K.331のトルコ行進曲、K.545のソナタ。残りの7曲は、オーケストラ・独唱者・合唱のいずれかを必要とします。
これは技術の問題ではなく、編成の問題です。たとえばK.551「ジュピター」の楽器編成は、フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦楽。K.620「魔笛」に至っては、夜の女王の第2のアリア「復讐の心は地獄のように我が胸に燃え」(第14番)で、コロラトゥーラ・ソプラノの最高音が3点ヘ音(ハイF)まで達します。ピアノ編曲版はもちろん存在しますが、それは「その曲を弾いた」というより「その曲の骨格をなぞった」に近い。
ここでつまずく人が多いのが、「名曲を弾きたい」と「名曲を知りたい」を同じ入口だと思ってしまうことです。この2つは分けて考えたほうが結果的に早く進みます。聴いて全体像をつかむのはK番号順、弾く曲を決めるのは難易度順。この記事も後半でその2つを分けて扱います。
聴く人・弾く人・調べる人で、入口はまったく違う
読者のタイプ別に、最初に触れるべき曲は変わります。まず全体像をつかみたい人は、K.525のアイネ・クライネ・ナハトムジークから入るのが素直です。ト長調、4楽章、全体が短く、モーツァルトの書法の「明るさ・均整・軽やかさ」が最短で体感できます。
自分で弾きたい人は、K.545のピアノ・ソナタ第16(15)番から。モーツァルト自身が自作目録に1788年6月26日の日付とともに「初心者のための小さなソナタ」と記した曲で、ソナチネアルバムやソナタアルバムにも収められています。
作品や時代を調べたい人は、K.550の交響曲第40番とK.626のレクイエムを軸にすると全体が見えます。前者は41曲の交響曲のうちわずか2曲しかない短調作品のひとつ、後者は絶筆。モーツァルトの「明るい人」というイメージが、実は一面的であることが分かる2曲です。
「K.331」の数字は何を意味しているのか
曲名に必ずついてくるK番号。これを「作品番号(Op.)と同じもの」だと思っていると、検索するたびに混乱します。ベートーヴェンやショパンのOp.が出版順の番号であるのに対し、モーツァルトのK番号は作曲順に並べ直された研究用の通し番号です。性質がまったく違います。
ケッヘル番号=モーツァルトの全作品を年代順に整理した目録の通し番号。1862年にルートヴィヒ・フォン・ケッヘルが編んだ『モーツァルトの全作品の年代順主題目録』が初版で、目録名の頭文字からK.(ドイツではKV)と略される。日本語では「ケッヘル番号」、英語圏では K. 551、ドイツでは KV 551 と表記が分かれる。
番号は「並び順」であって「価値の順」ではない
K番号の本質は、作曲された順に振られた整理番号だという点にあります。K.1がもっとも初期の作品、K.626のレクイエムが従来の目録における最終番号でした。つまり番号の大小は、上手い下手でも有名無名でもなく、時間の前後だけを表しています。
この性質を理解しておくと、鑑賞の解像度が上がります。たとえばK.550(交響曲第40番)とK.551(ジュピター)は番号が1つ違いですが、これは偶然ではありません。前者は1788年7月25日、後者は1788年8月10日にウィーンで完成しています。約2週間差で書かれた2曲だから番号が隣り合っている——番号を見ただけで、その事実にたどり着けるわけです。
逆に、番号が離れているのに作風が似ている曲があれば、それは「モーツァルトが同じ手法に何度も戻ってきた」という意味になります。K番号は年表そのものなので、曲を聴きながら番号を確認する習慣をつけると、作曲家の変化が線でつながっていきます。初めのうちは番号を覚えようとしなくて構いません。「大きいほど後期」とだけ押さえれば十分です。
「K.265(300e)」の括弧つき番号は、改訂の履歴そのもの
楽譜や解説で「K.265(300e)」「K.331(K6.300i)」という二重表記を見たことがあるはずです。これは誤植ではなく、目録が改訂された履歴を残すための書き方です。
ケッヘル目録は初版(1862年)のあと、1937年にアルフレート・アインシュタインによる第3版、1964年にフランツ・ギーグリングらによる第6版と改訂を重ねました。研究が進むと「この曲は思っていたより後に書かれていた」ということが起きます。そこで年代順の位置を直したいのですが、すでに広まっている番号を消すと過去の文献が読めなくなる。そのため、旧番号を残したまま新しい年代順の位置を小文字・大文字つきの番号で併記する方式が取られました。「K.183(K6.173dB)」のような表記がその典型です。
したがって「K.265(300e)」は、初版で265番だった曲が、第6版の年代順配列では300eの位置に移ったという意味になります。実務上は、前の番号(K.265)を使えばまず通じます。楽譜を探すときも、この番号で検索するのが確実です。
【失敗パターン①】K番号だけで楽譜を検索して、別の曲が出てくる。原因は二重番号と「K6.」表記の混同です。「300e」で検索すると第6版準拠の資料しか引っかからず、「K.265」で検索すると広く出てくる、という差が生じます。検索するときは括弧の前の番号を使うのが原則。それでも見つからない場合は、曲名(きらきら星変奏曲/ああ、お母さん聞いて)を併記すると解決します。
ソナタの「第11番」と「第16(15)番」の揺れも同じ理由
もうひとつ混乱しやすいのが、ソナタの番号です。K.545は資料によって「第16番」と書かれたり「第15番」と書かれたりします。ピティナ・ピアノ曲事典が「ピアノ・ソナタ 第16(15)番 ハ長調 K.545」と両方を併記しているのは、そのためです。
これは新モーツァルト全集で第16番、旧来の数え方では第15番となっているという事情によります。途中に1曲入るかどうかで、以降の番号が1つずつずれるわけです。ここでもK番号が役に立ちます。「第何番」は揺れるが、K.545は揺れない。だから楽譜屋でも音源サイトでも、K番号で照合するのがいちばん確実です。
レッスンや発表会のプログラムを書くときも、番号だけでなくK番号を添えておくと取り違えが起きません。「モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調 K.545 第1楽章」のように書けば、どの版を使っていても一意に決まります。
60年ぶりに目録が書き換わった|ケッヘル2024で変わった3つのこと

ここまで説明したK番号の仕組みが、2024年に大きく更新されました。1964年の第6版から実に60年ぶりの全面改訂です。ピアノを弾く人にとって直接の実害はほとんどありませんが、これから資料を読む人には知っておく価値があります。
ケッヘル2024は2024年9月19日にザルツブルクで発表され、ブライトコップ・ウント・ヘルテル社と国際モーツァルテウム財団が刊行しました。全1392ページ。主編者はコーネル大学名誉教授のニール・ザスロウ、編集の統括は同財団のウルリヒ・ライジンガーです。
変更1:K.627以降に95曲が新しく入った
もっとも分かりやすい変更が、本編の作品数の増加です。従来の目録はK.1からK.626までで、K.626のレクイエムが最後でした。ケッヘル2024では、K.627以降に95曲が新規に収録されています(国際モーツァルテウム財団)。
ここで誤解されやすいのが、「新しい名曲が95曲見つかった」わけではないという点です。新規収録の中心は、従来版に欠けていた断片と紛失作品。つまり「書かれた記録はあるが楽譜が残っていない曲」「途中まで書かれて放置された曲」に、正式な番号を与えて管理できるようにしたということです。目録の目的は名曲の選定ではなく、作品の全体像を漏れなく記述することにあります。
とはいえ実際の新発見もありました。2024年の発表と前後して、ライプツィヒの市立図書館で「2つのヴァイオリンとバスのためのセレナード」(KV648)の筆写譜が確認されています。1760年代終盤の作とみられる作品で、モーツァルトの姉と出版社ブライトコップ・ウント・ヘルテルとのやり取りなど、周辺資料から帰属が検討されました。
変更2:ややこしかった二重番号が整理された
2つめの変更が、先ほど説明した「K.183(K6.173dB)」型の二重番号の簡素化です。ケッヘル2024はケッヘル初版の番号に立ち戻るという方針を掲げ、あわせて作曲年代順の配列にこだわることをやめました。
この2つはセットの判断です。そもそも二重番号が生まれたのは、「番号は年代順でなければならない」という前提を守ろうとしたからでした。研究で年代が動くたびに配列を直し、旧番号を括弧で残す。その積み重ねが、小文字と大文字が入り混じる複雑な体系を作ってしまったわけです。年代順への固執をやめたことで、番号は「安定した識別子」として使えるようになりました。
実用上の意味は明快で、これから出る資料では括弧つきの併記が減り、K.265・K.331といった見慣れた番号がそのまま通用しやすくなります。すでに手元にある楽譜の番号が使えなくなることはありません。
変更3:無料で引けるデジタル版が公開された
3つめが、調べ物のハードルが下がったことです。国際モーツァルテウム財団は「Köchel digital」として、新しいケッヘル目録の内容を無料で公開しています。作品名・K番号・成立事情を誰でも確認できるので、「この曲は本当にモーツァルトの作か」「作曲年はいつか」を一次資料に近い形で当たれるようになりました。
日本語圏の情報だけを追いかけていると、作曲年の説が古いまま止まっていることがあります。実際、K.331の作曲年は長らく「1778年パリ」とされてきましたが、現在の有力説は「1783年頃、ウィーンまたはザルツブルク」です。K.265も同様に、かつての1778年パリ説から、音楽学者ヴォルフガング・プラースの自筆譜分析による1781〜82年ウィーン説へと移りました。作曲年は更新される——これを知っているだけで、古い解説に引きずられずに済みます。
なお、こうした改訂は「これまでの解説がすべて間違いだった」ということではありません。研究の到達点が動いただけです。年号を書くときに「有力説では」「現在は〜とされる」と一言添えるのが、いちばん誠実な扱い方になります。
ピアノで弾くならどこから?2つの公式難易度で見る順番
ここからは「弾く」側の話です。難易度は感覚で語られがちですが、日本には公的に参照できる物差しが2つあります。全音楽譜出版社の「全音ピアノピース」の難易度区分と、ピティナ・ピアノ曲事典のステップレベルです。どちらも出版社・主催者が公式に示している表記なので、これを軸に考えるのが確実です。
全音ピアノピースのモーツァルトは、A〜Dで止まっている
全音ピアノピースは全音楽譜出版社が刊行する、1曲単位で買える楽譜シリーズです。難易度はA(初級)・B(初級上)・C(中級)・D(中級上)・E(上級)・F(上級上)の6段階で、裏表紙に曲の一覧とともに掲載されています。
この難易度別一覧からモーツァルト作品を抜き出して集計したのが、次の表です。
| 難易度 | 該当するモーツァルト作品 | ピース番号 | 曲数 |
|---|---|---|---|
| A(初級) | メヌエット/バターつきパン[一本指のワルツ] | No.191/No.465 | 2曲 |
| B(初級上) | トルコマーチ/ロンド(ニ長調)/幻想曲 ハ短調 | No.004/No.192/No.254 | 3曲 |
| C(中級) | ロマンツェ 変イ長調/幻想曲 ニ短調/前奏曲とフーガ/田園舞曲 | No.118/No.247/No.273/No.304 | 4曲 |
| D(中級上) | きらきら星変奏曲/デュポールのメヌエットによる九つの変奏曲 | No.024/No.279 | 2曲 |
| E(上級) | 該当なし | — | 0曲 |
| F(上級上) | 該当なし | — | 0曲 |
目を引くのはE・Fがゼロという点です。ショパンやリストなら上級区分に多数の曲が並びますが、モーツァルトはA〜Dに収まり、上級区分に1曲も入っていません。これはモーツァルトが易しいという意味ではなく、シリーズの選曲方針を反映した結果と読むのが正確です。単曲で完結する小品が中心のシリーズなので、多楽章のソナタ全曲は収録対象になりにくい。「入口として買いやすい曲がそろっている」と理解しておけば十分です。
難易度表記の考え方そのものについては、こちらの記事で公式区分の読み方をまとめています。

「ピアノを始めるならクラッシックから」と言われて楽譜を買ったのに、最初の数ページで手が止まった——独学で始めた人からいちばん多く出てくるのがこのパターンです。原…
ピティナのステップレベルは、もう1つの物差し
ピティナ・ピアノ曲事典は、曲ごとに「ステップレベル」を公開しています。全音の6段階と違い、こちらは「導入・基礎・応用・発展・展開」といった段階名で、1曲が複数のレベルにまたがって表示されるのが特徴です。
代表曲を並べると、K.545(ソナタ ハ長調)は応用6・応用7・発展1・発展2・発展3。K.331の第3楽章トルコ行進曲は発展1・発展2・発展3・展開1・展開2・展開3。K.265のきらきら星変奏曲は発展4・発展5・展開1です。
ここで重要なのは、2つの物差しが必ずしも一致しないことです。全音ではトルコ行進曲がB(初級上)、きらきら星変奏曲がD(中級上)と2段階の差がありますが、ピティナのステップレベルでは両者はかなり重なっています。片方の表記だけを見て「自分には無理」「これなら弾ける」と決めてしまうと判断を誤ります。2つを並べて、重なっている帯を自分の現在地の目安にするのが実務的です。
実は、モーツァルト名義で売られている曲がモーツァルト作とは限らない
意外と知られていないのですが、先ほどの表のA(初級)に入っている「バターつきパン[一本指のワルツ]」(No.465)は、現在の研究ではモーツァルトの作品として扱われていません。
この曲はハ長調のワルツで、右手のパートを指1本で弾けることから「一本指のワルツ」とも呼ばれます。19世紀にブラウンシュヴァイクの出版社リトルフから、作者の記載が明確でないまま出版されたのが始まりでした。ケッヘル目録第6版では KV Anh. C 27.09 として「おそらく作者不詳」に分類され、国際モーツァルテウム財団のデータベースで検索すると KV deest(ケッヘル番号なし)が返ります。父レオポルト・モーツァルトの作とする説もあります。
「有名な作曲家の名前で流通してきた曲を、後世の研究がひとつずつ選り分けている」——これがケッヘル目録の付録が担っている仕事です。ケッヘル2024でも、編曲・カデンツァ・習作・偽作の情報が付録として整理されました。名曲を語るときに「本当に本人の作か」という視点を1つ持っておくと、資料の読み方が変わります。
【失敗パターン②】「トルコ行進曲は難易度B(初級上)だから」と、両手で音が読めるようになったばかりの段階で挑戦してしまう。音は取れるのに、テンポを上げると右手の装飾的な音型が崩れる——これがいちばん多い停滞のしかたです。原因は指が回らないことではなく、速いテンポで弾く前提の運指を決めていないことにあります。難易度表記は「譜面の音の難しさ」を示すもので、「その曲らしく聴こえるまでの距離」までは含みません。運指を決め、遅いテンポで通せるようになってから速度を上げてください。
トルコ行進曲ときらきら星変奏曲、有名2曲の中身を開けてみる
この2曲は「モーツァルトのピアノ曲」として突出して知られていますが、実際の構造を知っている人は多くありません。ここを押さえると、練習の設計がまるごと変わります。
トルコ行進曲は独立した曲ではなく、ソナタの第3楽章
まず前提として、トルコ行進曲は単体の曲ではありません。ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331 の第3楽章です。全体は3つの楽章からなり、第1楽章が主題と6つの変奏(Andante grazioso)、第2楽章がメヌエットとトリオ、そして第3楽章がAlla Turca – Allegretto、つまりトルコ行進曲という並びになっています。
| 正式名称・K番号 | ピアノ・ソナタ 第11番(トルコ行進曲付き) イ長調 K.331(K6.300i) |
| 楽章構成 | 第1楽章 主題と6つの変奏(Andante grazioso)/第2楽章 メヌエットとトリオ/第3楽章 トルコ行進曲(Alla Turca – Allegretto) |
| 第3楽章の調・演奏時間 | イ短調―イ長調/3分30秒(ピティナ・ピアノ曲事典) |
| 難易度・級の表記 | 全音ピアノピース No.004「トルコマーチ」=難易度B(初級上)/ピティナ ステップレベル(第3楽章)=発展1・発展2・発展3・展開1・展開2・展開3 |
構造上いちばん大きな特徴は、ソナタ形式の第1楽章を持たないことです。古典派のソナタは通常、第1楽章にソナタ形式を置きますが、K.331は変奏曲で始まり、メヌエットを挟んで、急速な終曲で閉じる「緩-舞-急」の3楽章構成をとっています。第1楽章の主題は8分の6拍子のシチリアーノ風で、第6変奏で4分の4拍子・Allegrettoに切り替わって終わります。
第3楽章がイ短調で始まってイ長調で終わるのも聴きどころです。左手の伴奏がオスマン帝国の軍楽隊の打楽器を模した書法になっており、当時ヨーロッパで流行していたトルコ趣味を色濃く反映しています。曲名の「Alla Turca」は「トルコ風に」という指示語で、行進曲という語は日本語での通称に由来する部分が大きいことも押さえておくとよいでしょう。
2014年、ブダペストで自筆譜4ページが見つかった
K.331は、実は長いあいだ自筆譜がほとんど残っていない曲でした。そのため演奏に使われてきた楽譜は、初期の印刷譜をもとに校訂されたものだったのです。
状況が変わったのが2014年です。ブダペストの国立セーチェーニ図書館で、第1楽章第3変奏の冒頭からメヌエット第10小節までを含む自筆譜4ページが発見されました。これを受けて主要な出版社が、印刷譜ではなく自筆譜に基づく新しい原典版を出し直しています。
実務的に何が変わるかというと、楽譜の出版年を見る意味が生じたということです。同じ曲でも、2014年以降に校訂された版は自筆譜を反映しています。細部のアーティキュレーションや装飾音の解釈に差が出ることがあるので、これから新しく購入するなら発行年の新しい原典版を選ぶのが無難です。手元の古い楽譜が使えなくなるわけではありませんが、演奏に迷ったときの拠りどころとして原典版が1冊あると判断が速くなります。
ちなみに、モーツァルトが実際に弾いていた楽器は現代のピアノとは別物です。当時の鍵盤楽器の構造については、こちらの記事で扱っています。

「きらきら星」の歌詞は、モーツァルトの死後に書かれた
きらきら星変奏曲の正式名称は「フランスの歌 『ああ、お母さん聞いて』による12の変奏曲 ハ長調 K.265」です。主題はフランスの歌『Ah, vous dirai-je, maman』——娘が母に恋心を打ち明ける、という内容の歌でした。
そして重要なのが、英語の童謡『Twinkle, Twinkle, Little Star』の歌詞はモーツァルトの死後に書かれたものだという事実です。つまりモーツァルトは「きらきら星」を知らずにこの曲を書いています。日本で定着している「きらきら星変奏曲」という呼び名は、後から結びついたメロディの通称に由来するわけです。
曲そのものは主題と12の変奏からなり、演奏時間は15分30秒(ピティナ・ピアノ曲事典)。第8変奏でハ短調に転じて重い表情になり、第11変奏でアダージョの間を置いたあと、第12変奏が4分の3拍子で加速して終わります。1785年に出版され、弟子のヨゼファ・バルバラ・アウエルンハンマーに献呈されました。
12の変奏は、そのまま練習の階段として使える
きらきら星変奏曲が全音でD(中級上)に置かれている理由は、曲が長いからではなく、変奏ごとに要求される技術が入れ替わるからです。裏を返すと、この曲は変奏を1つずつ切り出して練習課題にできるという利点があります。
この進め方の根拠は単純で、変奏曲は「主題の記憶」を前提に書かれているからです。主題があいまいなまま第5変奏を練習しても、何がどう変形されているのかが分からず、ただの音符の並びを覚える作業になってしまいます。全曲を通して弾く必要は必ずしもありません。主題と3〜4の変奏だけを選んで組む演奏も一般的です。
鍵盤の外にある名曲——交響曲・協奏曲・オペラ
ピアノを弾く人ほど、鍵盤の外の作品を後回しにしがちです。しかしモーツァルトの場合、交響曲やオペラを知ることが、そのままピアノ曲の理解につながります。彼の書法は「声の書き方」と「オーケストラの色分け」の上に成り立っているからです。
1788年の夏、6週間で3曲の交響曲が書かれた
モーツァルトの交響曲でとくに名高いのが、第39番 変ホ長調 K.543、第40番 ト短調 K.550、第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」の3曲です。これらは「三大交響曲」と呼ばれます。
驚くべきはその日付です。K.543が1788年6月26日、K.550が7月25日、K.551が8月10日に完成しています。約6週間で3曲。しかも誰かからの依頼によるものではなく、モーツァルト自身の意志で書かれたと考えられています。
3曲は性格がはっきり分かれています。K.550は41曲の交響曲のうち短調で書かれた2曲のうちの1つで、いずれもト短調であることから「大ト短調」と呼ばれます。第1楽章はMolto Allegro、2分の2拍子のソナタ形式。第1稿にはクラリネットがなく、第2稿でクラリネット2本が追加されました。同じ曲に2つの稿があるので、演奏を聴き比べると管楽器の色が変わって聞こえます。
ジュピターの終楽章は、フーガと対位法の見本市
K.551「ジュピター」は、1788年8月10日に完成したモーツァルト最後の交響曲です。作曲時32歳。第4楽章Molto Allegroがとくに有名で、ド・レ・ファ・ミという4つの音からなる「ジュピター音型」をフーガ的に展開していきます。
ここで押さえておきたいのが、「ジュピター」という愛称はモーツァルト自身が付けたものではないという点です。ヨハン・ペーター・ザロモンが名付けたとする説と、出版元のヨハン・バプティスト・クラーマーが広めたとする説があり、確定していません。モーツァルトの作品の通称は後世に付いたものが多く、「トルコ行進曲付き」も「きらきら星変奏曲」も同様です。通称は入口としては便利ですが、作曲者の意図とは切り離して考えたほうが正確です。
対位法という観点で聴くと、この終楽章はピアノ学習にも直結します。複数の声部が独立して動きながら和声を作る感覚は、バッハのインヴェンションやフーガで扱うものとまったく同じ。オーケストラで大きく聴いてから鍵盤に戻ると、声部の聴き分けが楽になります。
ピアノ協奏曲第21番の第2楽章に、映画の名前がついている理由
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467は、1785年3月9日に完成し、翌3月10日にウィーンのブルク劇場でモーツァルト自身の独奏によって初演されました。全3楽章で演奏時間は約28分。第1楽章 Allegro maestoso(ハ長調・4分の4拍子)、第2楽章 Andante(ヘ長調・2分の2拍子・三部形式)、第3楽章 Allegro vivace assai(ハ長調・4分の2拍子)という構成です。
この曲には「エルヴィラ・マディガン」という通称があります。1967年のスウェーデン映画『みじかくも美しく燃え』で第2楽章が使われ、主人公の名前がそのまま曲の通称になったという経緯です。作曲から180年以上経ってから付いた名前ということになります。
協奏曲でピアノがオーケストラのどの位置に座るのかについては、こちらの記事で構造から整理しています。

コンサートホールの舞台にずらりと並ぶオーケストラ。その真ん中にグランドピアノが置かれる日と、置かれない日があります。「ピアノもオーケストラの楽器なのでは?」と思…
フィガロの結婚は、序曲だけでも聴く価値がある
歌劇「フィガロの結婚」K.492は、1786年5月1日にウィーンのブルク劇場で初演されました。モーツァルト30歳のときの作品です。台本はロレンツォ・ダ・ポンテ、原作はボーマルシェが1778年に書いた戯曲。序曲と全4幕からなるオペラ・ブッファで、カットなしの上演時間は約2時間50分におよびます。
全曲は長いのですが、序曲だけなら短時間で聴けます。そして序曲は、モーツァルトの「速さと軽さの作り方」がもっとも凝縮された部分です。オペラ本編に触れる時間がなくても、序曲を繰り返し聴くだけで得るものがあります。
有名なアリアとしては、フィガロの「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、ケルビーノの「恋とはどんなものかしら」、伯爵夫人の「愛の神よ救いませ」などが挙げられます。これらは声楽の教材としても定番で、ピアノ伴奏譜が広く出版されているため、伴奏を通じてモーツァルトの書法に触れる道もあります。
最後の1年に何が起きたのか|1791年の魔笛とレクイエム
K番号の末尾に近づくほど、作曲の背景は重くなります。1791年、モーツァルトは35歳で亡くなりました。その年に何が並行して進んでいたのかを知ると、K.620とK.626の聴こえ方が変わります。
1791年、モーツァルトは『魔笛』を9月28日に完成させ、9月30日にヴィーデン劇場で初演。並行してレクイエムを書き進め、12月5日に亡くなりました。『魔笛』の初演から2か月余りしか経っていません。レクイエムはこの年の夏に匿名の依頼を受けて着手したもので、『皇帝ティートの慈悲』とも並行していました。
魔笛は、話し言葉の台詞が入るジングシュピール
歌劇「魔笛」K.620は、モーツァルト最後のオペラです。1791年9月30日、ウィーン郊外フライハウスのヴィーデン劇場で初演されました。台本はエマヌエル・シカネーダーが自身の劇団のために書いたもので、全2幕、上演時間は台詞を含めて約2時間40分です。
この作品を理解する鍵が「ジングシュピール」というジャンルです。歌われる部分とドイツ語の話し言葉の台詞が交互に進む形式で、全編をレチタティーヴォでつなぐイタリア語オペラとは構造が異なります。同じモーツァルトでも、K.492「フィガロの結婚」がイタリア語のオペラ・ブッファ、K.620「魔笛」がドイツ語のジングシュピール。言語もジャンルも別物です。
音楽面で突出しているのが、夜の女王の第2のアリア「復讐の心は地獄のように我が胸に燃え」(第14番)です。コロラトゥーラ・ソプラノの最高音が3点ヘ音(ハイF)に達し、ソプラノの技術的な到達点のひとつとされています。ピアノを弾く人がこのアリアを聴く価値は、モーツァルトが「人間の声の限界」をどう設計したかが分かることにあります。鍵盤なら押せば鳴る音を、声で出させようとするとどうなるか——その差が書法の理解につながります。
レクイエムは、第1曲までしか完成していない
レクイエム ニ短調 K.626は、従来のケッヘル目録における最終番号でした。全体は入祭唱・続唱・奉献唱・サンクトゥス・アニュス・デイ・聖体拝領唱の6部、全14曲からなります。
ここで多くの人が誤解しているのが、完成度です。モーツァルトがオーケストレーションまで自筆で仕上げたのは、冒頭の第1曲だけ。以降は声楽パートと和声の骨格を記したスケッチの状態で残されました。絶筆の位置ははっきりしていて、「ラクリモサ」の第8小節、歌詞では judicandus homo reus までです。
その先を書いたのが弟子のフランツ・クサーヴァー・ジュスマイヤーでした。彼が補筆したものが標準的な演奏版として定着しています。ただし1970年代以降は、ジュスマイヤーの管弦楽法や作曲上の判断を見直す動きがあり、モーンダー版、レヴィン版などの補筆版が作られました。演奏会のプログラムに「○○版」と書かれているのはこのためです。
匿名の使者の正体は、追悼のために依頼した伯爵だった
レクイエムには「見知らぬ使者が訪ねてきて作曲を依頼した」という逸話が付きまといます。これは事実で、1791年夏に匿名の依頼と前金を受け取ったことが記録されています。
依頼主は後にフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵と判明しました。亡くなった妻を追悼するために、匿名の使者を通じて依頼したのです。つまり「死神の使い」といった超自然的な話ではなく、身元を伏せたい事情のある注文だったということになります。
この経緯を知っておくと、レクイエムにまつわる脚色された物語と史実を切り分けられます。モーツァルトの生涯は映画や小説で繰り返し描かれてきたため、出所の確認できない逸話が事実のように流通しています。名曲を語るときは、作品そのものの構造と、確認できる記録の範囲にとどめる——これが結局いちばん面白い読み方でもあります。
まとめ|モーツァルト名曲を、自分の一曲にするために
最初の一歩として提案したいのは、K.545のピアノ・ソナタ第16(15)番の第1楽章だけを、テンポを上げずに最後まで通してみることです。モーツァルト自身が「初心者のための小さなソナタ」と記した曲でありながら、第1楽章の再現部は主調に戻らずヘ長調(下属調)で始まるという、後にシューベルトも使う手法が仕込まれています。展開部ではト短調による動機労作もある。易しい顔をして、中身は本気です。楽譜の再現部にたどり着いたところで「あれ、調が違う」と気づけたら、その日から楽譜の見え方が変わります。演奏時間は第3楽章まで含めて10分00秒(ピティナ・ピアノ曲事典)ですから、第1楽章だけなら通しの負担も小さいはずです。
そして、この記事で挙げた曲名・K番号・作曲年は、いずれも出版社・主催者・研究機関の公式資料を典拠にしています。難易度は全音楽譜出版社の全音ピアノピース公式サイト、曲の基礎データはピティナ・ピアノ曲事典、ケッヘル目録は国際モーツァルテウム財団のKöchel digitalおよび新ケッヘル目録の発表資料で確認できます。作曲年の説や難易度の区分は研究と改訂によって更新されるため、レポートや演奏会のプログラムに書く場合は、これらの公式ページで最新の表記をご確認ください。

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