「ピアノで一番難しい曲って、結局どれなんだろう?」。超絶技巧の演奏動画を見たあと、こう考えた人は多いはずです。ところが検索すると、イスラメイ、スカルボ、ラ・カンパネラ、ラフマニノフの協奏曲第3番と、サイトによって違う曲名が並びます。どれを信じればいいのか、かえって迷ってしまいます。
先に結論をお伝えします。「一番難しい曲」は1曲には決まりません。難しさには、指の速さ、長い時間弾き続ける持久力、手の大きさ、弱音や音色をコントロールする表現力という複数の物差しがあります。どの物差しを重く見るかで1位が入れ替わるのです。ただし、歴史の中で「最難」と名指しされてきた曲には共通点があります。それを知れば、候補は数曲に絞り込めます。
この記事では、19世紀に「世界一難しい」と呼ばれたバラキレフの『イスラメイ』から始めます。続いて、それを超えることを狙ったラヴェルの『スカルボ』、リストとショパンの練習曲、40分以上続くラフマニノフの協奏曲第3番を取り上げ、作曲年・作品番号・技巧の中身で整理します。出版社の難易度表記がどこまで役に立つのか、手の大きさはどこまで関係するのか、憧れの難曲に近づくには何から始めればいいのかも、理屈から解説します。
・「一番難しい曲」が1曲に決まらない理由と、難しさを測る4つの物差し
・イスラメイ、スカルボ、ラ・カンパネラ、ショパンのエチュード、ラフマニノフ協奏曲第3番、アルカンの比較
・手の大きさ(9度と10度)が難曲にどこまで影響するか
・憧れの難曲に近づくための練習の順番と、独学でやりがちな失敗
ピアノ一番難しい曲が「1曲」に決まらない3つの理由

難しさは「速さ×持久力×手の大きさ×表現」の掛け算
ピアノ曲の難しさは、1本の物差しでは測れません。技術的な難度、音楽的な表現の難度、手の大きさの条件という複数の要素が重なって、はじめて「難しい」という評価になります。
理由は、曲ごとに要求される能力の種類が違うからです。音楽之友社のWebマガジン「ONTOMO」は、リストの『ラ・カンパネラ』の難しさについて、細かく速い音と幅の広い跳躍が一部分ではなく「最初から最後まで持続する」点を挙げています。一方、ラフマニノフの協奏曲第3番は演奏に40分以上かかる長大な作品で、瞬間的な技巧に加えて持久力が問われます。ラヴェルの『スカルボ』は、速さに加えて細かな表現の実現が求められます。同じ「難曲」でも、中身はまったく別物です。
独学で難曲を調べている人がつまずきやすいのは、「速い曲ほど難しい」と一直線に考えてしまうことです。たしかに速さは目立つ要素ですが、ゆっくりした部分で音量を極端に落とす技術や、長い曲を最後まで崩さずに弾き切る体力は、動画を見ただけでは伝わりにくい難しさです。
難曲のランキングを読むときは、その曲が「どの物差しで」難しいのかを分けて考えてみてください。速さなのか、跳躍なのか、持久力なのか、手の大きさなのか。そこまで分解できると、自分にとって遠い曲と近い曲の区別がつくようになります。
出版社の難易度表記は「最上位の中の差」を測れない
楽譜に書かれた難易度表記は目安として役に立ちますが、最難関の曲同士を並べる物差しとしては使えません。表記の最上位に入った曲同士の差は、表記からは読み取れないからです。
たとえば全音楽譜出版社の楽譜では、難易度が第1〜6課程の6段階に分類されています。第1課程から第3課程が初級〜中級、第4課程が上級の入り口、第5課程が上級、そして第6課程が「上級上・F」です。最上位のFは、ショパンのエチュード程度が目安とされています。つまり、ショパンのエチュードと同じ箱に入る曲も、それを大きく超える曲も、段階としては同じ最上位に収まってしまいます。
ここでよくある誤解が、「F表記の曲なら、どれも同じくらい難しい」という読み方です。実際には、Fの箱の中にも、努力次第で上級者が手の届く曲と、プロのピアニストでも満足に弾くことが難しい曲が混在しています。表記は「下から数えてどこまで来たか」を示すもので、天井の高さまでは教えてくれません。
難易度表記を使うときは、「自分が今どの段階にいて、次にどの段階の曲に進むか」を決める道具として活用するのが正解です。最難関の曲を比べたい場合は、表記ではなく、作曲家や演奏家がその曲について何を語ってきたかという歴史的な評価と、技巧の中身を見る必要があります。

「世界一」の称号は時代とともに移り変わってきた
「世界一難しいピアノ曲」という呼び名は、ずっと同じ曲に与えられてきたわけではありません。時代ごとに新しい難曲が書かれ、そのたびに称号の持ち主が変わってきました。
バラキレフが1869年9月に作曲した『イスラメイ』は、19世紀末には「世界一難しいピアノ曲」と称されていました。ところが1908年、ラヴェルは『夜のガスパール』の第3曲『スカルボ』について、当時もっとも難しいとされたイスラメイをも凌ぐ演奏技巧が必要だと語っています。さらに翌年の1909年には、ラフマニノフがピアノ協奏曲第3番を書き上げました。こうして「最難」の候補は、時代を追うごとに増えていったのです。
背景には、楽器そのものの進化もあります。19世紀の超絶技巧は、ダブルエスケープメントのようなピアノの機構の進化と、作曲家の野心が結びついて発展しました。楽器ができることが増えれば、作曲家はその限界まで書こうとします。「世界一」の曲が入れ替わるのは、ある意味で自然な流れです。
ネット上で「世界一難しい曲」という紹介を見かけたら、それが「いつの時代に」「誰によって」そう評価されたのかを確認する習慣をつけてください。19世紀の評価と20世紀以降の評価を同じ土俵で並べると、話が噛み合わなくなります。
「一番難しい曲」を探すときは、①どの物差し(速さ・持久力・手の大きさ・表現)で難しいのか、②いつ誰がそう評価したのか、の2点を確認します。出版社の難易度表記は最上位がショパンのエチュード程度の目安で、それより上の曲同士の差は表記からは読み取れません。
超絶技巧=19世紀ロマン派以降、パガニーニやリストが開拓した、ピアニストに最上位レベルの技術を要求する作品やその演奏技術のこと。大きな跳躍や速いトリルなど、演奏者の技量が試される要素が曲全体にちりばめられているのが特徴です。
候補6曲を横並びにすると見えてくる「難しさの種類」
作曲年で並べると、難曲は19世紀前半から20世紀初頭に集中する
「一番難しい曲」の候補として名前が挙がる曲を作曲年順に並べると、ほぼすべてが19世紀前半から20世紀初頭の間に収まります。ショパンのエチュードOp.10-2が1830年、リストの『ラ・カンパネラ』の最終版が1851年、イスラメイが1869年、スカルボが1908年、ラフマニノフの協奏曲第3番が1909年です。
この時期に難曲が集中したのは、ピアノという楽器が機構の面で成熟していく時期と、ピアニスト兼作曲家が自分の技術を誇示する作品を書いた時期が重なったためです。リストやショパン、バラキレフ、ラフマニノフはいずれも、自分自身が第一線のピアニストでした。自分の手で弾ける限界、あるいはその少し先を楽譜にしたからこそ、後世の演奏家にとっても高い壁になったのです。
下の表は、ピアノと音楽の教科書が各曲の作曲年・作品番号・演奏時間の目安・技巧の中心を公開資料から整理したものです。並べてみると、「難しさの中心」が曲ごとにまったく違うことがわかります。
| 曲名 | 作曲年・作品番号 | 演奏時間の目安 | 難しさの中心 |
|---|---|---|---|
| ショパン エチュード Op.10-2 | 1830年・Op.10-2(イ短調) | 小品 | 右手1・2指の重音と3〜5指の半音階の両立 |
| リスト『ラ・カンパネラ』 | 最終版1851年 | 約5〜7分 | 速い音と広い跳躍が最初から最後まで持続 |
| バラキレフ『イスラメイ』 | 1869年・Op.18(ニ短調) | 約7〜8分 | 緻密な和音進行と極度のピアニッシモ |
| ラヴェル『スカルボ』 | 1908年・M.55の第3曲 | 約6〜8分 | 急速な連打音・複雑なアルペジオ・オクターブ |
| ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 | 1909年・Op.30(ニ短調) | 40分以上 | 高速の和音、大きな手、長時間の持久力 |
| アルカン『スケルツォ・フォコーソ』 | Op.34(ロ短調) | ― | 速いテンポと頻繁な手の交差 |

数分の独奏曲と40分の協奏曲は同じ土俵で比べられない
表を見るとわかるとおり、演奏時間には大きな開きがあります。イスラメイは約7〜8分、スカルボは約6〜8分、ラ・カンパネラは約5〜7分ですが、ラフマニノフの協奏曲第3番は40分以上です。この差は、難しさの「種類」そのものを変えてしまいます。
数分の独奏曲では、瞬間的な技巧の密度が勝負になります。短い時間に極限のパッセージが詰め込まれていて、1か所でも崩れると曲全体の印象が壊れます。一方の協奏曲は、技巧の密度に加えて、40分以上にわたって集中力と体力を保ち続ける必要があります。さらに、オーケストラと音量やテンポを合わせるという、独奏にはない条件も加わります。
「イスラメイとラフマニノフの3番はどちらが難しいか」という議論が決着しないのは、そもそも比べている物差しが違うからです。100m走とマラソンのどちらが難しいかを問うようなもので、答えは何を重視するかで変わります。
難曲を比較する記事や動画を見るときは、独奏曲同士、協奏曲同士で比べているかどうかを確認してください。ジャンルをまたいだランキングは話題としては面白いのですが、自分の練習目標を決める材料としては使いにくいものです。
「めったに演奏されない」ことも難しさの証拠になる
難しさを測るもう一つの手がかりが、演奏される頻度です。アルカンの『スケルツォ・フォコーソ Op.34』は、演奏会で取り上げられる機会がきわめて少ない曲として知られています。
この曲は、速いテンポと頻繁な手の交差が要求される作品です。左右の手が何度も入れ替わりながら速いパッセージを弾くため、指の技術だけでなく、腕の軌道を正確にコントロールする空間把握の力が必要になります。バッハの影響、ロマン派の旋律、超絶技巧が融合した作品で、単純な楽想から超技巧へと展開していく構造を持っています。プロのピアニストでも弾きこなすのが極めて困難とされ、「ピアニスト泣かせの難曲」と呼ばれることもあります。
ここで注意したいのは、「有名な難曲」と「本当に弾かれない難曲」は別物だということです。ラ・カンパネラのように、難しいと言われながらも多くのピアニストが演奏会で取り上げる曲もあれば、アルカンのように難しすぎて知名度が上がりにくい曲もあります。知名度だけで難易度を判断すると、こうした曲を見落とします。
「一番難しい曲」を調べるなら、有名曲のランキングだけでなく、録音や演奏記録が少ない曲にも目を向けてみてください。演奏されない理由が「難しすぎるから」である曲は、候補として無視できません。

「世界一難しいピアノ曲」で検索すると、サイトごとに1位が違います。アルカンを挙げるところもあれば、リゲティ、ソラブジ、ラヴェルの「スカルボ」を挙げるところもある…
19世紀に「世界一」と呼ばれたイスラメイと、それに挑んだスカルボ

1869年9月に書かれた「東洋風幻想曲」の成り立ち
『イスラメイ』は、ロシアの作曲家ミリイ・バラキレフが1869年9月に作曲したピアノ曲です。正式なタイトルは「東洋風幻想曲」で、作品番号はOp.18、調性はニ短調です。翌1870年に出版され、1902年には改訂版も出ています。
イスラメイ(Wikipedia)によれば、この曲は演奏が困難な超絶技巧のピアノ曲として知られ、著名な音楽家たちが「史上もっとも演奏困難な曲」として言及してきました。初演はニコライ・ルビンシテインが務めています。名ピアニストのハンス・フォン・ビューローも、この曲を最難曲と言及したと伝えられています。
イスラメイの難しさを理解するうえで押さえておきたいのは、この曲が単に速いだけではないという点です。緻密な和音進行と、極度のピアニッシモ(非常に弱い音)の技術が同時に求められます。速く、しかも小さな音で、和音の響きを濁らせずに進む。この組み合わせが、演奏者の手を縛ります。
聴く立場でこの曲を楽しむなら、華やかな速いパッセージだけでなく、音量を落とした部分にも耳を傾けてみてください。速い部分より、静かな部分のほうが演奏者の技術の差がはっきり表れることがあります。
| 分類・正式タイトル | 独奏曲・東洋風幻想曲(ニ短調・Op.18) |
| 作曲・出版・改訂 | 1869年9月作曲、1870年出版、1902年に改訂版 |
| 難しさの中心 | 緻密な和音進行・極度のピアニッシモ・オシア(難度変更版)あり |
| 演奏時間・向いている聴き方 | 約7〜8分。速い部分と弱音部分の対比に注目すると難しさが見える |
作曲者本人が「手に負えない」と認めた箇所と、オシアの役割
イスラメイには、作曲者であるバラキレフ本人でさえ、自分の手に負えないパッセージがあると認めていたという話が伝わっています。バラキレフは超絶技巧のピアニストとしても名の通った人物でした。その本人が弾けない箇所を書いたというのは、作曲家が自分の手の限界の先まで楽譜にしたことを意味します。
この曲には「オシア」と呼ばれる難度変更版のセクションがあります。オシアとは、楽譜の本来の音形とは別に、代わりに弾いてもよい音形を併記したものです。多くの場合、原型より弾きやすい形が添えられています。作曲家自身が「ここはこちらでもよい」と逃げ道を用意しているのは、原型が一部の演奏者にとって物理的に不可能に近いことを、作曲家自身が理解していた証拠と読めます。
独学で難曲の楽譜を手に取った人がやりがちなのが、オシアの存在に気づかず、原型だけを弾こうとして行き詰まることです。楽譜の上段や小さな音符で書かれた別の音形は、読み飛ばさずに確認しておきましょう。
オシアを選ぶことは「手抜き」ではありません。作曲家が認めた正式な選択肢です。自分の手の大きさや技術に合った版を選び、音楽として成立させることのほうが、原型にこだわって崩れるよりも楽曲に誠実な判断です。
ラヴェルは1908年、イスラメイを「凌ぐ」曲として書いた
1908年に作曲されたラヴェルの『夜のガスパール』(M.55)は3曲から構成され、その第3曲が『スカルボ』です。ラヴェルはこの曲について、当時もっとも難しいとされたバラキレフのイスラメイをも凌ぐ演奏技巧が必要だと語っています。
つまりスカルボは、既存の「世界一」を明確に意識し、それを超えることを目標の一つに掲げて書かれた曲です。作曲家がライバル曲の名前を挙げて「これより難しい曲を書く」と意図したケースはめずらしく、このエピソードがスカルボを最難曲候補の常連にしている大きな理由です。夜のガスパール(Wikipedia)でも、この作品がラヴェルの全ピアノ作品の中で屈指の難易度を持つことが紹介されています。
「スカルボ」は、グロテスクな小妖怪が活発に動き回る様子を描いた曲です。急速な連打音、複雑なアルペジオ、難しいオクターブが連発し、現代のピアニストでも満足に弾くことが難しい作品とされています。
イスラメイとスカルボを聴き比べると、同じ「最難」でも方向性の違いがよくわかります。イスラメイが東洋風の旋律と和音の推進力で押していくのに対し、スカルボは音色と気配の変化で妖怪の動きを描きます。両方を続けて聴くと、「難しさ」が時代とともに質を変えていったことが実感できるはずです。
スカルボは「速いのに音を大きくできない」という矛盾を抱える
スカルボの難しさの核心は、速さと繊細な表現を同時に求められる点にあります。イスラメイと同じく、技術的な難度だけでなく、表現の繊細さも極度に要求されます。
なぜこれが難しいのか。ピアノは鍵盤を速く、強く押すほど大きな音が出る楽器です。速い連打やアルペジオを弾こうとすると、どうしても腕や指に勢いがつき、音量が上がりやすくなります。ところが、小妖怪が闇の中を動き回る情景を描くには、速さを保ったまま音量を抑え、気配のような音を出さなければなりません。指を速く動かす力と、音を小さく抑える制御が、逆方向に働くのです。
速い曲の練習でよくある失敗は、テンポを上げることに集中するあまり、音量のコントロールを後回しにすることです。速く弾けるようになってから弱音を練習しようとしても、すでに強い打鍵の癖が指に染みついていて、なかなか抜けません。
これはスカルボに限らず、どの曲にも当てはまる教訓です。速いパッセージを練習するときは、最初から「その速さで、指定された音量で弾けるか」をセットで確認してください。速さだけが先行していないかをチェックするのが、難曲に近づくための基本的な姿勢です。
リストとショパンの練習曲が「難曲の物差し」になった理由
ラ・カンパネラは1831年から1851年まで改訂が続いた
リストの『ラ・カンパネラ』は、一度に完成した曲ではありません。パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章のロンド『ラ・カンパネラ』をもとに、リストが何度も改訂を重ねた作品です。
ONTOMOの解説によれば、最初の版は1831年から1832年にかけて作曲され、1834年に「パガニーニの『ラ・カンパネラ』の主題による華麗なる大幻想曲」として出版されました。その後1838年に「パガニーニによる超絶技巧練習曲」の第3番として改訂され、最終的に1851年に「パガニーニによる大練習曲」第3番として完成しています。1838年版はパガニーニの協奏曲第1番・第2番の両方の主題を使っていましたが、1851年版は第2番のみをベースにしています。
意外と知られていないのが、この改訂の方向です。実は、リストは曲をより難しくするためではなく、弾ける人がいないほど難しかった版を「少し平易に修正する」ために改訂したのです。『パガニーニによる超絶技巧練習曲』は演奏が困難なほど難度が高く、これを修正した『パガニーニによる大練習曲』が必要になったと解説されています。いま演奏会で耳にするラ・カンパネラは、リスト自身が「弾けるように」手を入れた後の姿です。
楽譜を購入するときは、どの版なのかを確認しましょう。現在一般に演奏されるのは1851年の最終版ですが、曲名だけで楽譜を選ぶと、別の版や編曲版を手にしてしまうことがあります。
ダブルエスケープメントがなければ生まれなかった曲
ラ・カンパネラのような曲が成立した背景には、ピアノの機構の進化があります。細かく速い音と幅の広い跳躍が最初から最後まで続くこの曲は、同じ鍵盤を素早く連打できる仕組みがなければ、そもそも演奏できませんでした。
その仕組みが「ダブルエスケープメント」です。ピアノは鍵盤を押すとハンマーが弦を打ち、すぐに弦から離れることで音が響き続けます。以前の機構では、鍵盤が元の位置近くまで戻らないと次の打鍵ができませんでした。ダブルエスケープメントは、鍵盤が途中まで戻った段階で次の打鍵を可能にする機構で、これによって素早い連打が実現しました。ONTOMOの記事も、この発明が素早い連打を可能にしたからこそラ・カンパネラという名曲が生まれたと述べています。
ここから得られる実用的な教訓があります。連打や速いトリルが続く曲を練習するとき、楽器のアクションの状態は演奏のしやすさに直結します。調整が狂ったピアノや、アクションの構造が異なる楽器では、同じ指の動きでも連打の反応が変わります。
連打の練習でうまくいかないとき、原因を自分の指だけに求めるのは早計です。練習している楽器の鍵盤の戻り具合も、一度確認してみてください。楽器側の問題が見つかることもあります。
ダブルエスケープメント=鍵盤が完全に元の位置に戻る前に、次の打鍵ができるようにするピアノのアクション機構。同じ音の素早い連打を可能にし、ラ・カンパネラのような連打と跳躍が続く超絶技巧曲が生まれる土台になりました。
『超絶技巧練習曲』S.139の12曲は野心と楽器の進化の産物
リストの『超絶技巧練習曲』S.139は全12曲からなり、1851年に完成しました。1826年の練習曲集から、1837年の「大練習曲」を経て、現在の形になっています。
12曲の内訳は、第1番ハ長調「前奏曲」、第2番イ短調、第3番ヘ長調「風景」、第4番ニ短調「マゼッパ」、第5番変ロ長調「鬼火」、第6番ト短調「幻影」、第7番変ホ長調「英雄」、第8番ハ短調「狩り」、第9番変イ長調「回想」、第10番ヘ短調、第11番変ニ長調「夕べの調べ」、第12番変ロ長調「雪あらし」です(出典:超絶技巧練習曲(Wikipedia))。なかでも第12番「雪あらし」は、この曲集でもっとも難度の高い曲の一つに数えられます。
この曲集が難曲の物差しになった理由は、「練習曲」という名前でありながら、演奏会で聴かせる作品として書かれている点にあります。指の訓練のための反復ではなく、技巧そのものを音楽の表現に変える試みでした。1826年の若い頃の練習曲集と1851年の完成版を比べると、同じ素材がどれほど技巧的に拡大されたかがわかります。
曲集の中から最初に取り組む曲を選ぶなら、タイトルの有名さではなく、自分の苦手な技巧が含まれているかどうかで選ぶのが合理的です。12曲はそれぞれ要求する技巧が違うので、全曲を同じ難しさの塊として扱わないようにしましょう。
ショパンOp.10-2は「指の独立」を極限まで求める
ショパンのエチュード(練習曲)は全27曲あり、全音楽譜出版社の難易度で最上位の目安とされるほど、難曲の基準になっています。その中でも、Op.10の12曲で「もっとも難しい」と回答する人が多かったのがOp.10-2(イ短調)です。
この曲は1830年秋ごろに書かれ、11月2日に写譜者のサインがあります。右手の1と2の指で重音をとらえつつ、3・4・5の指で半音階をなめらかに操る必要があり、至難の業と言われています。なぜ難しいのか。人間の指は、薬指と小指が隣の指と腱でつながっていて、独立して動かしにくい構造になっています。Op.10-2は、その動かしにくい3〜5の指にだけ速い半音階を担当させ、動かしやすい1・2の指を和音の保持に回すという、指の独立性を真正面から問う設計です。
楽譜を見るとシンプルな音形に見えるため、「これなら弾けそう」と手を出して挫折する人が少なくありません。スコア上の見た目より、技術的な要求がはるかに高い曲です。
同じ全27曲の中には、3度の重音で進むことから「三度のエチュード」と呼ばれるOp.25-6や、「木枯らしのエチュード」Op.25-11も、最難関群として並びます。ショパンのエチュードに挑戦するときは、曲ごとに鍛える技巧が違うことを前提に、自分の課題に合った1曲から選んでください。
40分以上続く難しさ ラフマニノフ『ピアノ協奏曲第3番』
1909年のOp.30が「協奏曲の中で最も難しい」と言われる根拠
ラフマニノフの『ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30』は1909年に作曲された3楽章構成の作品で、ピアノ協奏曲の中で最も演奏が難しいと言われる曲の一つです。
難しさの根拠は、技巧・体格・持久力のすべてを同時に要求する点にあります。2オクターブほどの音階を高速の和音で弾かなければならないほどの箇所があり、大きい手と高度で高速なテクニック、すさまじいパワーが求められると解説されています。楽譜は「真っ黒」と表現されるほど音符が密集しており、ラフマニノフが持ち得るすべての技術と音楽を込めた作品とも言われます。
ここで見落としやすいのが、この曲が40分以上続くという事実です。独奏曲の最難関候補が数分から10分未満であるのに対し、この協奏曲は同じ密度の技巧を長時間にわたって維持しなければなりません。第1楽章で力を使いすぎると、終楽章で腕が動かなくなります。
この曲の難しさを理解するには、「どこが難しいか」だけでなく「どこで力を温存するか」という視点が欠かせません。聴くときも、終楽章に向かって演奏者がどのように体力を配分しているかに注目すると、この曲がほかの難曲と違う種類の壁であることが見えてきます。
献呈者ホフマンの逸話と、作曲者自身のカットをどう読むか
この協奏曲には、難しさを物語るエピソードがいくつか伝わっています。代表的なのが、献呈を受けたピアニストのヨゼフ・ホフマンがこの曲を演奏しなかったという話です。また、ラフマニノフ本人でさえ、カットして演奏していたとされています。
こうした逸話は、そのまま「作曲者も献呈者も弾けないほど難しい」と受け取られがちですが、慎重に読む必要があります。演奏しなかった理由やカットした理由には、曲の長さや演奏会の事情など、技巧以外の要因が絡んでいた可能性もあるからです。逸話はこの曲の難しさの「証左の一つ」として紹介されるものであり、単独で難易度を決める根拠にはなりません。
一方で、ウラディーミル・ホロヴィッツやヴァン・クライバーンといった不世出のピアニストたちがこの曲の演奏記録を残していることは、この曲が「弾ける人を選ぶ曲」であることを示しています。弾ける人が限られるからこそ、この曲を弾いたピアニストの名前が曲とセットで語り継がれてきたのです。
難曲にまつわる逸話を読むときは、「誰が、どの場面で、何をしたか」までを確認してください。逸話は曲への興味を広げてくれますが、練習目標を決める材料としては、技巧の中身のほうが信頼できます。
協奏曲には「オーケストラと合わせる」難しさが加わる
協奏曲が独奏曲と決定的に違うのは、演奏者が1人で完結しないという点です。ピアニストは自分の技巧をコントロールしながら、オーケストラの響きやテンポとも噛み合わせなければなりません。
独奏曲なら、難しい箇所でわずかにテンポを緩めても、音楽の流れとして処理できます。ところが協奏曲では、オーケストラが一定のテンポで進んでいるため、ピアノだけが勝手に遅くなると全体がずれてしまいます。さらに、大編成のオーケストラが鳴っている中でピアノの音を客席まで届けるには、独奏のとき以上の音量と音の芯が必要です。ラフマニノフの3番が「すさまじいパワー」を要求するのは、こうした構造上の理由もあります。
家で練習する段階では、この条件がなかなか見えません。録音に合わせて弾いてみて初めて、自分がテンポの揺れに頼っていたことに気づく、というケースは珍しくありません。
協奏曲を目標にするなら、独奏曲の練習とは別に、一定のテンポを崩さずに弾き通す練習を早い段階から組み込むのがコツです。メトロノームを使って、難しい箇所でもテンポを維持できるかを確認しておきましょう。
手が小さいと難曲は弾けない?9度と10度の境目
9度は約21.5cm、無理なく弾くには10度が目安とされる理由
手の大きさは、難曲を弾くうえで確かに制約になります。ピアノの鍵盤上で9度の距離は約21.5cmで、この距離はピアノの鍵盤の構造によって決まっています。
ピアノ教育者ヨーゼフ・ガートは、ピアノを無理なく弾くためには10度に届く手の大きさが必要で、すなわち211.5mmのスパンが必要だとしています。10度とは、たとえばドから1オクターブ上のミまでの距離です。オクターブ(8度)は1オクターブ+鍵盤1つ分の距離で、多くの人が届きますが、9度・10度になると個人差が大きく出ます。ラフマニノフの協奏曲第3番のように「大きい手」を要求する曲では、この差が演奏の可否に直結します。
ここで押さえておきたいのは、「10度に届かないと難曲は弾けない」という意味ではない点です。ガートの目安は「無理なく弾くため」の基準であり、届かない和音をどう処理するかについては、多くの演奏家が工夫を重ねてきました。
自分の手のスパンを知っておくことは、曲選びの判断材料になります。鍵盤の上で手を広げ、親指と小指がどの音まで届くかを確認してみてください。9度・10度の和音が頻出する曲かどうかを事前に楽譜で確認すれば、無理な選曲を避けられます。

ピアノを練習していて「先生に手の形を直されるけれど、なぜその形なのか説明されていない」「手が小さいからオクターブが届かない、もう諦めるしかないのか」「30分弾く…
オクターブは「開く力」と指先の支えで弾く
手の大きさの制約は、脱力・手首の柔軟性・回転の技術である程度まで補うことができます。手の大きさは制約要因ですが、テクニック次第で相当程度克服可能だとされています。
その基本となるのが、オクターブの弾き方です。不要な筋肉を使わず、指先の支えと手を開く力だけで弾くのがコツとされています。なぜかというと、オクターブを押さえるときに手のひら全体や前腕に力を入れると、手が固まって開きにくくなり、かえって届く距離が縮むからです。手を開く動作と、鍵盤を押し下げる動作を分けて考えることで、同じ手の大きさでも余裕が生まれます。
トリルについても同じ考え方が当てはまります。手首に力が入らないことが最重要で、動かしにくい薬指と小指のトリルは極力避けるのがよいとされています。運指を選べる箇所では、無理のない指の組み合わせを優先しましょう。
「届かない」と感じる和音に出会ったら、まず手首と前腕の力が抜けているかを確認してください。力を抜いた状態で届かない場合は、和音を下から素早く分散させて弾く、別の指使いを試すといった工夫で、音楽として成立させる方法を探します。
【失敗パターン①】届かない和音を力で押さえ続けてしまう
難曲に挑戦する大人の学習者に多い失敗が、手の大きさの限界を「力」で乗り越えようとすることです。届かない和音を毎回ぎりぎりまで手を広げて押さえ込み、その状態で速いパッセージを繰り返し練習してしまうパターンです。
原因は、「手が小さいのだから、もっと広げればいい」という発想にあります。手を限界まで広げた状態は、指や手首の周りの筋肉が常に緊張した状態です。この状態で速く弾こうとすると、音が硬くなるだけでなく、次の音への移動も遅れます。結果として、テンポも音色も崩れるという悪循環に陥ります。
対策は、届かない和音を「押さえ込む」のではなく、「処理する」と考えることです。和音を分散させる、オシアや別の指使いを選ぶ、手首を回転させながら移動するといった方法で、手を限界まで広げたままにしない工夫をします。演奏家の多くも、手の大きさに合わせて音の取り方を調整しています。
そして、練習中に手や腕に痛みを感じたら、その日の練習はそこでやめてください。痛みを我慢して続けるのは、上達とは別の問題を招きます。症状が続く場合は、自己判断せずに医療機関へ相談しましょう。
手を限界まで広げたまま速いパッセージを繰り返すと、筋肉が緊張し続けて音が硬くなり、移動も遅れます。届かない和音は「押さえ込む」のではなく、分散させる・指使いを変える・オシアを選ぶといった方法で「処理」するものと考えましょう。練習中に痛みが出たらそこで中止し、症状が続く場合は医療機関へ相談してください。
一番難しい曲を目標にするなら、練習の順番はこう組む
読者タイプ別:「一番難しい曲」とのちょうどいい距離の取り方
最難関の曲とどう付き合うかは、ピアノとの関わり方によって変わります。現在のテクニックと、弾きたい曲の難度がかけ離れないことが、挫折を避ける鍵だとされています。
聴いて楽しみたい人は、この記事で紹介した曲を、難しさの物差しを意識しながら聴き比べるのがおすすめです。イスラメイの弱音、スカルボの音色、ラ・カンパネラの跳躍、ラフマニノフの3番の体力配分と、聴きどころを決めて聴くと、演奏者ごとの違いが見えてきます。
大人になってから再開した人や独学の人は、最難関の曲そのものではなく、その曲の技巧の「一部」を含む中級〜上級の曲から近づくのが現実的です。たとえばラ・カンパネラの跳躍に憧れるなら、まずは跳躍を含む易しめの曲で腕の移動を練習します。
音楽大学や専門的な道を目指している学生は、ショパンのエチュードやリストの練習曲のように、全音の最上位の目安とされる曲を一つずつ積み上げていくのが王道です。いずれの立場でも、今の自分と目標の曲との距離を測ることから始めてください。距離が大きすぎる曲をいきなり選ぶと、練習の大半が「弾けない時間」になってしまいます。
ハノン第39番で「均等な音」と「脱力」の土台を作る
超絶技巧曲に近づくための準備段階として、ハノンの練習、とくに全調のスケールを扱う第39番で、均等な音と脱力を身につける方法があります。
なぜスケールが土台になるのか。最難関の曲に共通する技巧、たとえば速い音階、指くぐり、指の独立は、すべてスケールの中に含まれているからです。全調のスケールを弾くと、白鍵だけの調と黒鍵が多い調で、指の置き方や手の角度が変わることを体で覚えられます。ショパンのOp.10-2で問われる「弱い指で速く弾く力」も、スケールで各指の音量をそろえる練習の延長線上にあります。
ここでよくあるつまずきは、スケールを「速く弾く」ことを目標にしてしまうことです。スケールの目的は速さではなく、どの指で弾いても同じ音量・同じ音色になることと、余計な力が入っていないことを確認することにあります。速さを追うと、弱い指の音が抜けたまま癖として定着してしまいます。
練習の見極めとしては、ゆっくりのテンポで全部の音が同じ粒の大きさに聞こえるかを、録音して確認するのが確実です。均等に聞こえるようになってから、少しずつテンポを上げていきましょう。
難曲は「分解」してから組み立て直す
難しい曲を習得するときの基本は、曲を小さな単位に分解し、片手ずつ、遅いテンポで、段階的に組み立てていくことです。段階ごとに右手と左手を分けて練習し、その次に両手を組み合わせることが、難しい曲を習得する重要な手順だとされています。
全体の流れは、目標設定、全体の把握、基礎練習、セクション練習、通し練習、そして反省と次の目標の設定という順番で進みます。ここで大切なのが、速さより正確さを優先し、正確に弾けるようになってから徐々に速度を上げる原則です。さらに、各セクションの練習の終わりには、次のセクションの冒頭まで弾いて、音楽的なつながりを意識します。セクションの切れ目で音楽が途切れる癖を防ぐためです。
この手順で進めると、難しい箇所とそうでない箇所の練習時間に自然と差がつきます。全体を何度も通すより、弾けない場所に時間を集中させるほうが、同じ練習時間でも前に進みます。
【失敗パターン②】通しで弾き続けてテンポだけを上げてしまう
難曲の練習でもう一つ多い失敗が、毎回曲の最初から通して弾き、慣れてきたらテンポを上げる、という練習を繰り返すことです。最初は順調に見えますが、ある時点から同じ箇所で必ず崩れるようになり、そこから抜け出せなくなります。
原因は二つあります。一つは、通し練習では弾ける部分を何度も弾き、弾けない部分は1回しか練習しないという偏りが生まれることです。もう一つは、正確さが固まる前にテンポを上げると、崩れた指の動きそのものが「正しい動き」として記憶されてしまうことです。テンポを上げるほど、間違った動きが強化されていきます。
対策は、崩れる箇所を切り出し、正確に弾けるテンポまで落としてから練習し直すことです。崩れる箇所の少し手前から始め、少し先まで弾いて止める練習を重ねます。テンポは一気に戻さず、確実に弾けるテンポから少しずつ上げていきます。
毎回最初から通して弾く練習は、弾ける部分ばかり繰り返し、崩れる部分の練習量が不足します。崩れた動きのままテンポを上げると、その動きが癖として定着します。同じ箇所で止まるようになったら、その箇所だけを切り出し、正確に弾けるテンポまで落としてやり直しましょう。
通し練習は、各セクションが正確に弾けるようになってからの「確認」の段階で行うものです。通しで弾いて崩れた箇所があれば、そこをまたセクション練習に戻す。この往復こそが、難曲を仕上げていく練習の本体です。
まとめ
「一番難しい曲」を知ることは、自分がどの種類の難しさに惹かれているのかを知ることでもあります。まずは今回紹介した6曲のうち気になった1曲を聴き、その曲の難しさが速さ・跳躍・持久力・表現のどれにあるのかを言葉にしてみてください。それが、その技巧を含む少し易しい曲を探す最初の手がかりになります。遠い目標の曲を「分解できる地図」に変えられれば、練習の方向はぶれなくなります。
※難易度表記は出版社や版によって異なるため、楽譜を選ぶ際は各出版社の公式表記をご確認ください。

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