ピアノの楽譜を開いたら、見たことのないギザギザの記号や「15ma」「u.c.」といった略語が書いてあって、手が止まった経験はありませんか。教本で習う記号はスタッカートやフォルテなど一部で、曲のレベルが上がるほど、名前も意味もわからない記号が増えていきます。
結論から言うと、楽譜の記号は17カテゴリ・172種以上に整理でき、「珍しい」と感じる記号の多くは装飾記号・オクターブ省略記号・速度変化記号・発想表情記号・ペダル記号の5つのグループに集中しています。しかも、その大半はまったく新しい記号ではなく、すでに知っている記号の「親戚」です。分類さえ特定できれば、初めて見る記号でも意味をかなりの精度で推理できるようになります。
この記事では、珍しい記号をカテゴリごとに並べ、それぞれ「なぜその形なのか」「ピアノではどう弾くのか」「どこで読み間違えやすいのか」を順番に解説します。記号の丸暗記ではなく、仕組みから覚える方法をお伝えします。
・楽譜記号172種・17カテゴリの内訳と、「珍しい記号」が集中するグループ
・トリル/モルデント/プラルトリラー/ターンなど装飾記号の弾き分け
・8va/15ma/simile/tempo rubato/una cordaなど、略語で書かれる記号の読み方
・珍しい記号で独学者がつまずく2つの失敗パターンと、その直し方
珍しい音楽記号一覧|172種を17分類に並べると「出会わない記号」の正体が見える

「珍しい」は記号の古さではなく、学ぶ順番で決まる
珍しい音楽記号とは、特別に新しい記号や特殊な記号のことではありません。楽譜上で音符や休符だけでは表せない演奏方法・表情・テンポなどを指示する記号のうち、初心者が学習の過程で出会いにくいものを指します。つまり「珍しさ」は記号そのものの性質ではなく、教本の進み方によって決まる相対的なものです。
理由はシンプルで、入門期の教本は「音の高さ」と「音の長さ」を読めるようにすることを優先するからです。音部記号・音符・休符・基本的な強弱記号が先に登場し、装飾記号やペダル記号、イタリア語の発想記号は、ある程度両手で弾けるようになった段階で初めて出てきます。
典型的なつまずきは、ブルグミュラーやソナチネ程度の曲に進んだとたん、トリルの「tr」や右上に書かれた「8va」に出会い、どちらも「飾り」だと思って読み飛ばしてしまうパターンです。8vaは飾りではなく音の高さそのものを変える指示なので、読み飛ばすと1オクターブ違う音を弾くことになります。
見慣れない記号に出会ったら、まず「これは音の高さ・長さ・強弱・速さ・表現・奏法のどれを指示しているか」を考えるのがコツです。記号は必ずこのいずれかに属するので、分類が決まれば意味の見当がつきます。
ピアノと音楽の教科書調べ:17カテゴリ・172種の内訳
楽譜記号の一覧を整理している楽譜記号の解説ページの分類をもとに、当サイトで17カテゴリの種類数を並べ直しました。合計すると172種になり、どのカテゴリに記号が多いかが一目でわかります。
| カテゴリ | 種類数 | 入門教本での出会いやすさ |
|---|---|---|
| 音部記号/拍子記号/音符/休符 | 5種/7種/10種/7種 | 最初に習う(基本) |
| タイとスラー/変化記号/調号 | 3種/5種/15種 | 入門の中盤で出会う |
| 強弱記号/速度標語 | 17種/14種 | 一部は早く出る、両端は珍しい |
| 速度変化記号/発想表情記号 | 14種/31種 | 珍しい記号が多い |
| アーティキュレーション/装飾記号 | 10種/8種 | 装飾記号は珍しい記号の代表 |
| 反復省略記号/オクターブ省略記号 | 11種/7種 | 中級以降で急に増える |
| ペダル記号/小節線 | 3種/5種 | ペダル記号は読み落としが多い |
表を見ると、もっとも種類が多いのは発想表情記号の31種で、全体の2割近くを占めます。発想記号は整理のしかたによっては120種類以上にもなり、ここが「知らない言葉だらけ」に感じる最大の原因です。一方でペダル記号は3種と少ないのに読み落としが多く、種類数と難しさが比例しない点に注意が必要です。
実は、珍しい記号の大半は「知っている記号の親戚」
意外と知られていないのですが、珍しい記号の多くは、すでに知っている記号の組み合わせや言い換えでできています。まったく新しい概念を覚える必要はほとんどありません。
たとえばオクターブ記号の「15ma」は、よく見る「8va」(1オクターブ上)の仲間で、数字が2オクターブ分に変わっただけです。装飾記号の「プラルトリラー」は、トリルを短くしたものと理解できます。速度の「accel.」や「rit.」も、速度標語の「Allegro」「Adagio」を“だんだん”変化させる指示だと捉えれば、位置づけがすぐにわかります。
独学でよくあるのは、珍しい記号を1つずつ単語カードのように暗記しようとして、覚えても覚えても新しい記号が出てきて挫折するパターンです。172種を個別に暗記しようとすると、記号同士の関係が見えないため、似た記号(モルデントとプラルトリラーなど)ほど混同します。
おすすめは、新しい記号に出会ったら「これは何の親戚か」を1行でメモすることです。「15ma=8vaの2オクターブ版」「tre corde=una cordaの解除」のように書いておくと、記号が系統図としてつながり、次に似た記号を見たときに推理が効くようになります。
読者タイプ別に、どのカテゴリから覚えると効率がいいか
珍しい記号を全部一度に覚える必要はありません。いま弾いている曲や目的によって、優先すべきカテゴリははっきり分かれます。
大人になってピアノを再開した人は、まずペダル記号3種とオクターブ省略記号から確認するのが効率的です。どちらも読み落とすと音そのものが変わってしまう記号で、しかも種類が少ないので短時間で押さえられます。クラシックの中級曲に進みたい独学者は、装飾記号8種を優先しましょう。バロックや古典派の曲では装飾記号が頻繁に出るため、ここを曖昧にしたままだと譜読みの段階で何度も止まります。
ポップスやコード弾き中心の人は、発想記号よりも反復省略記号やsimileを先に覚えると、楽譜の「道順」で迷わなくなります。子どもの練習を見守る保護者の方は、発表会の曲に出てくるイタリア語の発想記号を一緒に調べる程度で十分です。
見極めの基準は、「その記号を読み落としたら音が変わるか、表情が変わるか」です。音が変わる記号(オクターブ・ペダル・反復)は最優先、表情が変わる記号(発想記号)は曲ごとに調べる、と優先順位をつけると迷いません。

音符の高さは読めるようになったのに、音符以外の細かい記号で手が止まる。独学でピアノを進めていると、この段階で足踏みする人がかなりの割合で出ます。五線の上に散らば…
トリル・モルデント・ターンはなぜ「読めても弾けない」のか
トリルは「2度上の音」との往復で、始める音の解釈が時代で分かれる
トリルは、基準になる音よりも2度高い音を素早く繰り返す装飾記号です(音楽記号の一覧解説)。楽譜では音符の上に「tr」と書かれ、その後ろに波線が続くことがあります。波線の長さが、トリルを続ける長さの目安です。
「読めても弾けない」原因は、記号が指示しているのが「どの音を往復するか」だけで、「何回往復するか」「どの音から始めるか」は書かれていない点にあります。回数は曲のテンポと音符の長さから演奏者が決めます。さらに、始める音は時代によって解釈が分かれ、バロック期の曲では上の音から、古典派以降の曲では書かれた音(主音)から始める解釈が一般的に紹介されています。
よくあるつまずきは、トリルを「できるだけ速く・できるだけ多く」弾こうとして指が固まり、次の小節の頭に遅れるパターンです。トリルは装飾であって、拍の流れを止めてよいわけではありません。
練習では、まず往復の回数を決めて、メトロノームに合わせて均等に弾くところから始めましょう。回数を固定して拍に収まることを確認してから、少しずつ回数を増やすのが確実です。使用する版に装飾の弾き方の注釈がある場合は、それに従うのが基本です。
モルデントとプラルトリラーは縦線1本で上下が入れ替わる
モルデントとプラルトリラーは、どちらも短いギザギザの記号で表され、見た目がよく似ています。違いはギザギザに縦線が1本入っているかどうかです。縦線入りがモルデントで、主音から下の隣接音に一度だけ触れて主音へ戻ります。縦線なしがプラルトリラーで、主音から上の隣接音に一度だけ触れて戻ります。
こうなる理由は、プラルトリラーが「短いトリル」として生まれたからです。トリルが上の音との往復なので、その短縮形であるプラルトリラーも上の音を使います。モルデントは逆に下の音を使う装飾として区別されてきました。
独学で起きやすいのは、縦線を見落として上下を逆に弾くことです。印刷が小さい楽譜では縦線がギザギザに溶け込んで見えることもあります。また、時代や国によって呼び名が入れ替わっていたり、上下の解釈が異なる資料もあるため、「ネットの解説と自分の楽譜の説明が逆」という混乱も起こりがちです。
対策は、記号を見つけたら拡大して縦線の有無を確認し、使っている楽譜の巻頭や脚注に装飾の弾き方の説明がないかを探すことです。版の説明がある場合は、その版の解釈を優先しましょう。
| トリル(tr) | 基準の音と2度上の音を素早く繰り返す。回数と開始音は曲の時代・テンポで判断 |
| プラルトリラー | 縦線なしのギザギザ。主音→上の音→主音と一度だけ往復する短いトリル |
| モルデント | 縦線入りのギザギザ。主音→下の音→主音と一度だけ往復する |
| ターン(∽) | 横倒しのS字。主音の上下を含めて回転するように弾く。記号の位置でタイミングが変わる |
ターンは記号の位置で弾くタイミングがずれる
ターンは横倒しのS字のような記号で、音符の上下を含めて回転するように弾く装飾です。基本形は「上の音→主音→下の音→主音」の順に回ります。ここで重要なのは、記号が音符の真上にあるか、音符と音符の間にあるかで、弾き始めるタイミングが変わることです。
音符の真上にある場合は、その音符の拍の頭から回転を始めます。音符と次の音符の間に書かれている場合は、まず主音をしばらく伸ばし、次の音へ移る直前に回転を入れます。記号の位置が「いつ回るか」を指示している、というのがターンを理解する鍵です。
よくある失敗は、どちらの位置でも拍の頭で回ってしまい、旋律の歌い方が詰まって聞こえるパターンです。特に間に置かれたターンは、主音を十分に伸ばしてから回ることで、旋律がなめらかにつながるように設計されています。
練習では、ターンの4音を普通の音符として書き出し、拍のどこに入るかを鉛筆で楽譜に書き込むのが効果的です。慣れるまでは記号を「書き出した音符」として弾き、テンポを上げていく中で装飾らしい軽さに近づけていきましょう。ターンに♯や♭が添えられていたら、上下どちらの音を変化させるかの指示なので見落とさないようにします。
装飾音と装飾記号を混同すると拍がずれる
珍しい記号でつまずく1つ目の失敗パターンが、装飾音と装飾記号の混同です。装飾音は本来の音符の前に小さく書かれた音符で、前の音を素早く弾く個別の音です。一方の装飾記号は、トリルやモルデントのように、基準の音に対する装飾的な奏法を記号で指示するものです。
この2つは役割が違うため、拍の中での扱いも変わります。装飾音は小さな音符として実際に楽譜に書かれた音を弾き、装飾記号は記号から音を「組み立てて」弾きます。どちらもメロディーを装飾し、短い飾りとして細かなニュアンスを加えるという目的は同じなので、区別があいまいになりやすいのです。
具体的には、小さな音符に斜線が入った短前打音を、トリルのように何度も往復してしまう、あるいは逆にプラルトリラーを小さな音符1つだけで済ませてしまう、といったずれが起こります。どちらも拍の配分が狂い、左手との縦の線が合わなくなります。
対策は、「小さな音符が書いてあるか、記号だけか」をまず確認することです。小さな音符なら書かれた音をそのまま弾く、記号だけなら記号の定義から音を組み立てる。この2択を最初に判断するだけで、混同はほぼ防げます。
装飾記号は「基本記号よりも習得に時間がかかる」グループです。原因は記号の意味ではなく、回数・開始音・タイミングを演奏者が決める余地があること。いきなり速く弾かず、装飾の音を普通の音符に書き出して拍に収めてから装飾らしく軽くする、という順番で練習すると固まりにくくなります。
縦の波線と斜めの線は何が違う?アルペジオとグリッサンドの読み分け

アルペジオの波線は「つながっているか」で両手の弾き方が決まる
アルペジオは、和音を低い音から高い音へと順番に鳴らす奏法で、楽譜では和音の左側に縦の波線を書いて示します。記号そのものは入門期にも出てくることがありますが、ピアノ譜ならではの「珍しい使い方」があります。それが、右手と左手の波線がつながっているかどうかです。
ト音記号とヘ音記号の2段にまたがって1本の波線が続いている場合は、左手の一番下の音から右手の一番上の音まで、両手をひとつながりにして下から順に鳴らします。一方、右手と左手に別々の波線が書かれている場合は、両手それぞれが同時にアルペジオを始めます。線の形がわずかに違うだけで、鳴らし方がまったく変わるのです。
よくある失敗は、別々の波線なのに左手を先に弾き終えてから右手を始めてしまい、和音の到着が遅れるパターンです。反対に、つながった波線を両手同時に始めると、下から上へ流れるはずの響きが崩れます。
練習では、波線が段の間で途切れているかを最初に確認し、つながっているなら両手でひとつの流れ、途切れているなら同時スタートと楽譜に書き込んでおきましょう。波線の先に下向きの矢印がある場合は、上から下へ鳴らす指示なので合わせて確認します。

グリッサンドは鍵盤を滑らせる指示で、始点と終点だけが書かれる
グリッサンドは、音を区切ることなく滑らせて弾く奏法です。楽譜では開始の音と到着の音の間を直線または波線で結び、「gliss.」と書き添えるのが一般的です。途中の音は1つずつ書かれないため、「どの音を弾けばいいのかわからない」と戸惑う記号の代表です。
途中の音が書かれない理由は、ピアノのグリッサンドでは指(多くは爪側)を鍵盤の上で滑らせて、通過する鍵盤をすべて鳴らすからです。1音ずつ書く必要がなく、始点と終点さえ示せば音の範囲が決まります。白鍵の上を滑らせるのが基本で、黒鍵だけを使うグリッサンドが指定される曲もあります。
独学での失敗は、指の腹で強く押しつけて滑らせ、皮膚を痛めたり、途中で引っかかって音が途切れたりすることです。力で鍵盤を押し下げようとすると、摩擦が大きくなって滑りません。
練習のコツは、腕全体の移動で指を運び、指先は鍵盤の角に軽く当てる程度にすることです。最初はゆっくり、途中の音が均等に鳴るかを耳で確認しましょう。痛みや違和感が出る場合は無理に続けず、練習を中断してください。症状が続く場合は医療機関へ相談しましょう。
波線を見たら「向き・長さ・文字」の3点で判別する
楽譜に出てくる波線は1種類ではありません。アルペジオ、トリルの延長、グリッサンドなど、複数の記号が波線を使っています。見分ける基準は、波線の向き、長さ、そばに書かれた文字の3点です。
縦向きで和音の左に置かれていればアルペジオです。横向きで「tr」の後ろに続いていればトリルの延長で、波線の終わりまでトリルを続けます。斜めまたは横に、離れた2つの音を結んでいて「gliss.」があればグリッサンドです。波線自体は同じでも、置かれる位置と添えられる文字で意味が決まる仕組みになっています。
アルペジオ=縦の波線。和音を低い音から高い音へ順番に鳴らす。
トリルの波線=「tr」に続く横の波線。線の終わりまでトリルを続ける。
グリッサンド=2つの音を結ぶ線と「gliss.」。音を区切らずに滑らせて弾く。
よくある失敗は、トリルの横の波線を「なんとなく伸ばす記号」と思って、最初の数音だけトリルを入れ、あとは普通に伸ばしてしまうことです。波線はトリルを続ける範囲を示しているので、線の終わりまで装飾が続きます。
判別に迷ったら、「波線は単独では意味を持たず、隣の文字や音符が主役」と覚えておきましょう。まず周囲の文字を探し、次に向きを見る、という順番で確認すると、初めての楽譜でも読み違えが減ります。
8vaと15maで楽譜が短くなる仕組み|オクターブ記号と省略記号
8va・8vbは点線の範囲だけ音の高さが変わる
8va(オクターヴァ)は1オクターブ上で弾く、8vbは1オクターブ下で弾く指示です。音符の上(8va)または下(8vb)に「8va」などの文字と点線が書かれ、点線が続いている範囲だけ、音の高さが移動します。
この記号がある理由は、記譜を簡潔にするためです。ピアノの高音域や低音域の音を正確な位置に書くと、五線の外に加線を何本も引く必要があり、読みにくくなります。そこで五線の中に書いておき、「実際にはオクターブずらして弾く」と指示するほうが、演奏者にとって読みやすいのです。
典型的な失敗は、点線の終わりを見落として、元の高さに戻るべき箇所でもずらしたまま弾き続けることです。点線の終わりにはカギ状の短い縦線が付くことが多く、ここが範囲の終点です。また、「loco(ロコ)」と書かれていれば、元の高さに戻る合図です。
練習では、8vaの点線の始点と終点に鉛筆で印をつけ、鍵盤上の位置を先に確認しておきましょう。特に両手が近い音域で弾く曲では、ずらした右手と左手がぶつからないか、手の位置関係もあわせて確認しておくと安心です。
15maは2オクターブ移動で、ピアノ譜でも出番は少なめ
15ma(クィンディチェジマ)は、音を2オクターブ高く演奏する指示です。通常の使用頻度は低めで、珍しい記号の代表格といえます(楽典の解説)。名前の「15」は、元の音から数えて15度上、つまり2オクターブ上を意味しています。
「8」が1オクターブなのに「16」ではなく「15」になるのは、音程の数え方が元の音自体を「1度」として数える方式だからです。1オクターブ上は8度、2オクターブ上は15度になります。数字の違和感は、音程の数え方がわかれば解消します。
15maが出てくるのは、ピアノの高音域をきらびやかに使う場面が中心で、入門〜中級前半の曲ではめったに見かけません。そのため、8vaと同じ点線の見た目から「1オクターブ上」と早合点し、1オクターブ足りない位置で弾いてしまうミスが起こりやすくなります。
対策は、点線の頭の数字を必ず確認し、「8なら1オクターブ、15なら2オクターブ」と声に出して確かめることです。ずらす方向(上か下か)も、点線が五線の上にあるか下にあるかで判断します。数字と位置の2点確認を習慣にしましょう。
simileは「書くのを省いた」合図
simile(シミレ)は、直前の指示を継続することを示す省略表記です。ペダルの踏み方、スタッカート、アクセント、運指などを数小節分だけ書き、その後に「simile」と書いて、以降も同じように弾くことを指示します。繰り返しの記譜を省略するための記号です。
なぜこんな記号があるのかというと、同じ奏法指示を何十小節も書き続けると、楽譜が記号で埋まって音符が読みにくくなるからです。simileは作曲者や編集者が「ここから先は書いていないけれど、やり方は同じ」と演奏者に委ねる印です。
独学での失敗は、simileを見落とすか意味を知らずに、「指示が書かれていない小節=何もしない小節」と解釈してしまうパターンです。たとえば数小節だけスタッカートが書かれ、以降にsimileがある場合、続く小節もスタッカートで弾くのが正解です。書かれていないからといって、急にレガートで弾くのは読み違いです。
simileを見つけたら、「何を継続するのか」を直前の小節から特定しましょう。スタッカートなのかペダルなのか、継続対象を楽譜の余白にメモしておくと、途中で迷いません。simileの効力がどこまで続くかは、新しい指示が出てくる箇所がひとつの目安です。
セーニョとコーダは「道順」の記号
反復省略記号は11種あり、その中でもセーニョ(𝄋)とコーダ(𝄌)は、楽譜の「道順」を示す記号として中級以降に出番が増えます。D.S.(ダル・セーニョ)はセーニョの位置に戻る指示、コーダの記号は「ここから結尾部へ跳ぶ」印です。
これらの記号がある理由は、同じ部分を何度も書かずに済ませるためです。楽譜のページ数を減らせる一方で、演奏者は「どこに戻り、どこで跳ぶか」を自分で追いかける必要があります。そのため、音の意味よりも順番の読み取りが難しい記号です。
よくある失敗は、2回目に通るときにコーダ記号で跳ぶのを忘れ、そのまま曲の途中を弾き続けてしまうことです。D.C.やD.S.で戻ったあとは、1回目とは違う道を通るのが基本なので、「戻る前」と「戻ったあと」で注意すべき記号が変わります。
練習前に、楽譜全体の道順を指でたどり、跳ぶ箇所に大きく矢印を書き込んでおくのが確実です。反復記号の詳しい読み方は、別の記事で整理しています。

楽譜を読んでいて、曲の途中で急に「D.S.」と書かれていて手が止まった経験はありませんか。あるいは、リピート記号の点が左右どちらを向いているのか分からなくなって…
オクターブ省略記号(7種)と反復省略記号(11種)は、どちらも「楽譜を短く書くための記号」です。読み落とすと表情ではなく音の高さや順番そのものが変わるので、珍しい記号の中でも最優先で確認しましょう。点線の終点・loco・コーダの跳び先に印をつけておくのが基本です。
テンポが揺れる記号は何を「自由」にしているのか

accel.とrit.は「到着点」まで含めて読む
速度変化記号は14種あり、代表がAccelerando(accel.、だんだん速く)とRitardando(rit.、だんだん遅く)です。どちらも一定の速度を指示するのではなく、小節内で段階的に速度を変化させる指示です。
ここで押さえたいのは、「変化」には必ず始点と到着点があることです。基本の速度標語(Largo・Adagio・Andante・Moderato・Allegro・Prestoなど)が「どの速さで弾くか」を示すのに対し、速度変化記号は「その速さからどこへ向かうか」を示します。到着点がわからないと、どれくらいの割合で変化させればよいかも決まりません。
独学での典型的な失敗は、rit.が書かれた瞬間に急にテンポを落としてしまい、なめらかな減速にならないパターンです。accel.でも同様に、記号の直後から一気に速くして、途中で指が追いつかなくなることがよくあります。
練習のコツは、記号の後ろに点線や「- – -」が続いていないかを確認し、変化が終わる位置を特定することです。そのうえで、変化の区間を数小節に分け、少しずつ速度を変えていきます。到着点の次に「a tempo」などが書かれていれば、そこで元の速さに戻ることも一緒に確認しておきましょう。
tempo rubatoは速度を自由に変える指示だが、拍の骨格は残す
Tempo rubato(テンポ・ルバート)は、速度を自由に変化させる指示です。作曲者の意図を柔軟に表現するための記号で、楽譜に書かれていることは多くないものの、ロマン派のピアノ曲を中心に、演奏解釈の話題としてよく登場します。
「自由に」といっても、でたらめに速くしたり遅くしたりしてよいわけではありません。旋律のある部分で時間をたっぷり使ったら、別の部分で取り戻す、というように、曲全体の流れの中で時間を配分し直すのがルバートの考え方として広く紹介されています。自由にしているのはあくまで「細部の時間配分」で、曲の拍の骨格は保たれます。
よくある失敗は、ルバートを「好きなところで止まってよい」と解釈し、左手の伴奏まで一緒に止まって、拍子がわからなくなることです。聴き手には、ためているのではなく、つっかえているように聞こえてしまいます。
練習では、まずメトロノームに合わせてインテンポで弾けるようにし、そのうえで旋律の山場だけ少し時間を取る、という順番が安全です。「元のテンポで弾ける」状態がないまま揺らすと、ルバートではなく不安定なテンポになります。
a tempo・Tempo I・l’istesso tempoは「戻り方」の違い
テンポを変えたあとに「どう戻るか」を示す記号も、珍しい記号の一群です。a tempo(ア・テンポ)は元の速さに戻る、Tempo I(テンポ・プリモ)は曲の最初の速さに戻る、l’istesso tempo(リステッソ・テンポ)は拍子が変わっても拍の速さは同じという指示です。
3つが区別されている理由は、「戻る先」がそれぞれ違うからです。a tempoはrit.などで変化する直前の速さへ、Tempo Iは途中で速度標語が何度変わっていても冒頭の速さへ戻ります。l’istesso tempoは戻るというより、拍子の変わり目で拍の速さを保つための注意書きです。
典型的な失敗は、a tempoを見て冒頭の速さまで戻してしまい、中間部の落ち着いた雰囲気が崩れるパターンです。反対に、Tempo Iで中間部の速さのまま弾き続けてしまうこともあります。
対策として、速度標語が変わる箇所ごとに、その区間の基準の速さを楽譜の余白に書いておきましょう。戻る記号が出てきたら、どの区間の速さに戻るのかを矢印で結んでおくと、本番でも迷いません。
120種以上ある発想記号と強弱記号、初見で取り違えやすいのはどれ?
発想記号はイタリア語の形容詞・副詞として読むと覚えやすい
発想記号とは、音符だけでは表現できない、音の表現方法を指示する記号で、作曲家の意図を演奏者に伝えやすくするためのものです(発想記号の一覧解説)。表記はイタリア語が基本で、「愛情をこめて」「華やかに」「悲しく」など、120種類以上が知られています。
数が多いのに覚えられる理由は、発想記号のほとんどがイタリア語の形容詞や副詞で、語尾のパターンがある程度決まっているからです。「-oso」は「〜に満ちた」、「-ando/-endo」は「〜しながら」といった語尾の感覚をつかむと、初めて見る単語でもおおよその方向性がつかめます。
よくある失敗は、発想記号を「雰囲気の説明」と軽く見て、音量や速さと無関係だと思い込むことです。実際には、Maestoso(荘重に)のように、速さや音の重さにも影響する指示がたくさんあります。表情の言葉であっても、演奏の具体的な変化につながるのです。
練習では、発想記号を見つけたら日本語訳を書き込むだけでなく、「それなら音量は?速さは?タッチは?」と3つの観点で自分なりの具体策を書き添えましょう。言葉を演奏の操作に翻訳する習慣がつくと、発想記号が「読める」から「弾ける」に変わります。
AffettuosoやLamentosoなど、教本であまり見ない発想記号
発想記号の中でも、Cantabile(歌うように)やDolce(甘く)は入門期から見かけますが、それ以外は中級以降で急に出会う言葉が多くなります。珍しい発想記号を、意味とともに整理しておきましょう。
| 記号 | 意味 | 演奏への翻訳の例 |
|---|---|---|
| Affettuoso | 愛情をこめて | 音の立ち上がりを柔らかく、旋律をつなげる |
| Lamentoso | 悲しく | 急がず、下行する旋律を重めに |
| Agitato/Appassionato | 激しく/情熱的に | 前に進む推進力、強弱の幅を広く |
| Maestoso/Pastorale | 荘重に/田園的に | 重く堂々と/のどかに揺れるように |
| Grazioso/Tranquillo | 優雅に/穏やかに | 軽いタッチ/テンポを揺らしすぎない |
「演奏への翻訳の例」は、言葉の意味から考えられる具体策のひとつで、唯一の正解ではありません。発想記号は作曲者の考えや演奏時の心情を表すもので、どう音にするかは演奏者の解釈に委ねられています。
取り違えやすいのは、AgitatoとAnimato(生き生きと)です。どちらも動きのある表情ですが、Agitatoは不安や激しさ、Animatoは明るい活気と方向性が違います。似た綴りの単語は、辞書で意味を並べて確認しておきましょう。
音が消えていく系の用語は「音量だけか、速さもか」で分かれる
発想記号の中には、曲の終わりやフレーズの終わりに出てくる「消えていく」系の用語があります。morendo(モレンド、消えるように)、smorzando(スモルツァンド)、perdendosi(ペルデンドシ)、calando(カランド)などです。いずれも音がだんだん弱くなる指示ですが、音量だけを落とすのか、速さも一緒に落とすのかで解釈が分かれます。
一般的な楽典の解説では、calandoやsmorzandoは音量とともに速さもゆるめる指示、morendoやperdendosiは消え入るように弱くしていく指示として紹介されることが多く、辞典によって説明の力点が異なります。こうした違いがあるのは、これらがもともと日常語の比喩(「死にゆく」「失われていく」など)から来ていて、厳密な数値の指示ではないからです。
よくある失敗は、どれも「decrescendoと同じ」と片付けて、テンポを保ったまま音量だけを下げてしまうことです。速さもゆるめる解釈の用語で速度を保つと、終わり方が唐突に聞こえます。
練習では、使っている楽譜の注釈や音楽用語辞典で意味を確認し、「音量」「速さ」のどちらに矢印が向いているかを書き込んでおきましょう。迷ったときは、フレーズの終わりに向けて音量と速さの両方をわずかにゆるめる方向で試し、耳で自然に聞こえるかを確かめるのが現実的です。
強弱記号17種のうち出番が少ないのはfpやrfz
強弱記号は17種あり、p・mp・mf・fやクレッシェンド・デクレッシェンドは入門期から登場します。一方で、fp(フォルテピアノ)、sfz(スフォルツァンド)、rfz(リンフォルツァンド)、そして両端のppp・fffなどは、中級以降で出会う珍しい強弱記号です。
これらが珍しい理由は、単純に「大きい・小さい」を示すのではなく、変化の仕方を指定しているからです。fpは強く弾いた直後にすぐ弱くする指示、sfzは特定の音だけを際立たせて強くする指示、rfzはその部分を急に強める指示です。いずれも「その前後との対比」で意味を持つため、単独の音量として覚えると誤解します。
典型的な失敗は、sfzを全体の音量としてのffと同じように扱い、前後まで強く弾いてしまうパターンです。p(弱く)の流れの中のsfzなら、周囲より一段目立てば十分で、必要以上に叩くと音楽の流れが途切れます。
対策は、強弱記号を見たら必ず「直前の強さ」とセットで読むことです。fpなら「f→すぐp」、sfzなら「周りより一段強く」と、前後との関係を楽譜に書き込んでおきましょう。ピアノでは音を出したあとに音量を変えられないため、fpは強く打鍵したあと、次の音から弱くする形で表現します。
ペダル記号は3種類でも読み落としが多い理由
ダンパーペダルは「踏む」より「離す」記号を探す
ペダル記号は、ダンパーペダル・ペダル解放・ハーフペダルの3種が基本です(楽譜記号の分類)。ダンパーペダルは通常のペダルで、踏むと音を延ばします。楽譜では「Ped.」で踏み、星印のような記号で離す書き方と、下にカギ型の線を引き、線の切れ目で踏み替える書き方があります。
珍しい記号でつまずく2つ目の失敗パターンが、ペダルの解放記号の読み落としです。「Ped.」は目立つので見つけやすいのですが、離す記号は小さく、音符の下に埋もれがちです。その結果、離すべき箇所でも踏みっぱなしになり、和音が変わったあとも前の音が残って響きが濁ります。
ペダルが音を延ばす仕組みは、弦の振動を止めているダンパー(止音装置)を弦から離すことにあります。踏んでいる間は、次の和音を弾いても前の和音の弦が振動し続けるため、和音が変わるところで離さないと、違う和音が重なって聞こえるのです。
ペダルの踏み替えのタイミングについては、音が濁る原因とあわせて別の記事で詳しく解説しています。

ペダルを踏んだ瞬間、それまで整っていた音が急に濁って聞こえる。逆に、濁らせないようにと気をつけて踏むと、今度は音がブツブツ途切れてつながらない。独学でピアノを弾…
una cordaとtre cordeは左ペダルのオンとオフ
una corda(ウナ・コルダ、略してu.c.)は、柔らかい音を出すために左ペダルを踏む指示です。対になるtre corde(トレ・コルデ、略してt.c.)は、左ペダルを離して通常の音に戻す指示です。どちらも略語で書かれることが多く、知らないと記号だと気づかない珍しい記号です。
名前の由来は、グランドピアノの左ペダルの仕組みにあります。イタリア語でuna cordaは「1本の弦」、tre cordeは「3本の弦」という意味です。グランドピアノで左ペダルを踏むと鍵盤とアクションが横にずれ、ハンマーが打つ弦の本数や位置が変わって、音色が柔らかくなります。この仕組みが名前に残っているのです。
独学でよくあるのは、u.c.を見て左ペダルを踏んだまま、t.c.を見落として最後まで踏み続けてしまうことです。本来は明るい音色に戻るべき箇所まで、こもった音で弾き続けることになります。
対策は、u.c.を見つけたら同じ曲の中でt.c.がどこにあるかを先に探し、ペアで印をつけておくことです。なお、アップライトピアノや電子ピアノでは左ペダルの仕組みがグランドピアノと異なり、音色の変わり方も違います。自分の楽器で左ペダルを踏んだときに音がどう変わるかを、事前に耳で確認しておきましょう。
ハーフペダルは記譜が統一されていないので耳で決める
ハーフペダルは、ダンパーペダルを部分的に踏む技法です。完全に踏み込まず、ダンパーが弦に軽く触れる程度の深さで止めることで、響きを少し残しながら濁りを抑えます。ペダル記号3種のひとつに数えられますが、実際の楽譜では書かれていないことも多い、珍しい部類の指示です。
書かれないことが多い理由は、ハーフペダルの効果が楽器・部屋の響き・曲のテンポによって変わり、紙の上で「どれだけ踏むか」を一律に指定しにくいからです。楽譜によって書き方が異なり、統一された記号が広く定着しているとは言いにくいのが実情です。そのため、演奏者が耳で判断して使う場面が中心になります。
よくある失敗は、ハーフペダルを「半分の深さまで踏む」と文字通りに受け取り、足の角度だけで決めようとすることです。ダンパーが効き始める深さは楽器ごとに違うので、同じ角度でも響き方が変わります。
練習では、ペダルをゆっくり踏み込みながら音を鳴らし、響きが変わり始める深さを探しましょう。そこを基準に、濁りが気になる箇所では浅く、響きを残したい箇所ではやや深く、と耳で調整していきます。なお、中央のペダル(ソステヌートペダル)が付いたグランドピアノでは、「Sost. Ped.」などの表記で指定されることもあります。
ペダル記号の失敗は「踏む記号」ではなく「離す記号」の読み落としから起こります。原因は、解放記号やt.c.が小さく書かれていて目に入りにくいこと。対策は、練習前に踏む記号と離す記号をペアで探して印をつけることです。ペアが見つからない記号があれば、それが読み落としのサインです。
まとめ
まずは今練習している曲の楽譜を開き、この記事で紹介した記号が1つでも出てきたら、「何の親戚か」を余白に1行メモしてみてください。その積み重ねが、172種を丸暗記せずに読める力になります。
※記号の名称や弾き方の解釈は、楽譜の版や時代によって異なる場合があります。お使いの楽譜の注釈もあわせてご確認ください。

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