「シューベルト時代」という言葉を見かけて、それが古典派の話なのかロマン派の話なのか、すっきり説明できずに引っかかった方は多いと思います。教科書ではロマン派の最初のほうに名前が出てくるのに、同じページにベートーヴェンの名前も並んでいる。年表を見ると2人の活動時期はほとんど重なっている。この「重なっているのに分類が違う」状態が、シューベルト時代をわかりにくくしている正体です。
先に結論をお伝えすると、シューベルト時代は古典派からロマン派へ移り変わる継ぎ目です。シューベルトは記譜法や基本的な作曲法を古典派から受け継ぎながら、その器の中に個人の感情や抒情をたっぷり注ぎ込みました。「書き方は古典派、中身はロマン派」と整理すると、分類の揺れにも作品の響きにも筋が通ります。
この記事では、31年の生涯を音楽史の年表に置くところから始め、600曲を超える歌曲がなぜ時代を動かしたのか、同じ時代に誰がいたのか、そしてピアノを弾く人がどの作品から入るとつまずきにくいのかまで、公式の解説や信頼できる資料を根拠に順番に整理していきます。
・シューベルト時代が「古典派とロマン派の橋渡し」と呼ばれる理由
・600曲を超えるドイツ・リートが音楽史で果たした役割
・ベートーヴェン、ウェーバー、ディアベリ、フンメルとの関係
・ピアノで弾くなら即興曲・楽興の時から入るべき理由と楽譜の選び方
シューベルト時代とは?31年の生涯を音楽史の年表に置いてみる

1797年から1828年、わずか31年の生涯が「時代」と呼ばれる理由
シューベルトはオーストリアの作曲家で、1797年1月31日に生まれ、1828年11月19日に亡くなりました。生涯はわずか31年です。それでも「シューベルト時代」とひとまとまりで呼ばれるのは、この短い期間が、音楽の書き方と聴かれ方が大きく入れ替わる分岐点にちょうど重なっているからです。
根拠になるのは残した作品の量と幅です。音楽之友社のWebマガジンの解説によれば、シューベルトは「わずか31年という短い生涯ながら、600曲以上のドイツ・リートをはじめ、交響曲、室内楽、ピアノ曲など、多くの傑作を残しました」とされています。歌曲だけでなく、交響曲・室内楽・ピアノ曲・オペラ・宗教作品と、当時のほぼすべてのジャンルに手を伸ばしていることがわかります。
独学で音楽史を学ぶ人がつまずきやすいのは、「時代」を長い年月の塊だと思い込んでしまう点です。バロックや古典派のように数十年単位の区分を見慣れていると、31年の人生が一つの「時代」として語られることに違和感を覚えます。けれどもここでいう時代は、年数の長さではなく「何が変わったか」を指す言葉です。
見極めのコツは、年表を見るときに「生没年」と「その間に起きた様式の変化」をセットで確認することです。シューベルトの場合、その変化の中心はロマン派の入り口にあたります。次の見出しで、音楽史全体のどこにこの31年が置かれるのかを見ていきましょう。
西洋音楽史の6区分で見ると、古典派とロマン派の継ぎ目にいる
クラシック音楽の歴史は一般に「中世」「ルネサンス」「バロック」「古典派」「ロマン派」「現代」の6つに区分されます。洗足オンラインの時代区分の解説を参考にすると、古典派はおおむね1750〜1820年、ロマン派は1820〜1920年とされ、シューベルトの31年はこの2つの区分の境目にまたがっています。
なぜ境目に立つとわかりにくくなるのかというと、時代区分の年号はあくまで「目安の線」だからです。1820年を境に作曲家が一斉に書き方を変えたわけではありません。古典派の書き方を身につけた世代が、少しずつ新しい表現を試していく。その試行錯誤の真ん中にいたのがシューベルトです。
具体的な場面で言うと、音楽史の本を2冊読み比べて、一方ではシューベルトが古典派の章に、もう一方ではロマン派の章に入っていて混乱する、というケースがよくあります。これはどちらかが間違っているのではなく、「作曲の技法」を重く見るか「表現の中身」を重く見るかで、置き場所が変わるためです。
確認しておきたいのは、時代区分の年号を暗記するよりも「区分の線をまたいで生きた人がいる」と理解しておくことです。そうすれば、どちらの章に書かれていても慌てずに読めます。
ベートーヴェンの後半生とほぼ重なる活動時期
シューベルト時代を理解するうえで欠かせないのが、ベートーヴェン(1770〜1827年)との重なりです。東京藝術大学のアートプラザの解説では、シューベルトは「古典派からロマン派への移行期を生きた作曲家」であり、その活動時期は「ベートーヴェンの活動時期の後半のほぼすべての時期にあたる」と説明されています。そのうえで「一般的にはベートーヴェンは古典派、シューベルトはロマン派に分類されることが多い」とも書かれています。
ここが一番の混乱ポイントです。同じ時期に活動していた2人が、別々の時代に分類されている。理由は、分類の基準が「いつ生きたか」ではなく「どんな音楽を書いたか」にあるからです。ベートーヴェンは古典派の形式を極限まで押し広げた人、シューベルトはその形式の中で抒情を前面に出した人、という整理が一般的です。
学習でありがちな失敗は、「ベートーヴェンの次の世代がシューベルト」と一直線の師弟関係のように覚えてしまうことです。実際には、2人は同じ時期に並んで作品を書いていました。年表上の「前後関係」ではなく「並走関係」として捉えると、作品を聴き比べたときの違いがくっきり見えてきます。
確認のポイントは、2人の没年が1827年と1828年で1年しか違わないことです。この近さを頭に入れておくと、シューベルトを「後の時代の人」と誤解せずに済みます。
| 生没年・国 | 1797年1月31日〜1828年11月19日(31年)/オーストリア |
| 音楽史上の位置 | 初期ロマン派。古典派とロマン派の橋渡し的存在 |
| 主なジャンル | ドイツ・リート(600曲以上)、交響曲、室内楽、ピアノ曲、オペラ、宗教作品 |
| 向いている入り口 | 聴くなら歌曲『野ばら』『魔王』、弾くなら即興曲・楽興の時などの小品 |
なぜ「古典派の書き方でロマン派の中身」と言われるのか
記譜法と作曲法は古典派のルールに沿っている
シューベルトの音楽は、楽譜の書き方と曲の組み立て方という「骨組み」の部分では古典派に属しています。前出の音楽之友社の解説は、シューベルトは一般的にロマン派の枠に入れられるものの「その音楽、人生はウィーン古典派の強い影響下にあり、記譜法、基本的な作曲法も古典派に属しています」と明言しています。
なぜこれが大事かというと、古典派の作曲法は「形式」を土台にしているからです。古典派は合理的な形式と理性的な秩序を重んじ、ソナタ形式のように、主題の提示・展開・再現という設計図に沿って曲を組み立てました。シューベルトの交響曲やソナタ、弦楽四重奏曲も、この設計図の上に建っています。
つまずきやすいのは、「ロマン派の作曲家だから形式は自由」と思い込んで楽譜を読むケースです。シューベルトのソナタを開くと、提示部の反復記号や主題の再現がきちんと書かれていて、「思っていたより古典的だ」と驚く人は少なくありません。この驚きこそが、骨組みが古典派であることの証拠です。
見極めのコツは、曲を聴く前に楽章の構成(何楽章あるか、テンポの並び)をまず確認することです。構成がモーツァルトやベートーヴェンと同じ枠に収まっていれば、それは古典派の骨組みを使っているサインです。
形式と表現の天秤が「表現」側に傾き始めた
骨組みは古典派でも、そこに注がれる中身がロマン派的だというのがシューベルトの特徴です。楽器メーカーの音楽史解説ページでは、ロマン派音楽は「合理的な形式や理性的な秩序を重んじた古典主義に反発する形で生まれ、喜び・哀しみ・苦悩・愛・理想など作曲家個人の感情や感性(=ロマン)を自由に表現することを追求しました」と説明されています。
同じページには、この違いを天秤にたとえた説明もあります。古典主義的なベートーヴェンでは表現と形式が均衡している(形式=表現)のに対し、ロマン主義ではこの均衡が崩れ、表現の側が重くなる(形式<表現)。シューベルトはちょうどこの天秤が傾き始めた地点に立っていると考えると、両方の性格を持つ理由が理屈で理解できます。
具体例で言えば、同じソナタ形式の楽章でも、シューベルトは主題を「展開の材料」としてよりも「歌として味わう旋律」として扱う場面が目立ちます。形式の手続きは守りながら、聴き手の耳は旋律の美しさに引き寄せられる。これが天秤の傾きです。
確認しておきたいのは、この傾きは「形式を捨てた」という意味ではないことです。形式を残したまま表現の比重を上げた、という微妙な位置取りこそがシューベルト時代の核心です。
| 項目 | 古典派 | シューベルト | ロマン派 |
|---|---|---|---|
| 時代の目安 | 1750〜1820年 | 1797〜1828年(過渡期) | 1820〜1920年 |
| 形式と表現 | 形式=表現(均衡) | 古典派の形式に抒情を注ぐ | 形式<表現(表現優先) |
| 感情の扱い | 抑制・理性的な秩序 | 親しみやすい旋律と憂鬱の両面 | 喜び・哀しみ・苦悩・愛を自由に表現 |
親しみやすい旋律と和声の「厚み」が新しさの正体
シューベルトの音楽の特徴として資料でよく挙げられるのが、親しみやすい旋律と豊かな和声法、そして独特の「厚み」です。旋律が歌のように自然に流れ、その下で和音の色合いが移り変わっていく。この組み合わせが、古典派の明快さとは違う手触りを生んでいます。
理由を楽典的に説明すると、旋律が「歌える形」をしているぶん、曲の個性は旋律の上下よりも「その旋律を支える和音がどう変わるか」に表れやすくなります。同じメロディが戻ってきたとき、和音が明るい響きから陰りのある響きへ変わるだけで、聴き手はまったく違う気分を受け取ります。ロマン派の音楽が「色とりどりのパレットのような響き」と表現されるのは、この和声の変化が表現の主役になっていくからです。
独学でありがちなのは、旋律だけを追って和音の変化を聴き流してしまうことです。シューベルトの曲が「きれいだけど単調に聞こえる」と感じたら、原因は曲ではなく聴き方にあることが多いです。左手やバスの動きに意識を向けると、同じ旋律の裏で景色が変わっていることに気づけます。
練習のコツは、旋律を弾かずに伴奏だけを弾いてみることです。和音の移り変わりだけを耳で追うと、シューベルトの「厚み」がどこから来ているのかが体感として理解できます。
ロマン(ロマン派の「ロマン」)=喜び・哀しみ・苦悩・愛・理想など、作曲家個人の感情や感性のこと。ロマン派は、古典派が重んじた合理的な形式や理性的な秩序に反発し、この「ロマン」を自由に表現することを追求した。
ソナタ形式=主題を示し(提示部)、発展させ(展開部)、もう一度示す(再現部)という古典派の代表的な楽章の組み立て方。
600曲を超える歌曲はなぜ音楽史を動かしたのか

ドイツ・リートの様式を確立したのはシューベルトの歌曲
シューベルト時代を語るとき、歌曲(ドイツ・リート)は避けて通れません。ドイツ・リートとは、ドイツ語の詩にピアノ伴奏をつけた独唱の芸術歌曲のことで、19世紀初頭に隆盛しました。ドイツ・リートの解説ページでは、「シューベルトの歌曲において、初めてドイツ・リートの様式的な確立が行われたと考えられて」いると説明されています。
なぜ一人の作曲家がジャンルの確立者とされるのかというと、作品数と質の両方が突出しているからです。同じ解説によれば、シューベルトは生涯に600曲余りのリートを作曲しています。31年の生涯でこの数に達するということは、歌曲が片手間の仕事ではなく、創作の中心にあったことを意味します。
意外な点として、シューベルトは当時、主に歌曲の作曲家や舞曲の作曲家として認識されていたとされます。今日の私たちが交響曲や室内楽の作曲家としても重く見ているのとは、評価の重心が違っていたわけです。
確認しておきたいのは、「歌曲の作曲家」というのは格下の意味ではないことです。詩と音楽を結びつける新しい様式を確立したこと自体が、ロマン派への扉を開いた仕事でした。
ドイツ・リート=ドイツの芸術歌曲。ピアノ伴奏つきの独唱曲で、19世紀初頭にシューベルトやシューマンらによって隆盛した。特色は「詩と音楽が真に一体となることで、まったく新しい世界が生み出される」点にある。
歌曲集=複数の歌曲を一つのまとまりとして配列したもの。『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』『白鳥の歌』がシューベルトの三大歌曲集と呼ばれる。
ゲーテ、シラー、ハイネ、ミュラー——詩人の言葉が曲の骨格になる
シューベルトの歌曲を理解する鍵は、どんな詩に曲をつけたかにあります。前出の解説では、シューベルトは「ゲーテ、シラー、ハイネ、ミュラーといったドイツの詩人の詩に多くの名作を残して」いると紹介されています。同時代のドイツ語圏を代表する詩人たちの言葉が、そのまま曲の骨格になっているのです。
リートの特色が「詩と音楽が真に一体となる」ところにあるとされるのは、旋律の抑揚や和音の変化が、詩の意味や感情の起伏に沿って組み立てられているからです。歌詞の内容が明るい場面から暗い場面へ移ると、伴奏の和音も同じ方向に動く。器楽曲で言う「形式」の代わりに、「詩の流れ」が曲の設計図の役割を果たしています。
聴き手がつまずくパターンとして多いのは、ドイツ語がわからないからと歌詞を読まずに聴き流してしまうことです。リートは詩と一体の音楽なので、歌詞の内容を知らないまま聴くと、なぜここで和音が変わるのかがつかめません。対訳を手元に置いて聴くだけで、印象は大きく変わります。
見極めのコツは、一曲聴くごとに「詩の中で何が起きたか」と「音楽のどこが変わったか」を一つずつ対応させてみることです。それができれば、リートを「歌の伴奏つき」ではなく「詩の音楽化」として聴けるようになります。
三大歌曲集と『魔王』『野ばら』から聴き始める順番
シューベルトの歌曲から入るなら、まず単独の有名曲、次に歌曲集という順番がおすすめです。代表的な歌曲としては『魔王』『野ばら』『ミニョンの歌』『月に寄せて』が挙げられ、歌曲集では『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』『白鳥の歌』が三大歌曲集と呼ばれます。
この順番をすすめる理由は、曲の長さと構造にあります。単独の歌曲は一つの詩で完結しているため、詩と音楽の対応を一曲の中で確かめやすい。一方の歌曲集は、複数の曲が一つの物語や気分の流れを作るように並んでいて、全体を通して聴かないと本当の姿が見えません。いきなり歌曲集から入ると、長さに圧倒されて途中で集中が切れやすくなります。
具体的には、『野ばら』のように短く親しみやすい旋律の曲と、『魔王』のように緊迫した伴奏が物語を引っぱる曲を聴き比べると、同じ作曲家の中にある振れ幅がよくわかります。『魔王』の構造については別記事で詳しく解剖しています。

中学1年の音楽の授業で「魔王」を聴いたとき、ドイツ語の意味はわからないのに、なぜか背筋がひやりとした——そんな記憶を持っている方は多いはずです。あの曲は、歌詞が…
確認のポイントは、歌曲集に進んだら曲順どおりに聴くことです。『冬の旅』は、作曲者の憂鬱と絶望の傾向が鮮明に表れた作品として紹介されることが多く、並び順そのものに意味があります。
ピアノ伴奏は「伴奏」ではなく、もう一人の語り手
ピアノを弾く人にとって、シューベルトの歌曲で一番注目してほしいのはピアノパートです。ドイツ・リートは「ピアノ伴奏つきの独唱曲」と定義されますが、シューベルトの歌曲では、ピアノは歌を支えるだけの脇役ではなく、情景や心理を描くもう一人の語り手として振る舞います。
理由は、詩と音楽を一体にするというリートの原則にあります。歌手が言葉で語れるのは詩の表面までですが、詩の背景にある風景や登場人物の心の揺れは、ピアノの音型や和声が受け持ちます。だからこそ、ピアノパートが単純なリズムの刻みで終わらず、曲ごとに独自の動きを持っているのです。
ピアノ学習者がやりがちな失敗は、歌曲のピアノパートを「右手でメロディを弾かないぶん簡単な楽譜」と見なしてしまうことです。実際には、歌の旋律と自分の音型がどう絡むかを理解していないと、音は並んでも音楽になりません。
練習のコツは、ピアノパートを弾く前に歌の旋律を口ずさんで覚えておくことです。自分が弾く音型が歌のどの言葉と重なるのかがわかると、強弱やタイミングの判断に迷わなくなります。
同じ時代に誰がいた?ベートーヴェン・ウェーバー・ディアベリ・フンメルとの距離
ベートーヴェン:同時期を生きながら「古典派」に分類される理由
シューベルト時代の同時代人として最も重要なのがベートーヴェン(1770〜1827年)です。ベートーヴェンは古典派の最後の巨匠とされ、形式に対して攻撃的な態度を取りながらも、古典派の枠内にとどまった作曲家と位置づけられます。同じ時期に活動しながら、シューベルトとは分類が分かれるのはこのためです。
理屈で整理すると、2人は「形式との付き合い方」が違います。ベートーヴェンは形式を内側から押し広げ、展開を徹底することで巨大な構築物を作りました。先ほどの天秤で言えば、形式と表現の釣り合いを保ったまま、両方の皿を重くしていったイメージです。一方のシューベルトは、形式の皿はそのままに、表現の皿を重くしていきました。
聴き比べでありがちな失敗は、「ベートーヴェンは力強い、シューベルトは優しい」という印象だけで違いを片づけてしまうことです。シューベルトにも暗く重い作品は多くあり、印象論だけでは区別できません。見るべきは「主題をどう扱っているか」です。主題を細かく分解して展開していくならベートーヴェン寄り、主題を歌として繰り返し味わわせるならシューベルト寄り、という目安で聴くと違いがはっきりします。
ベートーヴェンのソナタの難易度と構造は、別記事で32曲まとめて整理しています。

ウェーバー:1822年、『魔弾の射手』のウィーン上演で知り合った
ロマン派オペラの開祖とされるカール・マリア・フォン・ウェーバーも、シューベルト時代を形づくった一人です。シューベルトはウェーバーとも生前に親交があり、1822年のウィーンでの『魔弾の射手』上演の際に知り合ったとされています。
この出会いが示しているのは、ロマン派の芽がオペラと歌曲という別々の場所で同時に育っていたことです。ウェーバーは劇場で、シューベルトは歌曲で、それぞれ物語や感情を音楽で描く方法を探っていました。ロマン派が一人の天才によって始まったのではなく、同じ空気を吸った複数の作曲家から立ち上がったことがわかります。
学習者が見落としやすいのは、シューベルトもオペラを書いていたという点です。代表作として歌曲や交響曲ばかりが紹介されるため、舞台作品への取り組みは印象に残りにくいのですが、ジャンルの幅という意味ではウェーバーと関心が重なっていました。
確認しておきたいのは、同時代人との関係を「師弟」や「ライバル」の図式に当てはめすぎないことです。資料で確認できるのは「上演の際に知り合った」という事実までで、それ以上の交流の中身を想像で補わないのが、音楽史を正しく読むコツです。
ディアベリの変奏曲公募と、約50名の作曲家のひとりとして
当時の作曲家たちの横のつながりをよく表しているのが、アントン・ディアベリの企画です。ディアベリは1819年に、当時のオーストリアの作曲家に自分の考えた主題による変奏曲の作曲を公募し、約50名からの作品が集まりました。シューベルトもこの企画にピアノ変奏曲(D.718)を提出しています。
この出来事が興味深いのは、同じ一つの主題に対して、約50名がそれぞれの変奏を書いたという点です。言い換えれば、当時の作曲家たちが同じ土俵で腕を見せ合った記録であり、シューベルトがその中の一人として名を連ねていたことは、当時の作曲家社会の中に彼が確かに位置していたことを示しています。
ここで出てくる「D.718」という番号の読み方でつまずく人は多いです。シューベルトの作品は、作曲家自身がつけた作品番号(Op.)だけでは全体を追えないため、研究者によって整理された目録番号のDで呼ばれることが一般的です。Dはこの目録を作った研究者ドイチュの頭文字です。
確認のポイントは、楽譜や録音を探すときはOp.とDの両方を控えておくことです。同じ曲でも表記の仕方が資料によって違うため、どちらか一方だけで検索すると見つからないことがあります。
フンメルと家庭音楽会:『ます』が生まれた空気
ヨハン・ネポムク・フンメルもシューベルト時代を語るうえで名前が挙がる作曲家です。フンメルはピアノ五重奏曲を作曲しており、シューベルトのピアノ五重奏曲『ます』と作曲時期が比較的近く、どちらも家庭音楽会で好んで演奏されたとされています。
この「家庭音楽会」という場が、シューベルト時代の音楽を理解する鍵になります。大きなホールで大勢に聴かせる音楽ではなく、身近な人たちが集まって一緒に演奏したり聴いたりする音楽。歌曲やピアノ小品、室内楽が数多く書かれた背景には、こうした親密な演奏の場の広がりがありました。
具体的に言えば、『ます』の親しみやすさは、演奏する人と聴く人の距離が近い場を前提にしていると考えると納得がいきます。シューベルトが多くのピアノ・デュエット作品(連弾曲)を残していることも、一台のピアノを二人で囲む家庭の風景と結びつけると理解しやすくなります。

連弾の楽譜を開いてみたものの、「自分はどちら側に座るのか」「ペダルは誰が踏むのか」で最初につまずく人は少なくありません。ソロのピアノなら座る位置もペダルも考える…
確認しておきたいのは、シューベルトの音楽の多くが「親しい人と共有する音楽」として書かれた面を持つことです。これを知っておくと、派手さより会話のような自然さを大切にする演奏の方向性が見えてきます。
『未完成』から『死と乙女』まで、明るさと暗さはどこで分かれるのか
親しみの系譜:『ます』と八重奏曲
シューベルトの作品には、はっきりと二つの顔があります。一つは親しみやすく、聴き手をくつろがせる顔です。音楽之友社の解説は、ピアノ五重奏曲『ます』や八重奏曲などの室内楽曲には「魅力と親しみに満ちた作品」があると紹介しています。
この親しみやすさの理由は、前の見出しで触れた「歌える旋律」と「家庭音楽会という場」の両方にあります。旋律が歌として自然に流れ、演奏者同士が会話するように受け渡していく。聴き手は構造を理解していなくても、旋律の心地よさだけで音楽の中に入っていけます。
聴き始めの人がつまずくのは、こうした作品を「軽い曲」と誤解して、深みを感じないまま通り過ぎてしまうことです。親しみやすさは内容の浅さではなく、聴き手を迎え入れる設計の結果です。旋律が戻ってくるたびに伴奏の和音や楽器の組み合わせが少しずつ変わっていることに気づくと、同じ曲が何倍も豊かに聞こえます。
確認のポイントは、親しみの系譜の作品から入って、その後に暗い系譜の作品へ進むことです。同じ作曲家の旋律の書き方を先に耳に入れておくと、暗い作品で同じ手法がどう使われているかがわかりやすくなります。
憂鬱の系譜:『冬の旅』、イ短調ソナタ、『死と乙女』
もう一つの顔は、憂鬱と絶望を正面から描く顔です。同じ解説は、イ短調ソナタ、『冬の旅』歌曲集、弦楽四重奏曲『死と乙女』には「作曲者の憂鬱と絶望の傾向が鮮明に表れています」と述べています。ピアノ曲・歌曲・室内楽という異なるジャンルに、同じ暗さが通っているのが特徴です。
この暗さがロマン派的だと言えるのは、ロマン派が喜びだけでなく哀しみや苦悩も含めた個人の感情を自由に表現しようとしたからです。古典派の作品にも短調の曲はありますが、感情表現は理性的に抑制される傾向がありました。シューベルトの憂鬱の系譜では、その抑制が外れ、作曲者自身の内面が色濃く表に出てきます。
ここでよくある失敗は、伝記的なエピソードで曲の暗さを説明しようとすることです。作曲者の人生と作品を結びつける話は興味を引きますが、出所の確かでない逸話に頼ると理解がぶれます。音楽の中で何が起きているか——短調の使い方、和声の陰り、旋律の沈み方——を先に聴き取るほうが確かです。
見極めのコツは、同じジャンル内で明と暗を聴き比べることです。室内楽なら『ます』と『死と乙女』、というように並べると、同じ作曲家の中の振れ幅が一番よくわかります。
『死と乙女』は歌曲を器楽に持ち込んだ実例
弦楽四重奏曲『死と乙女』(ニ短調 D.810)は、シューベルト時代の特徴が一曲に凝縮された作品です。第2楽章がシューベルト自身の歌曲『死と乙女』に基づいていることから、この愛称で呼ばれています。
この曲が面白いのは、歌曲の作曲家としてのシューベルトと、古典派の形式を受け継いだ器楽作曲家としてのシューベルトが、一つの作品の中で出会っている点です。弦楽四重奏という古典派が完成させた編成に、自分の歌曲の旋律を持ち込む。まさに「古典派の器にロマン派の中身」を地で行く構成です。
曲はすべての楽章が短調で書かれ、シューベルト特有のほの暗い詩情と美しい旋律に満ちていると紹介されています。第1楽章はシューベルトの室内楽の中でも規模が大きく重要な作例の一つとされ、第4楽章はプレスト(きわめて速く)で、迫力のある主題が全曲を締めくくります。
聴き方のコツは、先に歌曲『死と乙女』を聴いてから四重奏曲の第2楽章に進むことです。歌詞のついた原曲を知っていると、器楽版で旋律が変奏されていくときに「言葉のない歌」として聴けるようになります。
交響曲は番号より愛称で探すと迷わない
シューベルトの交響曲で有名なのは、ロ短調の『未完成』とハ長調の『グレイト』です。ただし、この2曲は資料によって番号の振り方が異なり、同じ曲が別の番号で紹介されていることがあります。
こうした食い違いが起きるのは、作品の整理が作曲者の死後に研究者の手で進められ、その過程で番号の付け方が見直されてきたためです。前の見出しで触れたD番号(ドイチュ目録)のように、シューベルトの作品は後世の整理によって呼び名が定まってきた経緯があります。
ここでつまずきやすいのは、ある資料で覚えた番号で録音や楽譜を探し、別の曲が出てきて混乱するケースです。交響曲の番号だけを頼りにすると、調べるたびに情報が合わない状態になります。
対策はシンプルで、交響曲は「愛称+調」で覚えることです。『未完成』ならロ短調、『グレイト』ならハ長調。この組み合わせなら資料による番号のずれに左右されず、確実に目的の曲にたどり着けます。
シューベルトの作品は「親しみの系譜(『ます』・八重奏曲)」と「憂鬱の系譜(『冬の旅』・イ短調ソナタ・『死と乙女』)」の二つに分けて聴くと整理しやすくなります。同じジャンル内で明と暗を聴き比べるのが近道です。交響曲は資料で番号が異なるため、『未完成』(ロ短調)、『グレイト』(ハ長調)のように愛称と調で探しましょう。
ピアノで触れるなら即興曲と楽興の時から?ソナタとの距離
小品17曲は作品番号とD番号を並べると全体が見える
ピアノでシューベルトに触れたいなら、入り口は小品です。即興曲や楽興の時などのピアノ小品は、初心者向けとしてすすめられることが多く、ソナタに比べて一曲が短く、構造もつかみやすいからです。
主な小品を作品番号とD番号で整理すると、下の表のようになります。即興曲が2組で計8曲、楽興の時が6曲、3つのピアノ曲が3曲で、合計17曲。音楽之友社から出ている『シューベルト:即興曲・楽興の時』もこの17曲を収録した曲集です。まずはこの17曲を「シューベルトのピアノ小品の地図」として頭に入れておくと、楽譜選びで迷いません。
| 曲集 | 作品番号 | D番号 | 曲数 |
|---|---|---|---|
| 即興曲 | Op.90 | D.899 | 4曲 |
| 即興曲 | Op.142 | D.935 | 4曲 |
| 楽興の時 | Op.94 | D.780 | 6曲 |
| 3つのピアノ曲 | — | D.946 | 3曲 |
出典:音楽之友社のシューベルト解説記事および同社曲集の収録内容をもとに編集部で整理
つまずきやすいのは、「即興曲」という名前から、その場で自由に弾く曲だと思い込むことです。楽譜はきちんと書き込まれていて、即興で崩すための余白が用意されているわけではありません。名前の印象ではなく、楽譜に書かれた指示を読むことから始めましょう。
ソナタは20曲以上、晩年のD958〜D960が大きな山
小品の先に控えているのがピアノソナタです。シューベルトは20以上のピアノソナタを残しており、中でも晩年のD958・D959・D960の3曲は大作として知られています。D960は1828年に作曲された、生涯最後のピアノソナタです。
実は、シューベルトのピアノ作品への本格的な注目は、作曲者の死後になってから高まったとされています。生前は主に歌曲や舞曲の作曲家として知られていたシューベルトが、今日のようにピアノ曲の作曲家としても重く見られるようになったのは後世の評価によるもの、という点は意外と知られていません。いまコンサートで晩年のソナタが頻繁に取り上げられる状況は、生前の評価とはまったく違う景色なのです。
ソナタが小品より難しい理由は、長さと構造にあります。古典派のソナタ形式に沿った大きな楽章を、歌うような旋律を保ったまま弾き通す必要があり、技術的な難しさ以上に「長い時間、音楽の流れを保つ力」が求められます。シューベルトのピアノソナタそのものは初心者向けではない、というのが一般的な見方です。
確認のポイントは、ソナタに進む前に小品で「旋律を歌わせながら伴奏の和音の変化を聴く」感覚を身につけておくことです。この感覚がないままソナタに入ると、長さに耐えられず音楽が途中でばらばらになりがちです。
失敗パターン①:いきなり晩年のソナタから始めて挫折する
大人になってピアノを再開した人に多いのが、録音で聴いて心を動かされた晩年のソナタ、特にD960から弾き始めてしまうパターンです。冒頭の静かな旋律は一見ゆっくりで弾けそうに見えるため、手をつけやすいと感じてしまいます。
挫折の原因は、テンポの遅さと難易度を取り違えていることにあります。ゆっくりの曲ほど、一音一音の音色や和音のバランス、旋律の歌わせ方がそのまま聴こえてしまうため、ごまかしがききません。さらに楽章が長いため、冒頭が弾けても展開部に入ったところで譜読みの負担が一気に増え、進まなくなります。
対策は、同じ「歌う旋律と和声の変化」を短い曲で練習することです。即興曲や楽興の時には、ソナタと共通する書き方が短い時間に凝縮されています。小品で一曲を最後まで仕上げる経験を積んでから、ソナタの一つの楽章だけに取り組む、という段階の踏み方がつまずきにくい方法です。
「遅い曲=やさしい曲」ではありません。シューベルトの晩年のソナタは、冒頭がゆっくりでも楽章が長く、旋律を歌わせながら和音のバランスを保つ力が求められます。憧れの曲がある場合も、まず即興曲・楽興の時の中から一曲を最後まで仕上げ、その後にソナタの1楽章だけに挑戦する順番がおすすめです。
楽譜は原典版と実用版のどちらを選ぶか
シューベルトの楽譜を買うときに迷うのが版の違いです。資料では、音楽之友社のウィーン原典版(スコダ編)や全音楽譜出版社の版が挙げられています。原典版は作曲者の書いた内容にできるだけ忠実であることを重視した楽譜、実用版は指使いや解説など学習者向けの情報が充実した楽譜、と考えると選びやすくなります。
なぜ版の違いが重要かというと、シューベルトは作品の多くが死後に出版・整理されたため、版によって記号や細部の扱いが異なることがあるからです。前の見出しで見たように、作品番号や交響曲の番号でも資料による違いが出る作曲家なので、楽譜でも「どの版か」を意識しておく価値があります。
独学でありがちな失敗は、版を気にせず手元の楽譜と録音を比べ、「録音と楽譜が違う」と混乱することです。多くの場合は演奏者の解釈か、版の違いのどちらかが原因です。
選び方の目安は、独学で指使いに迷いやすいなら実用版、先生について学んでいたり、作曲者の書いた内容を確かめたいなら原典版です。楽譜は出版社の公式サイトや正規の楽譜販売サービスで、収録曲と版を確認してから購入しましょう。
シューベルト時代の音楽でつまずく3つのポイントと読者別の入り口
失敗パターン②:「ロマン派=自由に崩して弾く」と思い込む
シューベルトがロマン派に分類されると聞いて、テンポを大きく揺らしたり、楽譜にない強弱をつけたりして「ロマン派らしく」弾こうとする人がいます。ところが、この弾き方をすると、シューベルトの音楽はかえって落ち着きを失い、平板に聞こえてしまいます。
原因は、シューベルトの記譜法と基本的な作曲法が古典派に属しているという事実を見落としていることです。骨組みが古典派である以上、拍の流れやフレーズの区切りといった土台は、古典派の作品と同じように安定させておく必要があります。その安定した土台があってはじめて、旋律の歌い方や和声の陰りといった「ロマン派的な中身」が聴き手に伝わります。
具体的な場面で言えば、旋律が美しいところでテンポを落としすぎて、次のフレーズとのつながりが切れてしまうケースです。一つひとつの場面は情感たっぷりでも、曲全体の形が崩れ、何を聴いたのか印象に残りません。
対策は、まずメトロノームで拍を安定させて弾けるようにし、そのうえで和声が変わる箇所だけ音色やわずかな間で変化をつけることです。「形は古典派、色づけはロマン派」という順番を守ると、シューベルトらしい響きに近づけます。
歌曲を知らずにピアノ曲を弾くと旋律が歌わない
シューベルトのピアノ曲で「音は合っているのに歌にならない」と感じたら、原因は多くの場合、歌曲を聴いた経験の不足にあります。600曲を超えるリートを書いた作曲家のピアノ曲は、旋律の多くが「歌われること」を前提にした形をしています。
理屈で言えば、歌には息継ぎがあり、言葉の抑揚があります。シューベルトの旋律も、息を吸う場所や言葉が強調される場所を想像すると、フレーズの山と区切りが自然に見えてきます。反対に、鍵盤を順番に押すだけの意識で弾くと、息継ぎのない一本調子の線になってしまいます。
ありがちなのは、指の動きばかりに集中して、旋律を一度も声に出して歌わないまま練習を重ねるパターンです。これでは、どこで息を吸うかを指が知らないまま弾くことになります。
練習のコツは、弾く前に旋律を声に出して歌い、息を吸いたくなった場所に鉛筆で小さな印をつけることです。さらに、同じ時期の歌曲、たとえば『野ばら』や『冬の旅』の一曲を聴いてから練習に入ると、「シューベルトの歌い方」の感覚が耳に残り、ピアノの旋律も自然に呼吸し始めます。
読者タイプ別:シューベルト時代への入り口
シューベルト時代へのおすすめの入り口は、読者の目的によって変わります。自分がどのタイプに近いかで、最初の一曲を選んでみてください。
大人になってピアノを再開した人は、即興曲や楽興の時から一曲を選ぶのが近道です。短い曲の中にシューベルトの書き方が凝縮されていて、一曲を仕上げる達成感も得やすいからです。ソナタへの憧れがある人も、小品で旋律を歌わせる感覚を身につけてから進むと挫折しにくくなります。
聴いて楽しみたい人は、歌曲の『野ばら』『魔王』で詩と音楽の結びつきを体験し、次に室内楽の『ます』と『死と乙女』を聴き比べる順番がおすすめです。明と暗の二つの顔を知ると、交響曲の『未完成』『グレイト』もより立体的に聞こえます。
音楽史を学びたい人は、ベートーヴェンの作品と並べて聴くことをおすすめします。同じ時期に活動した2人が別の時代に分類される理由を、耳で確かめられるからです。
子どもにピアノを習わせている保護者は、シューベルトが多くの連弾曲を残していることに注目すると、親子で一台のピアノを囲む楽しみ方も見えてきます。
シューベルトを「ロマン派だから自由に」と崩して弾くと、古典派ゆずりの骨組みが崩れて平板に聞こえます。まず拍とフレーズの区切りを安定させ、和声が変わる場所だけ音色で変化をつけるのが基本です。また、歌曲を一度も聴かずにピアノ曲の旋律を弾くと、息継ぎのない一本調子になりがちです。
まとめ:古典派の器にロマン派の心を注いだ31年
シューベルト時代は、一人の作曲家の短い生涯の中で、音楽の重心が「形式」から「表現」へ動き始めた瞬間を記録しています。同じ時期に活動したベートーヴェンが古典派、シューベルトがロマン派に分類されるのも、生きた年ではなく音楽の性格で時代を分けているからでした。600曲を超える歌曲で詩と音楽を一体にし、そのやり方を室内楽やピアノ曲にも持ち込んだことが、ロマン派への扉を開きました。
最初の一歩としては、歌曲『野ばら』を一度聴いてから、即興曲 Op.90(D.899)の中から気になる一曲の旋律を口ずさんでみてください。歌と鍵盤の両方からシューベルトの呼吸をつかむことが、この時代の音楽を自分のものにする一番確かな入り口です。
※作品番号・時代区分の年号・交響曲の番号は資料によって表記が異なる場合があります。最新情報は各出版社・公式サイトでご確認ください。

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