ショパンのノクターンを順番に眺めていくと、多くの曲は「中級で手が届く」と書かれています。ところが第13番ハ短調Op.48-1にたどり着いた途端、資料の表記が「上級」に切り替わります。音符の数がとくに多いわけでもなく、指がもつれるような速いパッセージが全編に並んでいるわけでもないのに、なぜこの曲だけ壁として扱われるのでしょうか。
結論から言うと、この曲の難しさは「音符を追う難しさ」ではなく「音を積む難しさ」に寄っています。ある難易度資料では、総合難易度が10段階で☆8とされる一方、内訳は楽譜(譜読み)が☆6、表現が☆9.5と大きく開いています。つまり譜面を読む作業は中級の延長でも、それを音楽として成立させる部分に上級の要求が集中しているということです。
この記事では、ハ短調・Lento・4分の4拍子・全77小節という骨格の確認から始めて、三部形式ABA’の3つの場面でそれぞれ何が起きているのか、独学で止まりやすい4か所はどこか、そして楽譜はどの版を選べばよいのかを、出版社公式と難易度資料の表記に沿って整理します。「弾けるか弾けないか」ではなく「どこが重いのか」を先に知っておくと、練習の順番が変わります。
・ハ短調Op.48-1の基本データ(1841年作曲・全77小節・演奏時間5分10秒〜6分30秒)
・21曲のノクターンのうち上級とされる2曲の正体と、中級19曲との差
・三部形式ABA’を3つの場面として読み解く方法とDoppio movimentoの意味
・楽譜3種(全音1,760円/ナショナル・エディション3,520円/コルトー版2,750円)の使い分け
ショパンノクターン13番はどんな曲か|ハ短調・Lento・全77小節の設計図

4分の4拍子・Lento・77小節という、意外にコンパクトな骨格
まず数字を押さえます。第13番はハ短調、テンポ指示はLento(緩く)、拍子は4分の4拍子で、全体は77小節です。構造は三部形式(A–B–A’)で、静かな導入から始まり、中間で厚みを増し、再び主題が戻ってくるという流れになります。
77小節という数字は、ノクターンとして特別に長いわけではありません。ここが誤解を生みやすいところで、「上級」と聞くと譜面が何十ページも続く大曲を想像しがちですが、この曲はページ数で圧倒してくるタイプではないのです。にもかかわらず難度が高いとされるのは、1小節あたりに入っている情報量、とくに和音の数と声部の数が多いからです。
具体的には、右手が旋律を歌いながら同時に和音の一部を担い、左手も単純な伴奏形ではなく低音と和音の両方を受け持つ場面が続きます。1つの鍵盤を押す動作に「旋律として鳴らす役割」と「和声を支える役割」が同居するため、音符の数だけを数えて難易度を見積もると実態から外れます。
練習のコツとしては、譜読みの段階で「この音は歌う音か、支える音か」を鉛筆で書き分けておくことです。この仕分けができていないまま両手で通し始めると、後述する「音が団子になる」問題に直結します。
作曲は1841年、出版年が国ごとにずれている理由
作曲年は1841年です。出版はパリで1841年、ライプツィヒとロンドンでは1842年と、地域によって年がずれています。パリでの初版出版社はMaurice Schlesingerです。
なぜ年がずれるのか。当時の作曲家は、各国の出版社と個別に契約して同じ作品を並行して出すのが一般的でした。国境をまたいだ著作権保護の仕組みが整っていなかったため、フランス・ドイツ・イギリスでそれぞれ現地の出版社から出すことが、権利と収入を守る現実的な手段だったのです。結果として「作曲年」「パリ初版年」「ライプツィヒ初版年」という3つの年号が資料に併記されることになります。
これは単なる雑学ではなく、楽譜選びに直接関わります。各国の初版は、ショパン自身の手が入った校正の度合いが同じではなく、スラーやアクセントの位置、音符そのものが食い違う箇所が生まれます。現代の原典版が「どの資料を優先したか」を解説で明記しているのは、このずれを整理するためです。
資料に「1841年」と「1842年」の両方が出てきても矛盾ではありません。どちらの数字を指しているのかを確認してから引用しましょう。
「ローラ・デュペレ嬢」に献呈された作品という記録
この作品はローラ・デュペレ嬢(Mlle. Laure Duperré)に献呈されています。ショパンの作品はほぼすべてに献呈先があり、弟子、パトロン、親しい友人など、その相手の顔ぶれから当時の交友関係が見えてきます。
ただし、献呈相手について確認できる情報は限られています。ピアノ曲の解説では献呈相手のエピソードが物語として語られがちですが、出所のはっきりしない逸話が繰り返し引用されて既成事実化するケースが多いジャンルでもあります。当サイトでは、楽譜に記された献呈の記録以上のことは書きません。
演奏上の実益として意識しておきたいのは、Op.48が2曲セット(第13番ハ短調と第14番)で出版された作品であり、献呈もセット単位でなされている点です。第13番だけを孤立した1曲として見るのではなく、対になる曲との性格の違いを踏まえると、この曲がなぜここまで重く書かれているのかが見えやすくなります。
なお、作品番号の表記は資料によって「Op.48-1」「Op.48 No.1」と揺れます。どちらも同じ曲を指すので、楽譜を探すときは両方で検索してみてください。
演奏時間5分10秒〜6分30秒という幅が示すもの
演奏時間の目安は5分10秒〜6分30秒とされています。77小節の曲でこれだけの幅が出るのは、この曲のテンポ設計が演奏者の判断に大きく委ねられていることの裏返しです。
理由は指示の書き方にあります。冒頭はLentoという語による指示で、具体的な数値でテンポが固定されているわけではありません。さらに三部形式の第3部では速度が切り替わるため、「どのくらい遅く始めるか」「切り替わり後をどこまで動かすか」の2つの選択が、全体の長さを左右します。
初めて取り組む人がやりがちなのは、録音で耳になじんだ演奏の長さに合わせようとして、自分の手が処理できない速さを冒頭から選んでしまうことです。6分30秒側の遅めのテンポは、決して「遅いから簡単」ではありません。遅いほど1音1音の音色と減衰が露出するため、むしろごまかしが効かなくなります。
練習のコツは、まず自分が和音のバランスを聴き取れる速さを見つけ、そこを基準にすることです。演奏時間は結果として決まる数字であって、最初に合わせる目標ではありません。
| 作品番号・調 | Op.48-1/ハ短調(C minor) |
| 作曲年・出版年 | 作曲1841年/パリ1841年、ライプツィヒ・ロンドン1842年 |
| 形式・規模 | 三部形式(A–B–A’)/全77小節/4分の4拍子/Lento |
| 難易度の表記 | 総合は10段階で☆8(楽譜☆6・表現☆9.5)/ヘンレ社の区分では7(上級) |
| 演奏時間・献呈 | 5分10秒〜6分30秒/ローラ・デュペレ嬢に献呈 |
| 向いている人 | 和音のバランスと音色づくりに取り組みたい上級者/ノクターンを中級で複数曲仕上げた人 |

ショパンノクターン13番の難易度は21曲の中で上位|「7」という数字の読み方
総合は10段階で☆8、内訳は楽譜☆6と表現☆9.5
難易度資料での表記を整理すると、この曲の総合難易度は10段階で☆8です。ただし内訳を見ると、楽譜(譜読み)の難度が☆6、表現の難度が☆9.5と、両者が大きく離れています。さらにドイツのヘンレ社が付けている難易度区分では7(上級)とされています。
なぜ内訳が割れるのか。譜読み側の要素、つまり調号の数、音符の細かさ、リズムの複雑さといった「読み取る作業の重さ」は、中級の曲集で扱う範囲からそこまで離れていません。一方で表現側の要素、つまり音量の階層づけ、和音内のバランス、テンポの伸縮、音色の変化は、この曲のほぼ全編で要求されます。
この構造は、独学者にとって厄介です。譜読みが☆6ということは、時間をかければ「音は並ぶ」のです。並んだ時点で「弾けた」と判断してしまうと、表現☆9.5の領域に一歩も入っていない状態で先へ進むことになります。逆に言えば、この曲は譜読み完了が練習のスタートラインという珍しいタイプの曲です。
見極め方として、通して弾けるようになった段階で録音を聴き、旋律線が和音に埋もれていないか、強音の箇所で音が割れていないかを確認してください。ここで違和感が残るなら、まだ表現側の作業が残っています。
中級19曲と上級2曲を分けているものは何か
ショパンのノクターンは全21曲あり、ほぼ全曲が中級レベル(難易度5〜6)に分類されています。例外は2曲のみで、第3番(Op.9-3)と第13番(Op.48-1)が7(上級)として扱われています。つまり19曲が中級、2曲が上級という分布です。
ここで押さえておきたいのは、上級の2曲が「速いから難しい」わけではないという点です。ノクターンという曲種は、そもそも夜想曲として歌う旋律を中心に据えており、指の速度勝負ではありません。それでもこの2曲が抜け出るのは、曲の規模が大きく、音の層が厚くなり、途中で性格が大きく変わるためです。
第13番は21曲の中でもスケールが大きく、格調の高い曲想で書かれた円熟期の作品とされています。静かな導入から、重く積み上がる和音、そして雷鳴のような激しさへと発展していく流れは、短い音楽劇を思わせる作りです。1曲の中で「歌う」「積む」「うねる」を全部やらされるため、どれか1つが苦手だと途端に崩れます。
選曲の判断材料としては、中級の19曲で「歌う」ことに十分慣れているかどうかが分岐点になります。旋律を保ちながら左手の和声を薄く鳴らす操作が安定していないうちにこの曲に入ると、練習時間の大半が音量調整だけで消えていきます。

「ショパンのノクターンを弾いてみたいけれど、自分の実力で手が届くのかがわからない」——ピアノを再開した大人の学習者から、この種の質問がいちばん多く出ます。楽譜売…
コンクールでの位置づけと、級表記を読むときの注意
資料では、この曲がピティナ・ピアノコンペティションの特級という上位の階級や、ヤマハのグレードで上位の難度帯に置かれる曲として扱われています。つまり「趣味で弾く上級曲」ではなく、競技の場でも上位カテゴリの選曲になり得る曲です。
ただし、コンクールの課題曲や級区分は年度ごとに更新されます。ここで紹介している位置づけは2026年時点の資料に基づく目安であり、実際に出場を検討する場合は、その年度の要項を主催者公式で確認する必要があります。課題曲の指定範囲、演奏時間の上限、使用できる版の指定などは、年度によって条件が変わる部分です。
もう1つ注意したいのは、難易度表記の出どころが複数あることです。出版社の級表記、海外出版社の難易度区分、コンクールの階級は、それぞれ別の基準で作られています。「☆8」と「7(上級)」は別の尺度の数字なので、足したり平均したりして語ることはできません。
記事や動画で難易度が語られるときは、どの基準の数字なのかを確認する習慣をつけておくと、選曲の判断がぶれなくなります。
| 項目 | 第13番 Op.48-1 | 第3番 Op.9-3 | その他の19曲 |
|---|---|---|---|
| 難易度区分 | 7(上級) | 7(上級) | 5〜6(中級) |
| 主に求められる力 | 和音の層を弾き分ける力、性格の切り替え | 規模の大きい構成を保つ力 | 旋律を歌わせる力、左手の伴奏形 |
| 曲の規模 | 全77小節・5分10秒〜6分30秒 | 21曲の中でも大きめ | 小規模〜中規模が中心 |
| 位置づけ | 円熟期の作品。コンクールの上位階級でも選曲される | 初期作ながら上級扱い | 中級の学習曲として扱われる |
※難易度資料および出版社の表記をもとに、ピアノと音楽の教科書が整理(2026年時点)
音符は読めるのに音楽にならない|「表現☆9.5」の正体

実は難しいのは速さではなく、音の積み方
意外と知られていないことですが、この曲で最初に詰まるのはテンポではありません。ゆっくり弾いてもうまくいかない、という壁の方が先に来ます。原因は、同時に鳴らす音の中で「どれをどのくらいの音量で鳴らすか」という設計がされていないことです。
ピアノは、1つの鍵盤から出る音の大きさを打鍵の速さでしか変えられません。和音を5つの音で弾くとき、5本の指がそれぞれ違う速度で鍵盤に入らないと、音量差は生まれません。指を同時に下ろせば同時に音は出ますが、それは「バランスが取れている」ことを意味しないのです。
この曲では、旋律が和音の上声に置かれ、その下に和声を埋める音が重なる場面が繰り返し現れます。全部の音を均等に鳴らすと、旋律が和音の中に沈み、曲全体がぼんやりした塊に聞こえます。表現が☆9.5と評価されるのは、この操作を77小節のあいだ継続する必要があるためです。
練習では、和音の中の旋律音だけを取り出して歌い、次に旋律音を残したまま他の音を「触るだけ」で鳴らす、という順番で組み立てます。ここが通れば、テンポを上げる作業は後から追いつきます。
よくある失敗①「速さで盛り上げる」と激しさが薄くなる
独学で多いのは、曲の後半の高まりをテンポの加速で作ろうとする失敗です。楽譜には音を厚くする指示や声部を増やす書き方で高まりが設計されているのに、それを読み取らずに速度で代替してしまうパターンです。
この方法を取ると、音の減衰を聴く余裕がなくなり、和音が前の響きに重なって濁ります。結果として音量は上がっているのに輪郭がぼやけ、聴いている側には「うるさいが盛り上がっていない」状態として届きます。雷鳴のような激しさは、速さではなく低音の支えと和音の厚みから生まれます。
対策は、高まりの区間だけをテンポを上げずに練習し、「音量だけ」で階段を作れるか確かめることです。同じテンポのまま、弱い和音から強い和音までの段差を3段でも作れれば、そこにテンポの伸縮を足したときに説得力が出ます。逆にテンポを上げないと盛り上がらないなら、音量の設計が足りていないという診断になります。
和音は「縦を揃える」だけでは足りない
和音練習の目標として「縦を揃える」はよく語られますが、この曲ではそれは出発点にすぎません。揃った上で、内声を薄く、旋律を明るく、低音を深く鳴らすという役割分担が必要になります。
理由は和声の組み立て方にあります。中間部のようにコラール風の和音が連なる場面では、和音の1つ1つが独立した色を持っています。すべてを同じ音量で並べると、和音の進行によって生まれる緊張と解決が聞き分けられなくなり、ただの伴奏に聞こえてしまいます。
つまずきの具体例としてよくあるのが、右手の小指が旋律を担当しているのに、親指側の音が強く出てしまうケースです。手の構造上、親指は重さが乗りやすく、小指は支えが弱くなります。そのまま弾くと、旋律ではなく内声が目立つ逆転した響きになります。
注意点として、小指を「強く叩く」方向で解決しようとすると手首が固まります。小指側に腕の重さを移動させ、親指側は鍵盤に触れる面積を減らす、という重心の移動として考えると無理がありません。
この曲の難しさは譜読み(☆6)ではなく表現(☆9.5)に偏っています。音が並んだ時点は完成ではなく練習の開始点で、ここから「和音の中のどの音をどれだけ鳴らすか」を決める作業が始まります。テンポを上げるのは、その設計が固まった後です。
三部形式A–B–A’を3つの場面として読み解く
第1部:単旋律に近い主題と、歩くように進む低音
冒頭は静かな導入から始まります。旋律は装飾の少ない形で提示され、左手は和音を分散させずに、拍を刻むように支えます。三部形式のAにあたるこの部分は、音の数が最も少なく、だからこそ1音の質がそのまま露出します。
Lentoという指示のもとで遅く弾くと、1音を鳴らしてから次の音までの間に音が減衰していきます。旋律をつなげて聴かせるには、次の音を前の音の残響と同じくらいの音量で始めるか、わずかに強く始める必要があります。これを意識せずに弾くと、旋律が点の連続になり、歌になりません。
ここでのつまずきは、左手の和音が旋律より大きくなることです。左手は支えなので、旋律より一段下の音量に置きます。両手で弾く前に、左手だけを「聴こえるが目立たない」音量で通す練習をしておくと、後の場面でも同じ耳の基準が使えます。
見極め方は、録音して旋律だけを口でなぞれるかどうかです。なぞれない箇所は、左手が勝っているか、旋律が途切れています。
中間部:同主調のハ長調に転じ、和音のコラールからオクターヴへ
中間部(B)では、ハ短調から同主調のハ長調に転じ、和音が連なるコラールのような書き方に変わります。ここが第1部との対比になり、曲の性格が切り替わります。
ハ短調とハ長調は主音が同じで、調号だけが入れ替わる関係です。同じ「ド」を中心に持ちながら、長三度と短三度の差だけで明暗が切り替わるため、転調が唐突に聞こえません。この仕組みを理解しておくと、切り替えの瞬間に音色をどう変えるべきかが考えやすくなります。
中間部では和音の密度が上がり、やがてオクターヴの動きが加わって厚みを増していきます。ここで問題になるのは手の疲労です。和音を連続して押さえ続けると前腕が張り、音がすべて同じ強さになります。疲労は表現の幅を直接削ります。
対策は、和音を押さえた直後に力を抜く「保持しない」練習です。鍵盤を底まで押し込んだあと、音を保つために必要な最小の力まで緩めます。ペダルで音を保つ場面では、指の力はさらに減らせます。
第3部:Doppio movimentoで戻ってくる主題
第3部(A’)では主題が戻ってきますが、そのまま繰り返されるわけではありません。楽譜には「Doppio movimento(倍の速さで)」と記され、伴奏が三連符のうねりに変わって主題を包みます。同じ旋律が、まったく違う景色の中で再登場するわけです。
この書き方があるため、この曲は単純な「ゆっくりした夜想曲」に収まりません。静かな導入、重く積み上がる和音、そして雷鳴のような激しさへと発展する流れは、短い音楽劇を連想させると評されます。三部形式という枠に、性格の大きな変化が押し込まれているのです。
よくあるつまずきは、Doppio movimentoを「とにかく速く」と解釈して、三連符が刻みの練習のようになってしまうことです。速さの指示は、主題を消してよいという指示ではありません。伴奏が動いても主役は旋律のままです。
練習では、三連符を和音のかたまりに置き換えて(つまり3音を同時に鳴らして)旋律との音量バランスだけを先に決め、その後で分散させると、うねりの中でも旋律が沈みません。
Doppio movimento(ドッピオ・モヴィメント)=「倍の動きで」を意味するイタリア語の速度指示。直前のテンポに対して2倍の速さに切り替えることを示します。数値でテンポが指定されるのではなく「直前との比」で示されるため、前のテンポを速く取りすぎると、切り替え後に手が回らなくなります。
同主調=主音が同じで長短が入れ替わる関係の調。ハ短調に対するハ長調がこれにあたり、調号だけが差し替わります。
止まりやすいのはこの4か所|手・ペダル・力みの原因を切り分ける
左手の跳躍で旋律が途切れる
第1部の左手は、低音を鳴らしてから和音へ移動する形が繰り返されます。この移動距離が広く、目で追いながら弾こうとすると、その間に右手の旋律が止まります。ピアノで両手の動作が干渉する典型的な場面です。
原因は、左手の移動を「見て確認する動作」として処理していることです。鍵盤の位置を視覚に頼ると、右手の旋律から注意が離れ、旋律側のテンポが揺れます。移動は手の感覚で覚える対象であり、見て探す対象にしないのが基本です。
練習では、左手だけを目を閉じて弾き、着地できたかを音で判断します。外した場合は距離を測り直すのではなく、移動の出発点となる手の向きを見直します。手首を進行方向に少し先回りさせておくと、届く距離が変わります。
注意点として、跳躍が安定しないうちに両手でテンポを上げると、右手の旋律の方が犠牲になります。左手が音だけで着地できるようになるまでは、両手のテンポは上げない方が結果的に早いです。
三連符が「刻み」になり、うねりが消える
第3部の三連符は、伴奏としてうねりを作る役割を持っています。ところが1音1音を均等に打鍵すると、機械的な刻みになり、旋律を支えるどころか邪魔をします。
原因は、指だけで三連符を処理していることです。3音を1つのまとまりとして腕の動きに乗せると、まとまりの頭にわずかな重みが乗り、残りは軽く流れます。この重み方のムラがうねりになります。指を独立して速く動かす練習だけでは、この形にはなりません。
つまずきの見分け方は、三連符を弾いているときに前腕が固まっているかどうかです。固まっているなら、指の運動として処理しています。腕がわずかに揺れているなら、まとまりとして乗せられています。
練習では、三連符の頭の音だけを取り出して弾き、その流れが自然な波になるテンポを見つけます。そこに残りの2音を戻すと、速さを上げなくてもうねりが出ます。
ペダルで和音が濁る
この曲では和音の厚みが響きの要になるため、ペダルを踏み続けたくなります。しかし和音が変わる瞬間に踏み替えないと、前の和音の音が残り、次の和音と混ざって濁ります。とくに低音域は減衰が遅く、濁りが目立ちます。
理由は単純で、ダンパーペダルは弦の振動を止める仕組みを解除するだけの装置だからです。「響きを足す」のではなく「止めない」機能なので、踏んだままなら鳴らした音は全部残ります。和声が動く曲では、踏み替えの位置が和声の切り替わりと一致していなければなりません。
独学で多い失敗は、踏み替えを「和音と同時」にしてしまい、一瞬前の音が切れて響きが途切れるパターンです。和音を弾いた直後に踏み替えると、響きがつながります。弾いてから踏む、という順番が基本です。
確認方法は、ペダルを踏まずに和音進行を通してみることです。ペダルなしで濁らないなら、濁りの原因はペダル側にあります。ペダルなしでも濁るなら、指が鍵盤を離すタイミングの問題です。

ペダルを踏んだ瞬間、それまで整っていた音が急に濁って聞こえる。逆に、濁らせないようにと気をつけて踏むと、今度は音がブツブツ途切れてつながらない。独学でピアノを弾…
よくある失敗②腕の力で強音を出して音が割れる
2つ目の典型的な失敗は、曲の頂点で音量を稼ぐために腕から力を打ち込み、音が割れてしまうことです。ピアノは打鍵の速度で音量が決まるため、鍵盤が底に着いた後の力は音に変換されません。余った力は手と腕に残ります。
この状態では、音量の上限に早く到達してしまい、それ以上の階段を作れません。加えて、力んだ手からは音色の変化が出せないため、強い箇所がすべて同じ響きになります。頂点の説得力が落ちるのは、音量不足ではなく音色の単一化が原因です。
対策は、鍵盤が底に着いた瞬間に力を抜く動作をセットで覚えることです。腕の重さを落として、着地したら支えるだけにします。厚い和音では、指先を固め、肘から先を一体で使うと、少ない力で音量が出ます。
なお、練習中に手や腕の痛みや違和感が出た場合は、その日の練習を中断してください。痛みが続く場合は自己判断で練習を続けず、医療機関に相談しましょう。上級曲では力みが慢性化しやすく、痛みを我慢して弾き続けるメリットはありません。
音が濁る・旋律が沈む・頂点で音が割れるという3つの症状は、原因が別々です。濁りはペダルと指離しのタイミング、旋律が沈むのは和音内のバランス、割れるのは打鍵後の力み。症状をまとめて「まだ実力不足」と片づけると、練習の方向が決まりません。1つずつ切り分けてください。
楽譜はどれを買うか|3つの版の中身と実額を比べる
全音楽譜出版社「ノクターン集[遺作付]」(1,760円)
ノクターンをまとめて手元に置きたい場合の基本になるのが、全音楽譜出版社の「ノクターン集[遺作付]」です。定価は1,760円(税込)、B4判112ページ、ISBN978-4-11-110092-7で、解説は上代万里江が担当しています。全音ピアノライブラリーの1冊です。
収録はノクターン全21曲に遺作2曲を加えた計23曲で、Op.9からOp.72および遺作(ハ短調、嬰ハ短調)までを1冊で通せます。公式の紹介では「ショパンの特色を最も著しく現している曲集で、その感傷的な旋律の美しさはピアノ曲中随一」とされています。
この版が向いているのは、第13番だけでなく中級の19曲も並行して見たい人です。上級2曲に入る前後で他の曲を参照できるのは、難易度の差を自分の手で確かめるうえで実用的です。1冊で完結する点は、譜面台の上を散らかさないという地味な利点もあります。
注意点が1つあります。この曲集には遺作のハ短調も入っているため、目次で「ハ短調」を探すと第13番と遺作が両方出てきます。作品番号(Op.48-1)で確認してから開く習慣をつけてください。詳細は全音楽譜出版社の商品ページで確認できます。
ナショナル・エディション日本語版(3,520円)
原典版で取り組みたい場合の選択肢が、全音楽譜出版社のナショナル・エディション日本語版です。定価は3,520円(税込)、菊倍判144ページ、収載18曲で、Op.9、15、27、32、37、48、55、62を含みます。第13番が属するOp.48は収録範囲内です。
この版は、ショパンの自筆譜をはじめとするあらゆる資料を精査して編纂された原典版で、ポーランドの国家事業として1960年より進められたエキエル版の日本語化です。ショパン国際コンクールの推奨楽譜としても採用されています。校訂はヤン・エキエル、日本語版監修は加藤一郎で、発売日は2023年2月15日です。
日本語版の特色は、演奏上の留意点とショパン楽譜の原資料に関する研究内容が、ポーランド語最新版から翻訳されている点です。前述のように第13番は初版の出版地が分かれた作品なので、資料間の食い違いをどう判断したかが読めることは、解釈を自分で組み立てるうえで直接役立ちます。
向いているのは、コンクールや発表会で人前に出す人、そして「なぜこの音・このスラーなのか」を根拠つきで知りたい人です。収載が18曲なので、ノクターン全曲を1冊で持ちたい用途には向きません。内容はヤマハの楽譜販売ページに記載があります。
コルトー版 第2集(2,750円)
3つ目の選択肢は、全音楽譜出版社のコルトー版 第2集です。定価は2,750円(税込)、ISBN978-4-11-180073-5で、監修はアルフレッド・コルトー。含まれる作品はOp.37、48、55、62で、第13番はこのOp.48に含まれます。
コルトー版の性格は原典版とは異なり、20世紀を代表するピアニストの1人であるコルトーによる指導と解釈が書き込まれた実用版です。運指や練習の指示が載るため、「どう弾くか」の具体案を先に受け取れます。原典版が資料の提示に徹するのに対して、こちらは読み手に踏み込んだ提案をする版です。
使い分けの実例を挙げると、原典版で音そのものを確認し、コルトー版で練習の切り口を参照する、という併用が理屈に合います。逆に、初めて上級のノクターンに取り組む段階で解釈入りの版だけを頼ると、書かれた指示をなぞる作業になりがちです。
注意点として、実用版の書き込みは「唯一の正解」ではありません。版による指示の違いは、演奏の可能性の幅として受け取るのが妥当です。収録内容は全音楽譜出版社の商品ページで確認できます。
| 項目 | ノクターン集[遺作付] | ナショナル・エディション日本語版 | コルトー版 第2集 |
|---|---|---|---|
| 税込価格 | 1,760円 | 3,520円 | 2,750円 |
| 収載曲 | 全21曲+遺作2曲(計23曲) | 18曲(Op.9、15、27、32、37、48、55、62) | Op.37、48、55、62 |
| 判型・ページ | B4判112ページ | 菊倍判144ページ | ISBN978-4-11-180073-5 |
| 校訂・解説 | 上代万里江(解説) | ヤン・エキエル(校訂)/加藤一郎(日本語版監修) | アルフレッド・コルトー(監修) |
| 向く用途 | 全曲を1冊で通したい人 | 原典版で解釈を組みたい人・コンクール対応 | 運指や練習の切り口を参照したい人 |
※各出版社・販売元の公式商品ページの記載をもとに、ピアノと音楽の教科書が整理(2026年時点)
挑戦する前に確認したい条件と、練習の組み立て方
前提はCzerny Op.30修了程度以上という目安
資料では、この曲に取り組む前提条件として、ツェルニーOp.30(30番練習曲)を修了した程度以上、理想的にはOp.40からOp.50のレベルが挙げられています。あくまで目安ですが、なぜその線が引かれているのかを理解しておくと役に立ちます。
ツェルニーの練習曲が担っているのは、指の独立と、両手が別々の動きをしても崩れない安定性です。この曲の第3部では、片方の手が三連符のうねりを刻みながら、もう一方が旋律を歌います。この分業ができる土台がないと、音を並べるだけで練習時間が尽きます。
ただし、練習曲の番号を消化すれば弾けるようになる、という単純な話ではありません。この曲の難所は表現側に寄っているため、機械的な指の訓練だけでは埋まらない部分が残ります。前提条件は「必要条件のひとつ」であって、十分条件ではないと考えてください。
判断材料としては、中級レベルのノクターンを1曲、旋律を歌わせた状態で仕上げられるかを試すのが実際的です。そこが通るなら、上級の2曲に向かう準備が整っています。
先に通っておきたいのは中級19曲の使い方
21曲のうち19曲は中級(難易度5〜6)に分類されます。この19曲は「格下の曲」ではなく、第13番で必要になる要素を分けて練習できる教材として使えます。
理由は、ノクターンという曲種が共通の課題を持っているからです。右手が旋律を歌い、左手が和声を支える。ペダルで響きをつなぎ、和音の切り替えで踏み替える。テンポを微妙に伸縮させて歌の呼吸を作る。これらは19曲のどれでも要求されますが、音の層が薄いぶん、1つずつ取り出して練習できます。
具体的な進め方としては、まず旋律を歌わせることに集中できる曲で「旋律と伴奏の音量差」を作る耳を育て、次に和音が厚い曲でバランスの操作に進みます。この順番を踏まずに第13番へ入ると、すべての課題が同時に襲ってくるため、どこから直せばよいかが判断できなくなります。
注意点は、19曲を全部やってから進む必要はないことです。課題ごとに1〜2曲で十分です。目的は曲数ではなく、操作を分離して覚えることです。
練習は「場面ごとに仕上げる」設計にする
全77小節を毎回通して弾く練習は、この曲には向きません。三部形式の3つの場面で要求されるものが違うため、通し練習では得意な場面だけが磨かれ、苦手な場面はいつも疲れた状態で弾くことになります。
理屈としては、練習の効果は「集中して繰り返した回数」に比例します。通し練習では苦手な場面に到達するまでに集中力と体力が削られ、もっとも反復が必要な箇所でもっとも質の低い反復をしてしまいます。場面ごとに区切れば、この逆転を避けられます。
組み立ての例としては、1回の練習を3つに分け、第1部の旋律の歌い方、中間部の和音のバランス、第3部の三連符と旋律の分業をそれぞれ扱います。通し練習は、場面ごとの作業が形になってから、つなぎ目の確認として行います。
見極め方は、つなぎ目で音色とテンポが意図どおり切り替わるかです。ここが曖昧なままだと、3つの場面が別々の曲のように聞こえます。

毎日1時間ピアノに向かっているのに、先月と同じところで止まる。同じ小節を何十回も弾いているのに、翌日になるとまた弾けない。大人になってからピアノを始めた方、ある…
よくある質問
前提条件として挙げられるツェルニーOp.30修了程度は「指が動くか」の目安です。この曲で足りなくなるのは指の速度より耳の解像度なので、中級のノクターンで旋律と伴奏の音量差を作る練習を先に済ませておくと、練習の遠回りが減ります。
まとめ:ショパンノクターン13番は「譜読みの後」から本番が始まる曲
この曲を難しくしているのは、音符の細かさではなく、1つの和音の中で複数の役割を弾き分け続ける作業量です。だからこそ、最初の一歩は楽譜に印をつけることから始まります。第1部・中間部・第3部の3場面に線を引き、それぞれで「歌う音」と「支える音」を区別する。この地図を作ってから鍵盤に向かうと、練習時間の使い先が変わります。演奏時間5分10秒〜6分30秒という幅は、テンポの選択が演奏者に委ねられている証拠でもあり、自分が和音を聴き分けられる速さを基準にして構いません。
※難易度の表記は資料ごとに基準が異なり、コンクールの級区分や課題は年度ごとに更新されます。楽譜の価格・仕様および出場要件は、出版社および主催者の公式サイトで最新情報をご確認ください。

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