「ショパンのワルツを弾きたい、聴きたい。でも全部で何曲あって、どれが名曲と呼ばれているのかがわからない」。子犬のワルツや別れのワルツという愛称は知っていても、作品番号や難易度の違いまで整理できている人は多くありません。ワルツという同じジャンル名でくくられているのに、中級で取り組める曲と、最難関と評価される曲が同じ曲集に並んでいるのも混乱のもとです。
結論から言うと、ショパンのワルツは遺作を含めて全19曲あります。そのうち、華麗なる大円舞曲Op.18、第2番Op.34-1、大円舞曲Op.42、子犬のワルツOp.64-1、嬰ハ短調のOp.64-2、別れのワルツOp.69-1の6曲を押さえると、ショパンのワルツ全体の性格と難易度の幅がひと通り見渡せます。難易度の差を生んでいるのは「音の速さ」よりも、曲がいくつの部分でできているかという形式の長さと、左手の伴奏の跳躍です。
この記事では、6曲を作曲年・調・難易度評価で並べたうえで、なぜ同じワルツなのに中級と最難関に分かれるのかを、形式と楽譜の構造から説明します。後半では、楽譜の版の選び方とワルツ特有のペダルの考え方もまとめました。
・ショパンのワルツ全19曲の全体像と、生前出版作と遺作の境目
・名曲6曲の調・作曲年・難易度評価を1枚の表で比較
・子犬のワルツが中級、大円舞曲が最難関と評価される構造上の理由
・全音標準版・エキエル版・ヘンレ社の違いと、ワルツのペダルの考え方
ショパン ワルツ 名曲はどれ?全19曲の地図と「コンサート・ワルツ」という正体

全19曲は1829年〜1847年の作品、生前出版と遺作に分かれる
ショパンのワルツは、遺作を含めて全19曲です。作品番号でいうとOp.18、Op.34-1・2・3、Op.42、Op.64-1・2・3、Op.69-1・2、Op.70-1・2・3、そして作品番号のない遺作(Op.posth.)に分かれ、作曲年代は1829年から1847年にまたがります。
この19曲を理解するうえで最初に押さえたいのが、「ショパンが生きているうちに出版した曲」と「亡くなった後に出版された曲」の境目です。生前に出版されたワルツは、最初のOp.18から最後のOp.64まで。Op.69やOp.70は、1853年以降にショパンの友人ユリアン・フォンタナが遺された原稿を編集して世に出したものです。
ここでよくある混乱が、「第○番」という通し番号と作曲年が一致しないことです。たとえば別れのワルツは「第9番」なのに、作曲は1835年9月。一方で「第5番」の大円舞曲Op.42は1840年の作曲です。番号の若い曲のほうが後に書かれている、という逆転が起きているわけです。これは通し番号が出版の順序に沿って振られており、遺作が後ろにまとめて並んでいるためです。
曲を調べるときは、「第○番」だけで検索せず、作品番号(Op.)を必ずセットで確認しましょう。楽譜を買うときも、演奏動画を探すときも、作品番号で照合すれば取り違えを防げます。
踊るためのワルツではない——ウィーン・ワルツとの違い
ショパンのワルツは、舞踏会で実際に踊るための音楽ではなく、演奏会で聴かせるための「コンサート・ワルツ」です。19世紀のウィーンで流行したワルツとは異なり、音楽的な深さと高度な技巧を備えている点が特徴とされています。
理由は、曲の設計にあります。踊るためのワルツは、踊り手がステップを踏み続けられるよう、テンポが一定で、拍の位置がはっきりしていることが何より大切です。ところがショパンのワルツは、同じ曲の中で性格の違う主題が次々に現れ、テンポの揺らぎや表情の変化が前提になっています。拍子は4分の3拍子のまま、中身は「聴かせる作品」に作り替えられているのです。
ただし19曲すべてが同じ方向を向いているわけではありません。第1番の華麗なる大円舞曲Op.18は、ワルツの中で最も規模が大きく、舞踏会用として実用性が高い作品とされています。一方で第5番のOp.42は、実用的な舞踏曲ではなく、コンサート・ピースとしての地位を確立した作品と位置づけられています。同じ「大円舞曲」という呼び名でも、踊りに近い曲と、純粋に聴かせる曲の両方があるわけです。
ワルツを弾くときに「3拍を均等に数える」だけでは、どこか機械的に聞こえてしまいます。3拍子の中でどの拍に重みが乗るのかを理解しておくと、ショパンのワルツの揺れ方がつかみやすくなります。

三部形式を知ると、どこが聴きどころかがわかる
ショパンのワルツの多くは、三部形式(ワルツ形式)で書かれています。最初の主題(A)が示され、性格の違う中間部(B)をはさんで、再び最初の主題(A)に戻るという「A-B-A」の設計です。
この形式が大事なのは、聴き手に「戻ってきた」という安心感を与えるからです。中間部で調や雰囲気が変わるほど、最初の主題に戻ったときの印象が強まります。たとえば第2番Op.34-1は、主部が変イ長調、中間部が変ニ長調で書かれています。調が変わることで響きの色合いが変わり、再び変イ長調に戻る瞬間がひとつの聴きどころになります。
規模の大きい曲は、この三部形式を何重にも組み合わせた「複合三部形式」になっています。第1番Op.18は、序奏のあとに5つのワルツが続き、最後にコーダで閉じる構成です。聴くときは「いま何番目のワルツにいるのか」を意識すると、長い曲でも迷子になりません。例外もあり、別れのワルツOp.69-1はロンド形式で書かれています。
弾く人にとっては、形式がそのまま練習の単位になります。A・B・Aそれぞれの切れ目を楽譜に書き込んでおくと、「どこから練習を再開するか」が明確になり、通し練習ばかりで後半が崩れるという失敗を防げます。
Op.(オーパス)=作品番号。「Op.64-1」はOp.64というセットの1曲目を指す。
遺作(Op.posth.)=作曲者の死後に出版された作品。
三部形式=A-B-Aの3つの部分でできた形式。
複合三部形式=三部形式をさらに大きな単位で組み合わせた形式。
ロンド形式=主題(A)が別の部分をはさみながら何度も戻ってくる形式。
コーダ=曲の最後に置かれる締めくくりの部分。
ショパン ワルツ 名曲6曲を一覧で比べる——調・作曲年・難易度評価の読み方
6曲を1枚に並べると、3曲が変イ長調という共通点が見える
名曲とされる6曲を、調・作曲年・難易度評価で並べたのが下の表です。並べてみると、第2番Op.34-1、第5番Op.42、第9番Op.69-1の3曲がすべて変イ長調で書かれていることがわかります。
| 曲名 | 調 | 作曲年 | 難易度評価 |
|---|---|---|---|
| 第1番 Op.18 華麗なる大円舞曲 | 変ホ長調 | 1833年 | 8(最難関) |
| 第2番 Op.34-1 | 変イ長調 | 1835年 | 7(上級) |
| 第5番 Op.42 大円舞曲 | 変イ長調 | 1840年 | 8(最難関) |
| 第6番 Op.64-1 子犬のワルツ | 変ニ長調 | 1846年~1847年 | 5(中級)※6とする資料もある |
| 第7番 Op.64-2 | 嬰ハ短調 | 1846年~1847年 | 5(中級) |
| 第9番 Op.69-1 別れのワルツ | 変イ長調 | 1835年9月 | 6(中上級) |
※難易度評価はショパンのワルツ難易度評価(chopin-shopping)、ukiukipiano-scoreの星の数による。出版社の公式級表記ではありません。
同じ変イ長調でも、Op.34-1は華やかなウィンナ・ワルツ風、Op.42はコンサート・ピースとしての大作、Op.69-1は哀感のある小品と、性格は三者三様です。調が同じでも、曲の長さ・形式・書法で難易度も印象も変わる、という点がこの表から読み取れます。
曲を選ぶときは、調や愛称の印象だけで決めず、この表の「作曲年」と「難易度評価」の2列を必ず確認しておきましょう。
難易度の星は出版社の級とは別の物差し
表の難易度評価は、ショパンの楽曲を扱う楽譜情報サイトが付けている星の数です。出版社が公式に定めた級やグレードではありません。ここを混同すると、曲選びで思わぬ失敗につながります。
難易度評価が資料によって割れるのは、何を「難しさ」と数えるかが評価者ごとに違うからです。指の速さを重く見るのか、曲の長さと構成の把握を重く見るのか、表現の深さを重く見るのか。物差しが違えば順位も入れ替わります。実際、子犬のワルツは5(中級)とする資料と6とする資料があり、評価は一つに定まっていません。
ただ、複数の資料で共通している傾向もあります。それは「ショパンのワルツは全19曲あり、大半の曲が中級レベルの難易度に属する」という点です。Op.18とOp.42が最難関の側に置かれ、Op.64の2曲が中級の側に置かれるという大まかな並びは、資料をまたいでもおおむね一致しています。
星の数は「どれくらい練習時間がかかりそうか」の目安として使い、絶対的な順位としては扱わないのが賢明です。資料ごとに最難関とされる曲がどう割れるかは、別記事で詳しく整理しています。

ショパンのワルツを弾いてみたい。けれど「どの曲から手をつければいいのか」が分からない——そう思って難易度表を検索すると、かえって迷子になります。ある資料は華麗な…
長調は明るく華やか、短調は哀愁——ただし例外もある
ショパンのワルツは、短調と長調が混在しています。一般に長調系の曲は明るく華やか、短調系の曲は哀愁を帯びた性格を持つとされています。6曲の中で短調は嬰ハ短調のOp.64-2だけで、残りの5曲は長調です。
長調と短調で響きの印象が変わるのは、主音の上に積まれる3度の音程が違うからです。長調の主和音は長3度(半音4つ分)、短調の主和音は短3度(半音3つ分)で、この半音1つの差が「明るい」「暗い」という聴感上の違いを生みます。
ただし「長調だから明るい曲」と決めつけると、表現を誤ります。別れのワルツOp.69-1は変イ長調で書かれていますが、主題には半音階で下降していく音型が使われ、優雅な旋律の中にやるせない心象表現が感じられる作品です。調の明暗よりも、旋律の動き方のほうが曲の性格を決めている例といえます。
曲を聴き比べるときは、まず長調か短調かを確認し、そのうえで「旋律が上がっていくのか、下がっていくのか」に耳を向けてみてください。調と旋律の方向の2つを押さえると、6曲の性格の違いが言葉で説明できるようになります。
作曲年順に並べ替えると、曲がコンパクトになっていく流れが見える
6曲を作曲年の順に並べ替えると、1833年のOp.18、1835年のOp.34-1とOp.69-1、1840年のOp.42、そして1846年~1847年のOp.64の2曲となります。この順で聴くと、ショパンのワルツがどう変わっていったかがよくわかります。
わかりやすい指標が演奏時間です。第1番Op.18は演奏時間が4:30~5:40とされ、序奏と5つのワルツ、コーダを持つ大がかりな構成です。これに対して、晩年に近い時期のOp.64-1は演奏時間が1:40~2:30と短く、単純な音型の繰り返しで組み立てられています。
規模が小さくなったから内容が薄くなったわけではありません。子犬のワルツには5種類の自筆譜が残されており、何度も書き直された痕跡から、時間をかけて推敲された作品であることがわかっています。短い曲の中に要素を凝縮していく方向へ変化した、と捉えるほうが実態に近いでしょう。
聴く順番に迷ったら、作曲年順に並べたプレイリストを作ってみてください。弾く人にとっても、晩年の短い曲から入り、初期の大作へさかのぼるという順番は、練習の負荷を段階的に上げていく道筋になります。
華やかな2つの「大円舞曲」、Op.18とOp.42は何が違う?

Op.18は1833年のパリで生まれた、5つのワルツをつなぐ作品
第1番Op.18「華麗なる大円舞曲」は、ショパンのワルツの中で最も規模が大きく、舞踏会用としての実用性が高い作品です。作曲は1833年、翌1834年の夏にパリのシュルザンジェ社とライプツィヒのブライトコップ・ウント・ヘルテル社から出版されました(ナクソス・ミュージック・ライブラリー作品解説)。
| 分類・形式 | 複合三部形式(序奏+5つのワルツ+コーダ) |
| 調・作曲年・演奏時間 | 変ホ長調/1833年作曲・1834年出版/演奏時間4:30~5:40 |
| 難易度評価 | 8(最難関)※楽譜情報サイトの星評価 |
| 向いている人・用途 | 長い構成を最後まで組み立てられる上級者。発表会で華やかさを出したい場面 |
この曲が書かれたのは、ショパンのパリでの活動が軌道に乗った時期で、それ以前のウィーン滞在での経験からインスピレーションを得たとされています。短い序奏のあとに華やかな主題が始まり、各部分で異なる調の新しい主題が次々に現れ、最終的に最初の旋律に戻ってコーダで閉じる、という流れです。
聴く人は「新しい主題が出るたびに調が変わる」ことに注目すると、5つのワルツの切れ目がつかめます。弾く人は、曲全体を「序奏・5つのワルツ・コーダ」の7ブロックに分けて楽譜に印をつけることから始めましょう。
Op.42は1840年、成熟期のショパンが書いたコンサート・ピース
第5番Op.42は「大円舞曲」とも呼ばれ、ショパンの成熟期にあたる1840年に作曲されました。Op.18と同じく規模の大きな曲ですが、性格ははっきり違います。Op.18が舞踏会での実用性を残しているのに対し、Op.42は実用的な舞踏曲ではなく、コンサート・ピースとしての地位を確立した作品とされています(ピティナ・ピアノ曲事典 Op.42)。
その違いは、要求される技術の中身に表れます。Op.42では、大きな跳躍、複雑なリズム、技巧的で複雑な左手の伴奏、全体のバランス調整、高度な表現力が求められ、演奏者の総合的な実力が試される作品とされています。「指が速く動けば弾ける」タイプの難しさではなく、複数の要素を同時に処理し続ける難しさです。
独学でよくあるつまずきは、右手の旋律を先に仕上げ、左手をあとから合わせようとするパターンです。Op.42は左手の伴奏そのものが技巧的に書かれているため、右手だけ完成させても、両手を合わせた瞬間にテンポが崩れます。原因は、左手の跳躍に必要な「次の音の位置を先読みする時間」が確保できていないことにあります。
Op.42に取り組むなら、左手だけを単独で弾ける状態にしてから両手に進む順番をおすすめします。左手が楽譜を見ずに跳躍できるようになったら、両手で合わせる準備ができた目安です。
最難関と評価される理由は「長さ」と「左手」
Op.18とOp.42は、どちらも難易度評価で8(最難関)とされています。2曲に共通しているのは、技巧的な運指と全体バランスの調整が必要とされる点です。つまり、最難関の理由は「部分的に難しいパッセージがある」ことよりも、「長い曲を最後まで設計どおりに運ぶ」ことの難しさにあります。
なぜ長さが難しさにつながるのか。ワルツの左手は、1拍目に低いバス音、2拍目と3拍目に和音を弾くのが基本の型です。バス音と和音の間には距離があり、1小節ごとに手が左右へ跳躍します。短い曲ならこの跳躍を集中して乗り切れますが、演奏時間の長い曲では、跳躍の精度と音量のバランスを最後まで保つ持久力が問われます。
さらに、複合三部形式の曲では部分ごとに調や性格が変わるため、「どの部分をどの音量・どのテンポで弾くか」という全体設計が必要になります。部分ごとに上手に弾けても、つなげたときに曲全体の山場がどこにあるのかがぼやけると、長い曲は単調に聞こえてしまいます。
最難関の2曲に挑むかどうかは、中級評価の曲を最後まで崩さずに弾き通せるかどうかを一つの目安にしてください。短い曲で全体設計ができるようになってから長い曲に進むほうが、結果的に遠回りになりません。
通し練習ばかりで後半が崩れる——長い曲の典型的な失敗
大円舞曲のような長い曲で最も多い失敗は、毎回冒頭から通して弾き、後半になるほど精度が落ちていくパターンです。冒頭の序奏や最初のワルツは何十回も弾いているのに、コーダは数えるほどしか練習していない、という偏りが生まれます。
原因:通し練習を繰り返すと、冒頭ほど練習回数が多く、後半ほど少なくなる。複合三部形式の曲は部分ごとに調が変わるため、後半の新しい調の部分が「譜読み途中」のまま残りやすい。
対策:曲を部分ごとに区切り、後ろの部分から先に練習する日を作る。部分と部分のつなぎ目(転調する箇所)だけを取り出して練習する。通し練習は、各部分が単独で弾けるようになってから行う。
この失敗が起きる理由は、練習時間の配分が無意識のうちに「弾き慣れた場所」に偏るからです。弾ける場所を弾くのは心地よいため、つい冒頭から始めてしまいます。しかし複合三部形式の曲では、後半に新しい調の主題が出てくるため、そこが譜読みの浅いまま残ると、本番で最も目立つ終盤で崩れることになります。
見極めの目安は、「曲のどの部分からでも弾き始められるか」です。楽譜の任意の区切りを指さして、そこからすぐに弾き出せるなら、各部分が独立して身についている証拠です。
子犬のワルツは本当に「1分」で弾く曲なのか
小犬マルキの逸話と、5種類残された自筆譜
第6番Op.64-1は「子犬のワルツ」として知られる、ショパンのワルツの中でも知名度の高い1曲です。1846年~1847年に作曲され、1847年に出版されました。調は変ニ長調、拍子は4分の3拍子です。
愛称の由来として伝えられているのが、小犬の逸話です。1846年の夏、ショパンはジョルジュ・サンドのノアンの別荘に滞在していました。友人がサンドのために白い毛並みの小犬を贈り、その小犬は「マルキ」と名付けられます。この小犬が自分の尻尾を追いかけてくるくる回る様子が、作曲の動機になったとされています(子犬のワルツの解説)。
ここで見落とされがちなのが、この曲に5種類の自筆譜が残されているという事実です。何度も書き直された痕跡から、子犬のワルツは即興的にさらりと書かれた小品ではなく、時間をかけて推敲された「力作」であることが明らかになっています。可愛らしい愛称のイメージとは裏腹に、細部まで練り上げられた作品なのです。
曲はデルフィナ・ポトツカ伯爵夫人に献呈されました。ポーランド出身の伯爵夫人で、ショパンは1833年から彼女のピアノのレッスンや伴奏をしていたとされます。逸話を知ったうえで聴くと、軽やかな旋律の裏にある緻密さに気づけるはずです。
実は「1分間のワルツ」ではない——Minuteの誤解
意外と知られていないけれど、子犬のワルツは「1分で弾き切る曲」ではありません。英語ではMinute Waltzと呼ばれ、このMinuteは本来「小さい」という意味です。ところが時間の単位の「minute(分)」と混同され、「1分間のワルツ」と誤解されることがあります。
実際の演奏時間の目安は1:40~2:30とされています。つまり、1分に収めようとすると、目安よりもかなり速いテンポで弾き飛ばすことになります。この誤解がやっかいなのは、「速く弾ければ上手」という思い込みにつながりやすいからです。
独学でありがちなのが、動画の最速クラスの演奏を目標テンポに設定し、指が追いつかないまま練習を続けてしまうパターンです。原因はテンポ設定の誤りにあり、指の能力不足ではありません。速さを優先すると、この曲の本来の魅力である「小犬がくるくる駆け回る様子」や「キャン、キャンという鳴き声」の描写がつぶれ、ただ音が流れていくだけの演奏になってしまいます。
テンポは「右手の回る音型の一つひとつが粒立って聞こえる速さ」を上限にしてください。その速さで最後まで崩れずに弾けたら、少しずつテンポを上げる、という順番が確実です。
右手は回り続け、左手は跳ね続ける——独立が最大の壁
子犬のワルツは、単純な音型の繰り返しと変ニ長調の主和音による伴奏という、一見するとシンプルな構成でできています。難易度評価が中級(5、資料によっては6)にとどまるのは、この構成の単純さによるものです。
それでも独学でつまずく人が多いのは、左手と右手で独立した動きが要求されるからです。右手は同じ形の音型を回し続け、左手はワルツ特有のリズミカルな跳躍で拍を刻み続けます。右手の音型は小節線をまたいで続くため、左手の拍の区切りと右手の音型の区切りがずれて感じられ、両手を合わせた瞬間に拍を見失いやすいのです。
この「ずれ」の正体は、右手のフレーズと左手の拍の単位が一致していないことにあります。拍の強弱がずれて聞こえる仕組みは、シンコペーションの考え方と共通する部分があります。

楽譜に「タイ」がたくさん出てきた瞬間、急に拍が数えられなくなる。手拍子は合っているはずなのに、弾くとなぜかつんのめる。ポップスの譜面で「ここは食って入る」と言わ…
練習では、左手の伴奏だけを弾いて拍の流れを体に入れ、そのうえで右手を「左手の拍の上に乗せる」感覚で合わせていきます。左手の拍を感じながら右手の音型が回せるようになれば、両手の独立ができてきた証拠です。
嬰ハ短調Op.64-2とOp.34-1、中級と上級の境目はどこにあるか
Op.64-2は嬰ハ短調、臨時記号の多さが最初の壁
第7番Op.64-2は、子犬のワルツと同じOp.64のセット(第6番・第7番・第8番)として同時期に作曲・出版された曲です。調は嬰ハ短調。6曲の中で唯一の短調で、短調の哀愁的な雰囲気と機敏なリズムが特徴とされています。
この曲で最初にぶつかる壁は、技術よりも譜読みです。嬰ハ短調は調号にシャープが4つ付く調で、さらに曲中で臨時記号が頻繁に現れます。学習者向けの解説でも、嬰ハ短調と変ニ長調という調の理解、臨時記号の譜読み、ペダルの適切な使用、ワルツのリズム感が重要とされています(Op.64-2の学習ポイント)。
ここで押さえておきたいのが、嬰ハ短調と変ニ長調の関係です。嬰ハ(C♯)と変ニ(D♭)は、ピアノでは同じ黒鍵を指します。つまり子犬のワルツの変ニ長調と、Op.64-2の嬰ハ短調は、主音が鍵盤上で同じ位置にあるのです。同じセットの2曲が、同じ主音の上で明と暗を描き分けていると考えると、Op.64というまとまりの面白さが見えてきます。
ペダルを最後に加えるのは、ペダルを踏んだ状態だと臨時記号の読み違いが響きに埋もれ、間違いに気づけないからです。ペダルなしで正しい音が弾けていることを確かめてから加えましょう。
Op.34-1はウィンナ・ワルツの形式に忠実な華やかな1曲
第2番Op.34-1は1835年に作曲され、1838年にパリ・ライプツィヒ・ロンドンの3都市で出版されました(ピティナ・ピアノ曲事典 Op.34-1)。ヨゼフィーナ・ド・トゥン=ホーエンシュタイン嬢に献呈されています。
この曲の特徴は、ウィンナ・ワルツの形式に忠実なことです。序奏のあとに魅力的なワルツが次々と現れ、華々しいコーダで終わるという構成で、主部は変イ長調、中間部は変ニ長調で書かれています。ショパンのワルツの中でも「ウィーン風の華やかさ」を最も素直に感じられる1曲といえます。
難易度評価は7(上級)で、ショパンのワルツの中でも特に難易度が高い作品とされています。極めて高度な技巧と深い音楽性の両方が求められ、演奏者の総合的な実力が試される曲です。華やかに聞こえるぶん、音の粒がそろっていないと雑な印象になりやすく、華やかさを「きれいに聞かせる」ことに難しさがあります。
独学でつまずきやすいのは、コーダの華やかさに引っ張られて曲全体のテンポが前のめりになるパターンです。コーダは曲の最後に置かれた見せ場ですが、そこまでの各ワルツを落ち着いて弾けていないと、華々しさが際立ちません。コーダを基準に全体のテンポを決め、そこから逆算して冒頭のテンポを設定すると、曲全体がまとまります。
中級と上級を分けるのは「形式の長さ」と「部分の数」
Op.64-2(5・中級)とOp.34-1(7・上級)を比べると、中級と上級の境目がどこにあるのかが見えてきます。両者を分けているのは、一つひとつのパッセージの難しさよりも、曲がいくつの部分でできているかという形式の規模です。
Op.64-2は三部形式の枠組みの中で、限られた数の主題を扱います。一方Op.34-1は、序奏のあとにワルツが次々と現れ、コーダで締めくくる構成です。部分の数が増えるほど、それぞれの部分に性格を与え、つなぎ目を滑らかにし、曲全体の山場を設計する作業が増えます。これが、指の技術とは別の「総合的な実力」として難易度評価に反映されていると考えられます。
この見方を持っていると、曲選びの失敗を減らせます。「子犬のワルツが弾けたから、次は大円舞曲」と一気に進むと、部分の数が急に増えて全体設計が追いつかず、途中で挫折しやすくなります。中級から上級に進むときは、部分の数が少しずつ増えていく順番を意識するのが近道です。
次の曲を選ぶ前に、候補曲の楽譜を開いて「序奏・各ワルツ・コーダ」がいくつあるかを数えてみてください。部分の数が今の曲より1つか2つ多い程度なら、無理のないステップアップの目安になります。
別れのワルツOp.69-1はなぜ生前に出版されなかったのか
1835年ドレスデン、マリア・ヴォジンスカとの出会い
第9番Op.69-1「別れのワルツ」は、1835年9月にドレスデンで作曲されました。この曲の背景には、ショパンの若き日の恋の物語があります(ワルツ第9番(ショパン))。
1835年の夏、25歳だったショパンは、旅行先のドレスデンで旧知のヴォジンスキ家と偶然出会います。かつてピアノを教えていた幼いマリアが、美しく聡明な16歳の娘に成長しており、ショパンは恋に落ちました。そしてドレスデン滞在中に、彼女のためにワルツを作曲して献呈します。これが別れのワルツです。
2人は結婚寸前までいったものの、恋が成就することはありませんでした。ショパンは翌1836年に結婚を申し込みましたが、マリアの若さとショパンの健康悪化を理由に無期限延期となり、1837年7月の最後の手紙で婚約は破棄されます。マリアの伯父の反対やショパンの肺の持病なども影響したとされています。ショパンは、マリアから受け取ったバラと手紙を「わが哀しみ」と記した紙に包んだと伝えられています。
この背景を知ると、「別れ」という愛称の重みが変わって聞こえます。ただし逸話はあくまで背景であり、演奏では楽譜に書かれた音の動きから表現を組み立てることが基本です。逸話に引っ張られて過度に感傷的に弾くと、曲の持つ優雅さが損なわれてしまいます。
フォンタナの編集で1853年に出版——遺作であることの意味
別れのワルツは、ショパンの生前には出版されませんでした。ショパンの死後、ユリアン・フォンタナがショパンの原稿から編集し、1853年に出版されています(1855年とする説もあります)。つまりこの曲は「遺作」にあたります。
遺作は、作曲者本人が出版に関わっていない作品です。フォンタナのような編集者が原稿をもとに楽譜を作ったため、どの資料を元にしたかによって版ごとに違いが生じる余地があります。Op.69-1やOp.70のような遺作を弾くときは、生前出版作以上に「どの版の楽譜を使うか」が大切になります。
遺作で版の違いが生じやすい理由は、出版の過程にあります。生前に出版された曲は、ショパン自身が出版に向けて楽譜を整えました。一方で遺作は、作曲者の最終的な意図が確定していない原稿から、編集者が判断を重ねて楽譜を仕上げています。原稿が複数ある場合、どれを採用するかでも結果が変わります。
実際に、ショパンの自筆譜と全資料を検証して編集されたナショナル・エディション(エキエル版)では、生前出版作品をシリーズA、遺作をシリーズBとして分けて収めています。生前出版作と遺作を区別して扱うという編集方針そのものが、遺作の扱いの難しさを物語っています。
複数の版を比べて音が違う箇所を見つけたら、それは間違いではなく、元にした資料の違いである可能性があります。楽譜の前書きや校訂報告に目を通す習慣をつけておくと、違いの理由を自分で確かめられます。
半音階の下降とマズルカ風のリズムが「哀しみ」を生む
別れのワルツの主題は、半音階で下降していく音の進行でできています。そこにマズルカ風のリズムと舞踊性が加わり、優雅で魅惑的な旋律の中に、どこかやるせない心象表現が感じられる作品になっています。形式は、6曲の中で唯一のロンド形式です。
半音階の下降が哀しみを感じさせるのは、音がため息のように少しずつ沈んでいくからです。全音で下がるよりも一歩が小さい半音の下降は、ためらいながら下がっていく印象を与えます。変イ長調という長調で書かれていながら哀感が漂うのは、この旋律の動き方によるものです。
マズルカ風のリズムも、表現の鍵を握っています。マズルカはショパンの祖国ポーランドの舞曲で、1拍目以外の拍にアクセントが置かれることがあるのが特徴です。ワルツの「1拍目が強い」という型の上に、マズルカの揺らぎが重なることで、独特の哀愁が生まれます。
練習では、半音階の下降を一音ずつ均等に弾くのではなく、下降の流れ全体でひとつの息を描くように意識してみてください。ロンド形式で主題が何度も戻ってくるため、戻るたびに同じ弾き方を繰り返すのではなく、少しずつ表情を変えていくと、曲全体に物語が生まれます。
楽譜の版とペダル——弾き始める前に決めておきたい2つのこと
全音標準版・エキエル版・ヘンレ社は何が違うのか
ショパンのワルツの楽譜は複数の出版社から出ており、版によって編集方針が異なります。主な選択肢を比べたのが下の表です。
| 項目 | 全音楽譜出版社(標準版) | ナショナル・エディション(エキエル版) | ヘンレ社(原典版) |
|---|---|---|---|
| 編集の方針 | 日本での標準的な版 | ショパンの自筆譜と全資料を検証して編集 | 原典版(Urtext)として楽譜学的に厳密な編集 |
| 収録・入手の形 | 全19曲を1冊に収めた「ワルツ集(遺作付)」104頁 | シリーズA=生前出版作品、シリーズB=遺作 | 個別曲の出版も多い |
| 向いている人 | 全曲を1冊で手元に置きたい人 | コンクールを視野に入れる人・資料の根拠を重視する人 | 特定の1曲を原典に近い形で学びたい人 |
中でもエキエル版は、ヤン・エキエルとパヴェウ・カミンスキが編集した版で、ショパン国際コンクールの指定版として採用されています(全音楽譜出版社 ナショナル・エディション)。このほか、ロマンティックな解釈を反映した版として知られるパデレフスキ版もあります。
版選びで迷ったら、「全曲を見渡したいのか」「1曲を深めたいのか」「資料の根拠まで確認したいのか」という目的から逆算してください。全曲を手元に置きたいなら全音の標準版(全音オンラインショップ)、遺作の扱いまで確認したいならエキエル版、という選び方が目的に合います。
ワルツのペダルは「1拍目のバスを弾いてから踏み替える」
ショパンのワルツで多くの人がつまずくのが、ペダルによる音の濁りです。ワルツの左手は1拍目にバス音、2拍目と3拍目に和音を弾く型が基本で、和音が小節ごとに変わる箇所が多いため、ペダルの踏み替えのタイミングが響きの良し悪しを大きく左右します。
原因:ペダルを踏んだまま次の小節に入ると、前の小節の和音と新しい和音が混ざって響く。特にバス音は低音で長く残るため、前の和音のバスが次の和音に重なると響き全体が濁る。
対策:新しい小節の1拍目のバス音を弾いた直後にペダルを踏み替える。鍵盤を押すのと同時に踏むのではなく、「弾いてから踏む」順番を守る。濁った箇所は、楽譜で和音の変わり目を確認し直す。
なぜ「弾いてから踏む」のか。鍵盤を押すのと同時にペダルを踏むと、前の和音の響きが切れる前に新しい音が鳴り、両方が混ざってしまいます。新しいバス音を弾いてからペダルを上げて踏み直すと、前の和音の響きだけが消え、新しいバス音は指で押さえているので残ります。この順番が、濁らずにつながった響きを作る仕組みです。
ペダルの踏み替えのタイミングや3本のペダルの役割は、別記事で詳しく解説しています。

ペダルを踏んだ瞬間、それまで整っていた音が急に濁って聞こえる。逆に、濁らせないようにと気をつけて踏むと、今度は音がブツブツ途切れてつながらない。独学でピアノを弾…
読者タイプ別に選ぶ、最初の1曲
名曲6曲のうち、どれから取り組むかは、目的と今の実力によって変わります。ここでは読者のタイプ別に、難易度評価と曲の性格から考えた選び方を整理します。
大人になって再開した人・ワルツを初めて弾く人は、難易度評価が5(中級)とされるOp.64の2曲から始めるのが現実的です。明るい響きが好みなら子犬のワルツOp.64-1、短調の哀愁が好みならOp.64-2を選びましょう。どちらも演奏時間が短めで、部分の数も少ないため、全体設計の練習に向いています。
表現を深めたい人には、別れのワルツOp.69-1が合っています。難易度評価は6(中上級)で、指の技術よりも、半音階の下降やマズルカ風のリズムをどう歌うかという表現面に課題の重心があります。ただし遺作なので、前の見出しで触れた版の違いを意識して楽譜を選んでください。
発表会で華やかさを出したい上級者には、Op.34-1(7)や、Op.18・Op.42(どちらも8)が候補になります。これらは部分の数が多く全体設計が問われる曲なので、中級評価の曲を最後まで崩さず弾き通せる状態になってから取り組むのが安全です。聴く専門の人は、前述のように作曲年順に並べて聴くと、ショパンのワルツの変化を一本の流れとして味わえます。
楽譜は公式の販売元から入手する
楽譜を入手するときは、出版社の公式ショップや、公式にライセンスを受けた販売元を利用しましょう。全19曲をまとめて手に入れたいなら、全音楽譜出版社の「ワルツ集(遺作付)標準版」が全曲を1冊に収めています。
1曲だけを弾きたい場合は、「ぷりんと楽譜」などのオンライン販売で個別曲の楽譜を購入することもできます。曲集を買う前に1曲で試したいとき、発表会用に特定の曲だけが必要なときに便利な選択肢です。
購入時の注意点は、同じ曲でも版によって運指や表記が異なることです。レッスンに通っている場合は、指導者が使っている版と異なる楽譜を買うと、運指や強弱記号が食い違って混乱することがあります。独学の場合も、途中で版を変えると、覚えた運指を修正する手間が生じます。
最初に1冊を選んだら、その版の運指をひとまず基準として練習を進め、弾きにくい箇所だけを別の版と比べて検討する、という使い方が効率的です。版ごとの違いを知ること自体が、曲の理解を深める手がかりになります。
まとめ
ショパンのワルツは、同じジャンル名でも中級から最難関まで幅があり、その差は指の速さよりも形式の規模から生まれています。まずは気になる1曲の楽譜を開き、序奏・各ワルツ・コーダがいくつあるかを数えるところから始めてみてください。部分の数がわかれば、その曲に今取り組むべきかどうかを自分で判断できるようになります。
※難易度評価・楽譜の収録内容は2026年9月時点の各資料に基づきます。最新情報は各出版社の公式サイトでご確認ください。

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