「あの曲を弾けるようになりたい」と思って楽譜を買ったのに、1ページ目で手が止まってしまった。ピアノを始めた大人や、ブランクから再開した人に多いつまずきがこれです。原因の多くは、腕前や曲の好みではありません。「どの版の楽譜を選んだか」にあります。
結論から言うと、ピアノで弾きたい曲は好きな曲でかまいません。ただし原曲どおりの楽譜にこだわらず、初級・中級・上級とアレンジの段階が分かれた楽譜の中から、今の自分の級や教本の進度に合う版を選んでください。これだけで「弾きたい」と「弾ける」の距離は縮まります。
この記事では、ヤマハとカワイのグレードで自分の現在地を測る方法、バイエルからツェルニーまでの教本の進度と曲の対応、J-POP・アニメ・映画音楽・クラシックそれぞれの入口になる曲、そして定番曲集の中身までを、出版社や主催者の公式表記を根拠に整理します。「なぜその曲が弾きやすいのか」という理屈から説明するので、ここに載っていない曲を選ぶときにも同じ物差しが使えます。
・弾きたい曲で挫折する本当の原因(曲ではなく「版」の問題)
・ヤマハグレードとカワイのグレードで自分のレベルを測る方法
・バイエル、ブルグミュラー、ハノン、ツェルニーの進度と「次に弾ける曲」の関係
・J-POP・アニメ・映画音楽・クラシックで入口になる曲と、定番曲集の選び方
弾きたい曲で挫折する原因は「曲」ではなく「楽譜の版」にある

同じ曲でも楽譜は初級から上級まで何種類もある
弾きたい曲が決まったら、最初に確認してほしいのは「その曲の楽譜が何段階の難易度で出ているか」です。人気のある曲ほど、同じタイトルで初級・中級・上級のアレンジが並んで売られています。
わかりやすい例が映画音楽の「戦場のメリークリスマス」です。ピアノ教室運営者の解説によると、初級版はオリジナルから半音下げたキーに書き換えられ、中級版は調号にフラットが5つ付き、上級版は原曲に沿った楽譜で、重音や和音の連続、4度進行が多く出てくるため「ソナチネがしっかり弾ける程度」の力が要るとされています。同じ曲名でも、求められる技術がまるで違うわけです。
独学でありがちなのは、「せっかくなら本物を」と上級版や原曲版を選んでしまうパターンです。音の数が多い版は、1小節を読むだけで数分かかり、弾けるテンポに届く前に練習が止まります。
楽譜を買う前には、表紙や出版社の商品ページにある「初級」「中級」などの表記を必ず見てください。最初は少し物足りないくらいの版を選び、弾き切れたら次の段階の版に買い替える。この順番のほうが、結果的に原曲版へ早く近づけます。
調号の数が増えると譜読みの負担が跳ね上がる理由
楽譜の難しさを左右するのは、音符の速さだけではありません。見落とされがちなのが「調号の数」です。調号が多いほど、楽譜に書かれていない変化を頭の中で補い続ける必要があるからです。
たとえばフラットが5つの調では、シ・ミ・ラ・レ・ソの5つの音が曲の最初から最後まで半音下がります。楽譜上は普通の「シ」の位置に音符があっても、弾くのは黒鍵のシ♭。この読み替えを、両手・すべての小節で続けることになります。戦場のメリークリスマスの中級版が「調号に慣れる練習から始めると良い」とされているのはこのためです。一方、初級版で半音下げのキーに書き換えられているのは、調号による負担を減らす工夫だと読めます。
よくある失敗は、調号を確認せずに弾き始め、途中で「なんだか響きが変だ」と気づくケースです。間違えた音で何度も弾くと、指がそのまま覚えてしまい、直すのに倍の時間がかかります。
弾き始める前に、調号の音を鍵盤の上で一度押さえてみてください。その調の音階を片手ずつ1オクターブ弾いておくと、黒鍵の位置が手になじみ、読み替えのミスが目に見えて減ります。
アレンジ(編曲)=原曲の旋律や和音を、演奏する楽器や難易度に合わせて書き直すこと。音の数を減らす、リズムを単純にする、キーを変えるなどの方法がある。
移調=曲全体の音の高さを、関係を保ったまま別の高さに移すこと。調号が少ないキーに移すと譜読みが軽くなる。
調号=ト音記号・ヘ音記号の右に並ぶ♯や♭。その曲の中で、指定された音をずっと半音上げ(下げ)続けるという宣言。
「右手のメロディだけで雰囲気が出る曲」が入口に向く
初心者の最初の1曲に向いているのは、右手のメロディだけでも曲として成立する作品です。楽器関連の解説記事でも、アニメ作品や邦画の主題歌・挿入歌にはメロディが覚えやすく、右手だけでも雰囲気が出る曲が多いこと、耳なじみのあるフレーズだから譜読みもスムーズに進み、「弾けた」という達成感が得やすいことが挙げられています。
これには理屈があります。知っている曲は、耳が正解を知っています。間違った音を弾いた瞬間に「違う」と気づけるので、先生がいない独学でも自分で答え合わせができるわけです。知らない曲だと、楽譜を読み間違えても違和感がなく、誤りに気づけません。
つまずきやすいのは、最初から両手の楽譜を両手で弾こうとすることです。右手のメロディと左手の伴奏を同時に読むと、処理する情報が倍になり、どちらも中途半端になります。
まずは右手だけで最後まで弾けるようにし、次に左手だけ、最後に両手を合わせる。右手だけで曲として聞こえる作品を選んでおけば、両手に進む前の段階でも「弾ける曲」が1つ手元に残ります。
難易度は「曲名」ではなく「楽譜の表記」で判断する
「ゆっくりした曲だから簡単そう」「有名だから初心者向けだろう」という判断は、よく外れます。難易度を決めているのは曲名ではなく、手元に届く楽譜に何が書かれているかだからです。
出版社の曲集には、対象レベルが明記されています。たとえばヤマハミュージックエンタテインメントの「誰もが知ってる!ピアノで弾きたい定番曲 改訂版」は難易度が「中級」、シンコーミュージック・エンタテイメントの「完全版・大人が弾きたいピアノ厳選80曲」も対象レベルが「中級」と明記されています。「弾きたい曲」を集めた曲集でも、初心者向けとは限らないということです。
ゆっくりした曲にも落とし穴があります。テンポが遅いぶん、一音一音の強弱や音の長さのムラが目立ち、「弾けているのにきれいに聞こえない」状態になりやすいのです。
楽譜を選ぶときは、商品ページの難易度表記と、中身の見本ページの両方を確認してください。見本で1段目を見て、使われている調号と、両手で同時に押さえる音の数を数えておくと、自分に合うかどうかの見当がつきます。
楽譜を買う前に見るべきなのは「曲名」ではなく「版の難易度表記」「調号の数」「両手で同時に押さえる音の数」の3つです。同じタイトルでも、初級版と上級版では求められる技術がまったく違います。
自分は今どのレベル?グレードの級で現在地を測る
ヤマハグレードは13級から2級までの11段階
曲選びの物差しとして使いやすいのが、楽器メーカーが運営するグレード制度です。ヤマハグレードの公式サイト(2026年時点の表記)では、13級から2級まで全11段階が設定され、13〜11級は「鍵盤初期学習者」向け、10〜6級は「学習者」向け、5〜3級は「音楽指導者・専門家」向け、2級は「演奏家や演奏家を目指す方」向けと位置づけられています。
ポイントは、単に弾ける曲の難しさだけを測るものではないことです。公式の説明では、演奏技術に加えて読譜力、音楽理論、創造性を総合して評価するとされています。つまり級は「その段階に必要な力がひととおり揃っているか」の目安です。
独学の人が誤解しやすいのは、「1曲だけ難しい曲が弾ける=その級の力がある」と考えてしまうことです。1曲を時間をかけて仕上げることと、同じ段階の曲を初見に近い状態から読み進められることは、別の力です。
受験しなくても、級の区分は現在地の確認に使えます。「鍵盤初期学習者」の段階なのか「学習者」の段階なのかを自分で見立て、その段階の言葉で書かれた楽譜(初級・初中級など)を選ぶのが、無理のない入り方です。
カワイピアノグレードテストは学習段階を3つに区切る
もう1つの代表的な制度が、カワイピアノグレードテストです。16級から1級まで段階が設けられ、公式の説明(2026年時点)では15〜13級を学習初期段階、12〜10級を学習中期段階、9〜7級を学習後期段階と位置づけ、3段階で生徒の成長プロセスに対応するとしています。6〜2級は音楽指導者向けの段階です。
カワイの区分がわかりやすいのは、「初期・中期・後期」という学習の流れで切っている点です。ヤマハと同じく、評価項目には読譜力・演奏技能・音楽理論・創造性が含まれます。受験の区分もA・B・Cの3つに分かれています。
ここで気をつけたいのが、ヤマハとカワイの級の数字をそのまま比べてしまうことです。両者は級の数も区切り方も違うので、「ヤマハの10級=カワイの10級」とはなりません。数字だけ見て「自分は10級くらい」と判断すると、ずれた楽譜を選ぶ原因になります。
比べるときは数字ではなく、「初期」「学習者」「指導者向け」といった段階の説明文を読み比べてください。そのほうが、自分がどのあたりにいるのかを正しくつかめます。
| 項目 | ヤマハグレード | カワイピアノグレードテスト |
|---|---|---|
| 級の範囲 | 13級〜2級(全11段階) | 16級〜1級 |
| 初心者の段階 | 13〜11級:鍵盤初期学習者向け | 15〜13級:学習初期段階 |
| 学習途中の段階 | 10〜6級:学習者向け(初級〜中級) | 12〜10級:学習中期段階/9〜7級:学習後期段階 |
| その上の段階 | 5〜3級:指導者・専門家向け/2級:演奏家向け | 6〜2級:音楽指導者向け |
| 評価の観点 | 演奏技術・読譜力・音楽理論・創造性 | 読譜力・演奏技能・音楽理論・創造性 |
級を「曲選びの物差し」に使うときの注意点
グレードの級は、曲選びの目安として便利ですが、万能ではありません。級が示しているのは「総合的な力の段階」であって、「この曲が弾けるかどうか」の答えではないからです。
理由は評価の中身にあります。両方の制度とも、演奏だけでなく読譜力や音楽理論、創造性を含めて評価しています。耳コピや弾き語りで好きな曲を弾いてきた人は、演奏の力はあっても読譜の力が追いついていないことがあり、逆に教本を順番に進めてきた人は、読譜は得意でもリズムの崩れた流行曲に戸惑うことがあります。
ありがちな失敗は、「受験した級が上だから、この中級の曲集も弾けるはず」と考え、実際にはリズムの読みで何度も止まるパターンです。これは級の問題ではなく、得意・不得意の偏りの問題です。
級は「だいたいこのあたり」という範囲をつかむために使い、最終判断は楽譜の見本ページで行ってください。見本の1段目を、止まりながらでも最後まで読めるなら挑戦の範囲内、1小節目から読めない音が並んでいるならひとつ下の版を選ぶ、という見極めが実用的です。

教本の進度から「次に弾ける曲」を逆算する

バイエル106曲は約3年かけて基礎を固める設計
グレードを受けていない人にとって、いちばん身近な物差しは「今どの教本のどこまで進んでいるか」です。定番の導入教本であるバイエルは、島村楽器の楽譜便の解説によると106の練習曲で構成され、曲が進むごとに少しずつ難易度が上がるため無理なく技術を習得でき、約3年かけて習得することが目安とされています。
バイエルが「前から順番に」進む設計になっているのは、音域、両手の独立、調の種類を1つずつ増やしていくためです。前半で覚えたことが後半の前提になっているので、順番を飛ばすと、どこかで「知らない前提」にぶつかります。
大人の独学で多いのは、約3年という目安を聞いて「そんなに待てない」と教本をやめてしまうケースです。ただ、これは「3年たたないと好きな曲が弾けない」という意味ではありません。教本と並行して、初級版の好きな曲を弾くことは十分に可能です。
教本はあくまで「現在地を示す地図」として使い、今いる地点に合う版の曲を並行して選ぶ。この二本立てにすると、基礎を積み上げながら弾きたい曲にも触れられます。
ブルグミュラー25の練習曲は「曲らしい曲」への入口
バイエルなどの導入教本が終わったあと、多くの人が進むのがブルグミュラー25の練習曲です。前出の楽譜便の解説では、導入期の教本を終えるとブルグミュラー25の練習曲へ進むパターンが多く、終わるとソナチネアルバム1へ進むことが多いとされています。全体のレベルは初級〜中級です。
ブルグミュラーが「弾きたい曲」への橋渡しになる理由は、25曲それぞれに表現力やテクニック向上のためのテーマが与えられている点にあります。練習曲でありながら、1曲ごとにはっきりした曲想があり、「指の練習」ではなく「曲を表現する練習」ができるのです。
つまずきやすいのは、音を並べることに集中して、曲のイメージを持たないまま弾いてしまうことです。解説でも、曲のイメージを明確にしてから練習し、フレーズごとに区切って練習すると効率的に学習できるとされています。
ブルグミュラーに入った段階は、J-POPやアニメ曲なら初級〜中級アレンジを視野に入れてよい時期です。ここで身につく「フレーズで区切る」感覚は、好きな曲の楽譜を読むときにもそのまま使えます。

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ハノンとツェルニーは曲を弾くための「部品」を鍛える
ハノンとツェルニーは、曲そのものではなく、曲を弾くための指の動きを鍛える教本です。楽譜便の解説では、ハノンは指の運動を重点的に鍛える教本で、バイエル中盤以降に、メイン教本と並行して使うことが多いとされています。ツェルニーは100番→30番→40番→50番の順に取り組み、100番はバイエル後半程度から使え、終えると30番へ進めるとされています。
なぜ部品の練習が必要なのか。解説には「ハノンのような練習曲としては弾けていたパッセージも、曲の中に出てくると難しくなることがあります」という一文があります。曲の中では、同じ音型が違う調や違うリズムで現れ、前後の音とのつながりも求められます。練習曲で動きを体に入れておくと、曲中で同じ音型に出会ったとき、指が迷わずに動くのです。
独学で起きやすいのは、ハノンを「速く弾く競争」にしてしまうことです。テンポだけを上げると、音の粒がそろわないまま動きが固まります。
ハノンやツェルニーは、メイン教本や好きな曲と並行する補助として、一定のテンポで音をそろえることを目標にしてください。弾きたい曲の中に出てくる苦手な音型を見つけたら、それに近い練習曲を選んで補う、という使い方もできます。
教本を飛ばして好きな曲だけ弾き続けると何が起きるか
教本を一切使わず、好きな曲だけを弾き続ける方法も、楽しさの面では魅力があります。ただ、1曲目、2曲目はなんとか仕上がっても、3曲目あたりで急に進まなくなる、という壁にぶつかる人が少なくありません。
原因は、曲ごとに必要な技術がばらばらに現れることです。教本は、新しい調、新しいリズム、新しい指の動きを1つずつ順番に導入するように作られています。好きな曲だけで進めると、1曲の中に初めて出会う要素が同時に3つも4つも現れ、どれが原因で止まっているのか自分でもわからなくなります。
典型的なのは、指くぐりや指越えを学ばないまま音階の速いパッセージがある曲に挑み、毎回同じ場所で指が足りなくなるパターンです。これは才能の問題ではなく、その動きを練習する順番を踏んでいないだけです。
対策は、好きな曲で止まった箇所を「何の技術が足りないのか」に分解することです。指の動きならハノン、読譜なら教本の該当する段階、というように、止まった理由に合わせて教本を補助的に使えば、好きな曲を中心にしながら壁を越えられます。
原因:教本なら1つずつ導入される新しい調・リズム・指の動きが、好きな曲では同時に現れるため、止まる理由が特定できない。
対策:止まった箇所を「指の動き」「読譜」「リズム」に分け、足りない要素だけを教本や練習曲で補う。
ピアノで弾きたい曲 J-POP・アニメ・映画音楽の入口はこの曲
アニメ曲なら「残酷な天使のテーゼ」「タッチ」「Butter-Fly」が定番の入口
アニメ曲から始めたい人に、初心者向けの定番として挙げられているのが「残酷な天使のテーゼ」「タッチ」「Butter-Fly」の3曲です。初心者向けアニメ曲の解説記事では、それぞれの理由が次のように説明されています。
「残酷な天使のテーゼ」は、Aメロがゆったりとしたテンポで、使われるコードも基本的なものばかり。「タッチ」はさらにシンプルで、右手のメロディだけでも十分楽しめる。「Butter-Fly」はコード進行がわかりやすく、初心者の練習曲として定番、というものです。どれも「テンポが落ち着いている」「コードが基本形」「メロディで成立する」という、入口に向く条件を満たしています。
ただし、曲全体が同じ難しさとは限りません。Aメロは弾けてもサビで音域が広がったりリズムが細かくなったりして、そこで止まることがあります。これは曲の構成上、サビが盛り上がるように作られているためです。
弾ける部分から仕上げるのが効率的です。Aメロだけを先に完成させて「弾ける区間」を作り、サビは初級版の楽譜で音を減らしてから挑む。区間ごとに仕上げると、途中で投げ出しにくくなります。
J-POPは初級・中級アレンジが豊富な定番曲から選ぶ
J-POPで弾きたい曲を探すなら、初級・中級のアレンジが複数の出版社から出ている定番曲が選びやすいです。J-POPの弾きやすい曲を紹介した記事では、初級〜中級向けとして「アイノカタチ」「マリーゴールド」「春よ、来い」「千の風になって」「さくら(独唱)」「Brand New」などが挙げられています。
定番曲が選びやすい理由は、アレンジの選択肢が多いことにあります。楽譜が何種類も出ている曲なら、自分の段階にぴったり合う版が見つかる確率が上がります。紹介記事では、すべての音符に音名のカナが付いた楽譜にも触れられており、譜読みが苦手な人でも取り組める版が用意されている曲もあります。
J-POPで気をつけたいのは、原曲のリズムの細かさです。歌では自然に聞こえる食い気味のリズム(シンコペーション)も、楽譜にすると16分音符やタイが並び、読むのに時間がかかります。耳で覚えたリズムと楽譜の書き方が一致せず、混乱する人も多いところです。
リズムで止まったら、まず原曲を聴いてリズムを口ずさめるようにしてから、楽譜の該当箇所と照らし合わせてください。耳で知っている形と、紙に書かれた形を結びつけると、読譜の力そのものも伸びていきます。

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「戦場のメリークリスマス」は3段階の版で成長を測れる
映画音楽の中で、段階的に取り組む教材として使いやすいのが「戦場のメリークリスマス」です。前述のとおり、初級版は原曲から半音下げのキー、中級版はフラット5つの調、上級版は原曲に沿った楽譜で、重音や和音の連続、4度進行が多く出てきます。
この曲が教材として優れているのは、同じメロディのまま段階を上げられる点です。初級版で旋律と曲の流れを覚えておけば、中級版に進んだとき、新しく向き合うのは「調号」と「増えた音」だけになります。曲を一から覚え直す必要がないので、難しくなった部分に集中できるのです。
つまずきやすいのは、中級版で調号の読み替えが追いつかないことです。フラット5つの調は、黒鍵を多く使います。白鍵中心の初級版に慣れていると、手の位置の感覚が変わり、はじめはミスタッチが増えます。
初級版を仕上げてから中級版へ、中級版の後はソナチネがしっかり弾けるようになってから上級版へ、という順番で進めてください。同じ曲の版を上げていく過程そのものが、自分の成長を実感できる物差しになります。
クラシックは作曲家ではなく「曲集の中の1曲」で選ぶ
ショパンのノクターン21曲のうち、上級はわずか2曲
「ショパンは難しい」というイメージから、最初から候補に入れない人は多いものです。しかし夜想曲(ノクターン)に限ると、事情は違います。ノクターン全曲の難易度を整理した解説によると、ドイツの楽譜出版社ヘンレの難易度表記で上級(Henle 7)に分類されるのは、全21曲のうち第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1の2曲だけ。残りの19曲はすべて中級ランクに属するとされています。
中級の中でも取り組みやすいのは、Henleの難易度5にあたる第6番・第9番・第11番・第19番・第20番・第21番。難易度6のグループになると、少々テクニックが必要になると説明されています。
注意したいのは、ノクターンの難しさが「音の多さ」よりも「表現」にある点です。形式的に難解なものは少なく、感情表現が重要な作品群とされています。音は並べられても、旋律を歌わせる強弱のコントロールができないと、曲として聞こえません。
ノクターンに挑戦するなら、まず難易度5の曲から1曲を選び、左手の伴奏を小さく、右手の旋律をはっきり聞かせるバランスを最初の課題にしてください。音を覚える段階と、表現をつける段階を分けて練習すると、仕上がりの差がはっきり出ます。

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バッハのインベンションはハ長調の第1番から入る
クラシックを本格的に学びたい人が必ず出会うのが、バッハの「インベンション(2声のインヴェンション)」です。ピアノ講師による解説によると全15曲で構成され、現代のピアノ教育では「ブルグミュラーの次のステップ」として広く使われており、クラシックを学ぶうえで欠かせない教材の1つとされています。ピティナの基準では応用3〜発展1の範囲に位置づけられています。
インベンションが教材として重視される理由は、2つの声部が対等に動く「2声」の書法にあります。右手がメロディ、左手が伴奏という役割分担ではなく、両手がそれぞれ独立した旋律を弾くので、左右の手の独立が徹底的に鍛えられます。
曲によって難易度が異なるため、第1番から順番に弾く必要はありません。解説では、第1番はハ長調なので他の曲よりも音読みがしやすく、小学生中学年でも弾ける難易度だとされています。調号のない調から入れば、声部の動きを追うことに集中できます。
よくあるつまずきは、両手を最初から合わせてしまい、どちらの声部も聞こえなくなることです。片手ずつ、それぞれの旋律を「歌として」弾けるようにしてから合わせると、2つの声部が重なる構造が耳でもわかるようになります。
モーツァルトのソナタはK.545が入口
モーツァルトの独奏ピアノソナタは全18曲あり、ソナタ全体の難易度を整理した解説によると、難易度は初中級〜上級まで幅広く、学習段階に応じた選曲が欠かせないとされています。
入口として最優先に挙げられているのが、ピアノソナタ第16番ハ長調 K.545です。中級に入って最初に選ぶ曲として、第1楽章が紹介されています。中級向けにはK.330、K.331、K.332が挙げられ、K.331の第3楽章にあたる「トルコ行進曲」には初級向けのアレンジも出ています。
モーツァルトのソナタでつまずきやすいのは、音が少なく見えるぶん、ごまかしがきかない点です。音階やアルペジオが素直に並ぶので、指の粒がそろっていないと、そのまま聞き手に伝わります。また解説では、初期よりも後期の作品のほうが難易度が高めの傾向があるとされており、番号の大小で難しさを判断すると外れることがあります。
K.545の第1楽章に取り組む場合は、ハノンやツェルニーで鍛えた「音の粒をそろえる」力をそのまま試す場と考えてください。テンポを落としても一音一音の大きさがそろっていれば、それが次のソナタに進む合図になります。
実は「難しそうな作曲家」ほど入口の曲が用意されている
意外と知られていないのが、「難しい」というイメージの強い作曲家ほど、作品数が多く、その中に取り組みやすい曲が含まれているという事実です。ショパンのノクターンは21曲中19曲が中級、バッハのインベンションには調号のない第1番があり、モーツァルトのソナタは18曲の中にK.545という入口があります。
作曲家の名前で候補から外すのは、もったいない判断です。難しさは作曲家単位ではなく、1曲ごとに大きく違います。曲集の中で難易度に幅があることを知っていれば、「ショパンを弾く」という目標にも、中級の段階から手が届きます。
逆に、有名な1曲だけを基準に作曲家全体を判断すると、選択肢を狭めてしまいます。上級の2曲がたまたま有名であっても、同じ曲集の中に取り組みやすい曲が並んでいるかもしれません。
クラシックで弾きたい曲を探すときは、「この作曲家の、この曲集の中で、いちばん入口に近いのはどれか」という順番で調べてみてください。下の表は、当サイトが公開されている解説や出版社の表記をもとに整理したものです。
| 項目 | ショパン ノクターン | バッハ インベンション | モーツァルト ピアノソナタ |
|---|---|---|---|
| 全曲数 | 21曲 | 15曲 | 18曲 |
| 入口になる曲 | 第6・9・11・19・20・21番(Henle 5) | 第1番(ハ長調で音読みがしやすい) | K.545(ハ長調 第16番) |
| 難しい側 | 第3番 Op.9-3、第13番 Op.48-1(Henle 7) | 曲により差が大きく、段階的に進める | 後期作品ほど難易度が高めの傾向 |
| 全体の位置づけ | 19曲が中級ランク | 応用3〜発展1(ピティナ基準)、ブルグミュラーの次 | 初中級〜上級 |
定番曲集を買う前に確かめたい3つのこと
ヤマハ「誰もが知ってる!ピアノで弾きたい定番曲 改訂版」は32曲・中級
1冊でいろいろな曲に触れたい人には、定番曲を集めた曲集が便利です。ヤマハミュージックエンタテインメントの公式ページによると、「ピアノソロ 誰もが知ってる!ピアノで弾きたい定番曲」は全32曲を収載し、映画・テレビの主題歌、ディズニー、ジブリ作品など「誰もが耳にしたことのある定番曲」が集められています。
収録曲には「糸」「戦場のメリークリスマス」、ジブリ作品の複数曲に加え、パッヘルベルのカノンや「愛の夢」といったクラシックも含まれます。ジャンルをまたいで「知っている曲」が揃うので、耳を使った答え合わせがしやすい構成です。
見落とせないのは、難易度が「中級」と表記されている点です。「定番曲」「弾きたい」という言葉から初心者向けを想像しがちですが、対象は中級者です。導入教本の途中にいる人が買うと、ほとんどの曲がまだ弾けない、ということが起こります。
ブルグミュラーを進めている段階以降の人が、次に弾く曲の候補を探す「カタログ」として使うのが合っています。目次から耳なじみのある曲を選び、見本で調号と音の数を確認してから取りかかってください。
| 曲集と出版社 | 「誰もが知ってる!ピアノで弾きたい定番曲 改訂版」(ヤマハミュージックエンタテインメント)/「完全版・大人が弾きたいピアノ厳選80曲」(シンコーミュージック・エンタテイメント) |
| 収録曲数・分量 | 32曲/80曲・344ページ |
| 難易度の表記 | どちらも「中級」(出版社公式の表記) |
| 向いている人・用途 | 映画・ディズニー・ジブリ中心なら前者、J-POP・クラシック・映画音楽・ジャズまで幅広くなら後者。いずれも導入教本を終えた人の「次の曲探し」向け |
シンコーミュージック「完全版・大人が弾きたいピアノ厳選80曲」は80曲・344ページ
もう1冊、大人向けに作られた曲集が、シンコーミュージック・エンタテイメントの「完全版・大人が弾きたいピアノ厳選80曲」です。公式ページでは対象レベルが「中級」と明記され、80曲・344ページのピアノ・ソロ用アレンジで、J-POPからクラシック、映画音楽、ジャズまで幅広いジャンルが収録されています。発売日は2016年6月27日です。
この曲集の特徴は、ジャンルの幅です。1冊の中にクラシックとジャズが並んでいるので、自分がどのジャンルの響きに惹かれるのかを探る目的にも使えます。
一方で、発売から年数がたっている点は押さえておきたいところです。収録曲の中心は、発売時点ですでに定番になっていた曲です。最近の流行曲を弾きたい人は、この1冊だけでは目当ての曲が見つからないかもしれません。
購入前には、公式ページで収録曲の一覧を確認し、弾きたい曲が何曲入っているかを数えてみてください。80曲のうち弾きたい曲が数曲しかない場合は、1曲ずつ購入できるピース楽譜のほうが合っていることもあります。
曲集を「最初から全部弾く本」と考えると失敗する
曲集を買ったあとに起こりやすい失敗が、「1曲目から順番に全部弾こう」として途中で止まることです。教本と同じ感覚で扱ってしまうのが原因です。
教本は、前の曲が次の曲の準備になるよう、難易度順に並べて作られています。一方、曲集は多くの場合ジャンルや作品ごとにまとめられていて、並び順は難易度順とは限りません。同じ「中級」の中にも、弾きやすい曲と手ごわい曲が混ざっています。順番どおりに進めると、早い段階で手ごわい曲に当たり、そこで止まってしまうのです。
典型的な状況はこうです。1曲目は知っている曲なので楽しく仕上がる。2曲目は調号が多く、譜読みに時間がかかる。3曲目もリズムが複雑で進まない。「この本は自分には早かった」と棚に戻してしまう。実際には、後ろのページに今すぐ弾ける曲が残っているにもかかわらず、です。
曲集は「弾きたい曲を探すカタログ」と割り切ってください。最初に目次と見本をひととおり眺め、調号が少なく、音の数が少ない曲に印をつける。その印の曲から弾き始めると、1冊の中で「弾ける曲」が着実に増えていきます。
原因:曲集は教本と違って難易度順に並んでいないことが多く、同じ「中級」の中でも曲ごとの差が大きい。
対策:最初に全曲の見本を眺め、調号と音の数が少ない曲に印をつけてから、その曲から取りかかる。
読者タイプ別:自分に合う1曲はこう見つける
大人の初心者・再開組は「耳なじみ×初級版」から
大人になってピアノを始めた人、ブランクから再開した人におすすめしたい組み合わせは、「よく知っている曲」の「初級版」です。耳が正解を知っている曲なら独学でも答え合わせができ、初級版なら譜読みで止まる時間が短く済みます。
大人の学習者には、子どもにはない強みがあります。音楽を聴いてきた経験の量です。メロディやリズムを耳で覚えている曲がたくさんあるので、その蓄積を譜読みの助けに使えます。前出のアニメ曲やJ-POPの定番曲は、この強みを活かしやすい候補です。
再開組がつまずきやすいのは、「昔は弾けたから」とブランク前の段階の楽譜を選ぶことです。曲の記憶は残っていても、指の動きや読譜の速さはすぐには戻りません。昔の感覚との差に戸惑い、練習が苦痛になってしまうことがあります。
再開した直後は、ブランク前より1〜2段階やさしい版から始めてください。数曲弾いて手が戻ってきたと感じたら、段階を上げていく。この順番のほうが、元のレベルに戻るまでの遠回りが少なくなります。

ピアノ練習を始めたものの、「毎日弾いているのに曲が仕上がらない」「片手なら弾けるのに両手にすると崩れる」と感じている方は多いはずです。原因の多くは、才能でも練習…
子どもに弾かせたい曲を探す保護者は、教本の進度と相談する
子どもがピアノを習っている保護者なら、「弾きたい曲」は今使っている教本の進度と照らし合わせて選ぶのが確実です。教本の段階がわかれば、グレードの区分や楽譜の難易度表記と結びつけやすくなります。
たとえばバッハのインベンションについて、前出の解説では第1番はハ長調で音読みがしやすく、小学生中学年でも弾ける難易度だとされ、全体の適正年齢は小学生中学年以上と紹介されています。教本としてはブルグミュラーの次の段階です。このように、学年と教本の段階の両方で目安を確認しておくと、無理のない選曲ができます。
保護者が陥りやすいのは、発表会などで「映える曲」を優先し、今の段階より上の曲を選んでしまうことです。弾けない箇所を長期間練習し続けると、子どもにとってピアノが「できないことを繰り返す時間」になりかねません。
子どもが自分で「弾きたい」と言った曲があれば、その曲の初級版を探してみてください。本人が選んだ曲を、今の段階に合った版で弾き切る経験は、練習を続ける動機として何よりの支えになります。
クラシックを本格的に弾きたい人はブルグミュラー後の分岐を意識する
いずれはショパンやモーツァルトを弾きたいと考えている人は、ブルグミュラーを終えたあとの「分岐」を意識しておくと、道筋が見えやすくなります。楽譜便の解説ではブルグミュラーの後にソナチネアルバム1へ進むことが多いとされ、インベンションもブルグミュラーの次のステップとして広く使われています。
この段階でソナチネとインベンションを並行させるのには理由があります。ソナチネでは旋律と伴奏という古典的な役割分担と、曲の形式を学べます。インベンションでは両手が対等に動く2声の書法を学べます。この2つは、ショパンのノクターンで右手の旋律を歌わせる力や、モーツァルトのソナタで音の粒をそろえる力の土台になります。
つまずきやすいのは、目標の曲に早く届きたくて、この分岐の段階を飛ばすことです。ノクターンのHenle 5の曲は中級の範囲にありますが、表現力が求められる作品です。土台がないまま取り組むと、音は並んでも曲として聞こえない状態に陥ります。
ツェルニーを30番へと進めながら、ソナチネとインベンションを1曲ずつ仕上げていく。その積み重ねの先に、前の章で整理した「入口の曲」が現実的な目標として見えてきます。
大人の初心者・再開組は「耳なじみ×初級版」、保護者は「教本の進度×子どもが選んだ曲の初級版」、クラシック志望は「ブルグミュラー後にソナチネとインベンションを並行」。どのタイプでも、最初の判断材料は曲名ではなく楽譜の版と自分の現在地です。
楽譜を買う直前に確認したい3つのチェック
どのタイプの人にも共通して、楽譜を買う直前に確かめておきたいことが3つあります。版の難易度表記、調号の数、見本ページの1段目が読めるかどうか、です。
この3つを挙げる理由は、それぞれが別の種類の負担を示しているからです。難易度表記はアレンジ全体の方向性を、調号の数は譜読みで読み替える量を、見本の1段目は実際に自分の目と手で処理できるかを教えてくれます。どれか1つだけでは判断を誤ることがあり、3つを重ねると精度が上がります。
よくあるのは、難易度表記だけを見て「初級だから大丈夫」と買い、届いてみたら調号が多くて読めなかった、というケースです。表記は同じ「初級」でも、出版社や編曲者によって基準に幅があります。
見本を確認できないときは、同じ曲の別の版と見比べられる楽譜販売サイトを使うのも1つの方法です。楽譜そのものは、出版社の公式ページや公式の楽譜販売元から入手してください。3つのチェックを通った1曲なら、「買ったのに弾けない」という事態はかなり防げます。
まとめ
今日できる最初の一歩は、弾きたい曲を1曲だけ決めて、その曲の「初級版」の楽譜の見本ページを開くことです。1段目が止まりながらでも読めたら、それがあなたの今の1曲になります。
※グレードの区分・曲集の収録内容は2026年9月時点の公式表記に基づきます。最新情報は各公式サイトでご確認ください。

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