「ショパンのノクターンで有名な曲って、結局どれのこと?」と調べると、第2番、遺作、戦場のピアニスト、Op.27など、呼び方の違う情報が大量に出てきて混乱しがちです。ショパンのノクターン(夜想曲)は全部で21曲あり、作品番号・通し番号・調性の3通りで呼ばれるため、同じ曲が別の曲に見えてしまうんですね。
先に結論をお伝えすると、知名度で抜けているのは第2番 変ホ長調 Op.9-2と第20番 嬰ハ短調(遺作)の2曲です。ここに、中期の充実作として挙げられることの多い第8番 変ニ長調 Op.27-2、円熟期の大作第13番 ハ短調 Op.48-1、そして譜面が簡素で弾き始めやすい第6番 ト短調 Op.15-3を加えた5曲を押さえれば、ノクターンの全体像はほぼつかめます。
ただし「有名=弾きやすい」ではありません。この記事では、5曲それぞれの成り立ちと聴きどころ、出版社や主催者の難易度表記の読み方、ノクターンという形式を生んだジョン・フィールドとの関係、楽譜の版選びまで、音楽の仕組みから順に解説します。
・ショパンのノクターン全21曲のうち、特に有名な5曲とその違い
・第2番Op.9-2が「一番有名」と言われる構造上の理由
・遺作の第20番が映画で広く知られるようになった経緯と、もう1つの遺作との区別
・大人が弾くならどの曲から入るか、難易度表記と楽譜の版の選び方
ショパンのノクターンで有名なのはどの曲?先に押さえたい5曲の地図

知名度の二本柱は「Op.9-2」と「遺作の嬰ハ短調」
ショパンのノクターンで「有名」と言われる曲を1曲に絞るなら、第2番 変ホ長調 Op.9-2です。海外の音楽メディアInterludeでは、この曲が「ショパンの作品の中で最も有名な曲とみなされることが多い」と紹介されています。ノクターンの中で、という枠を超えて、ショパン全作品の顔として扱われているわけです。
もう1曲の柱が、第20番 嬰ハ短調(遺作)です。こちらは2002年の映画『戦場のピアニスト』で主人公のモデルになったピアニスト、シュピルマンが弾く場面に使われ、クラシックに詳しくない層にも一気に知られました。Op.9-2が「ショパンらしい優雅さ」の代表なら、第20番は「哀しさと素朴さ」の代表と言えます。
独学の人がつまずきやすいのは、この2曲をどちらも「ノクターン第2番」「ノクターン遺作」と略して覚え、楽譜を買うときに取り違えることです。遺作は2曲あり、嬰ハ短調とハ短調で別の曲なので、購入前には調性(嬰ハ短調か、ハ短調か)まで確認するのが確実です。
中期と円熟期から1曲ずつ:Op.27-2とOp.48-1
3曲目と4曲目は、ショパンの作曲家としての成長が見える2曲です。第8番 変ニ長調 Op.27-2は1835年に作曲され、1836年に出版されました。全音楽譜出版社の解説では「レント・ソステヌート、8分の6拍子、ロンド形式」で、半音階を多用した和声進行によって変ニ長調から変ロ短調、変ホ短調などを経由しながら主題が切れ目なく続いていく曲と説明されています(全音楽譜出版社)。
第13番 ハ短調 Op.48-1は1841年、フランスのノアンで書かれた作品です。音楽之友社のWebマガジンONTOMOでは、Op.48の2曲を「円熟のショパン、ドラマティックで充実したノクターン」と紹介しています。静かな夜の小品というノクターンのイメージを、規模の面で大きく踏み越えた曲です。
この2曲は、曲名だけでは印象がつかみにくく「聴いたことはあるけれど何番かわからない」となりやすい曲でもあります。Op.27-2は流れるような長調の旋律、Op.48-1は重い和音で始まる短調、と調と冒頭の響きで覚えると区別しやすくなります。
「有名」の中に弾きやすさ枠を1曲入れる理由
5曲目に第6番 ト短調 Op.15-3を入れたのは、知名度よりも「弾き始めやすさ」の代表だからです。ピティナ・ピアノ曲事典(enc.piano.or.jp)では、この曲をピティナ・ステップの「応用5・発展1」に位置づけたうえで、21曲のノクターンの中では最も取り組みやすい曲だと紹介しています。
理由は譜面の構造にあります。Op.9-2やOp.27-2のような細かい装飾音の連なりがほとんどなく、音符そのものが素直に並んでいるため、譜読みの負担が小さいんですね。一方で、テンポが遅くフレーズの切れ目があいまいなので、拍を見失いやすいという別の難しさがあります。
「有名な曲から弾きたい」という気持ちは自然ですが、最初の1曲で挫折すると、ショパン全体から離れてしまうことがあります。有名曲を聴く目標、Op.15-3のような曲を弾く入口と役割を分けておくと、練習計画が立てやすくなります。
| 曲 | 調・拍子 | 作曲・出版 | 難易度の表記・位置づけ |
|---|---|---|---|
| 第2番 Op.9-2 | 変ホ長調・8分の12拍子 | 20歳前後の作・1832年出版 | 楽譜販売サイトの原曲版表記で「中上級」 |
| 第6番 Op.15-3 | ト短調 | 初期の作品群Op.15 | ピティナ・ステップ応用5・発展1。21曲中で最も取り組みやすい |
| 第8番 Op.27-2 | 変ニ長調・8分の6拍子 | 1835年作曲・1836年出版 | 32分音符の急速なパッセージと左手の広いアルペジオを含む |
| 第13番 Op.48-1 | ハ短調・4分の4拍子 | 1841年作曲・同年出版 | 21曲中で上級とされる2曲のうちの1曲 |
| 第20番 嬰ハ短調(遺作) | 嬰ハ短調 | 1830年作曲・1875年出版 | 中上級。装飾が比較的少なく旋律が素朴 |

そもそもノクターンとは?フィールドが作った「夜の歌」の型
ノクターンは「伴奏の上で歌う旋律」を聴かせる形式
ノクターン(夜想曲)は、ざっくり言えば「左手の分散和音の伴奏に乗せて、右手が歌のような旋律を長く歌う」ピアノ小品です。ショパンのノクターンは全21曲、1827年から1846年にかけて書かれ、Op.9、Op.15、Op.27、Op.32、Op.37、Op.48、Op.55、Op.62、そして遺作のOp.72と番号なしの2曲で構成されています。
なぜ「歌」なのか。当時のピアノは、ショパンの少し前の時代よりも音が長く伸びるようになっていて、ペダルを使えば左手の和音を響かせたまま、右手で息の長い旋律をつなげられました。声楽、特にイタリア・オペラの歌い回しをピアノに移すのに向いた条件が整っていたわけです。Op.9-2の右手に細かい装飾音が次々と出てくるのも、歌手が繰り返しのたびに節回しを変えて飾る習慣をピアノで再現していると考えると理解しやすくなります。
独学で弾く人がやりがちなのは、左手を「伴奏だから」と機械的に刻み、右手の旋律と別々に鳴らしてしまうことです。ノクターンの左手は、旋律を支える和声の土台そのもの。左手の和音の変わり目を意識するだけで、右手の歌い方が自然に決まってきます。
ノクターン(夜想曲)=夜の静けさを思わせる抒情的なピアノ小品。左手の分散和音に右手の歌う旋律を乗せる書法が基本。
遺作(Op. posth.)=作曲者の死後に出版された作品。ショパンのノクターンでは第19番Op.72-1、第20番嬰ハ短調、第21番ハ短調が該当する。
ロンド形式=主題(A)が、別の部分(B、Cなど)を挟みながら何度も戻ってくる形式。
形式を作ったのはアイルランドのジョン・フィールド
意外に思われるかもしれませんが、ノクターンという形式を作ったのはショパンではありません。アイルランド出身の作曲家・ピアニスト、ジョン・フィールドです。アメリカのクラシック専門局WFMTの解説(WFMT)でも、ショパンはノクターンを発明したのではなく、フィールドが発展させた形式をもとに広め、拡張したと説明されています。
フィールドのノクターンは一般に18曲とされ、長く抒情的な旋律線、対照的な部分の組み合わせ、ハープを思わせる分散和音の伴奏が特徴です。ジョン・フィールドの解説でも、フィールドはロマン派音楽の先駆者として位置づけられています。
ショパンのOp.9-2は、このフィールドの影響が色濃く残る初期作品とされます。「左手の分散和音+右手の歌」という骨格はフィールドから受け継ぎ、そこに装飾の細やかさと和声の色合いを加えたのがショパンの仕事でした。フィールドのノクターンを1曲聴いてからOp.9-2を聴くと、何が共通で何が新しいのかが耳でわかります。
ショパンが広げたのは「和声」と「規模」
ショパンがフィールドの型から踏み出した点は、大きく2つあります。1つは和声の豊かさです。Op.27-2では、半音階的に動く和音によって、変ニ長調から変ロ短調、変ホ短調へと調が移ろいながら主題が続いていきます。旋律は同じでも、下で支える和音の色が変わるので、繰り返しが単調に聞こえません。
もう1つは規模です。フィールドのノクターンは静かな小品として完結していましたが、ショパンの後期作品、特にOp.48-1では、静かな開始から中間部で緊張が高まり、再現部で激しく揺れ動くという大きな起伏が生まれました。「夜の小品」だったノクターンが、ドラマを持った作品にまで広がったわけです。
ここから言えるのは、同じ「ノクターン」という名前でも、初期(Op.9、Op.15)と後期(Op.48以降)では別ジャンルに近いほど性格が違うということです。1曲弾けたから次も同じ感覚で弾けるとは限りません。曲を選ぶときは、作品番号で時期を確認しておくと、求められる技術と表現の見当がつけやすくなります。

第2番 Op.9-2はなぜ21曲の中で別格の知名度なのか

8分の12拍子の「揺れる伴奏」が耳に残る
Op.9-2が広く親しまれている理由の1つは、8分の12拍子の伴奏が作る心地よい揺れです。8分の12拍子は、8分音符3つを1まとまりとして、それが1小節に4つ並ぶ拍子。つまり「1・2・3、2・2・3、3・2・3、4・2・3」と、3つずつの揺れが4回くり返されます。左手はこの揺れに乗って、低音と和音を行き来し続けます。
日本語版ウィキペディアの夜想曲(ショパン)の項目では、この曲を「8分の12拍子で刻まれる規則的な伴奏の上で、異なる旋律を挟みながら主題が繰り返されるロンド形式風のノクターン」と説明しています。規則的な伴奏があるからこそ、右手の旋律がどれだけ自由に揺れても、聴き手は安心して音楽に身を預けられるんですね。
独学で弾くと、この12拍を1つずつ数えてしまい、伴奏がカクカクした行進のようになりがちです。8分の12拍子は1小節を4拍で感じるのが基本。3つずつのまとまりの頭だけを意識して数えると、伴奏が自然に流れ始めます。

楽譜の冒頭に「6/8」と書かれていたので、素直に「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク」と数えて弾いたら、曲が妙に重たくなった。八分の六拍子でつまずく人のほとんどが、こ…
主題が戻るたびに装飾が増える設計
Op.9-2の主題は、戻ってくるたびに少しずつ装飾が変わります。最初はシンプルに歌われた旋律が、2回目・3回目では細かい音符の飾りをまとって登場するんです。これは先ほど触れた、歌手が繰り返しで節回しを変える習慣をピアノで再現したものと考えられます。
聴き手にとっては「同じメロディなのに毎回違って聞こえる」ため、飽きずに最後まで聴けます。約5分という演奏時間も、クラシックに慣れていない人が集中を保てる長さです。優雅な旋律、覚えやすい主題、ほどよい長さ。この3つがそろっていることが、コンサートでも映像作品でも取り上げられやすい理由と言えます。
ただし、弾く側にとってはこの装飾こそが最大の壁です。装飾音の音符は小さく書かれていて、1拍の中に何個もの音が入ります。ここで「楽譜の見た目より細かく拍を割らないと入らない」と気づけるかどうかが、この曲を弾けるかどうかの分かれ目になります。
| 分類・形式 | ノクターン(夜想曲)。主題が繰り返されるロンド形式風の構成 |
| 調・拍子・時間 | 変ホ長調・8分の12拍子・演奏時間は約5分 |
| 難易度・級の表記 | 楽譜販売サイト「@ELISE」の原曲ピアノ・ソロ譜で「中上級」表記 |
| 向いている人・用途 | 装飾音を拍の中に収める練習を積みたい中級以上の人。初級者は簡易版楽譜から入る選択肢もある |
20歳前後の作品だからこそ持つ「若さ」と「借り物」
Op.9-2は、ショパンが20歳前後で書き、1832年に出版された作品です。Op.9の3曲はマリー・プレイエル夫人に献呈されました。ショパンは1810年にポーランドで生まれ(3月1日説もあります)、1849年に亡くなった「ピアノの詩人」ですが、Op.9はそのキャリアの入口にあたります。
この「初期作品」という点が、実はOp.9-2の親しみやすさにつながっています。前の見出しで触れたように、この曲にはフィールドの影響が色濃く残っていて、構成も伴奏型もノクターンの典型に沿っています。後期作品のような複雑な転調や大きな起伏が少ないぶん、初めて聴く人にも構造がつかみやすいんです。
逆に言えば、ショパンのノクターンをOp.9-2だけで判断すると、全体の印象を狭く見積もることになります。Op.9-2で「ショパンのノクターンはこういう曲」と思った人ほど、Op.48-1を聴いたときの違いに驚くはずです。有名曲を入口にしつつ、作品番号順に何曲か聴き進めてみると、ショパンの変化が見えてきます。
Op.9-2の小さな音符の連なりを、左手の拍の頭で一気に弾こうとすると、右手が急いで左手とずれ、旋律の輪郭が消えてしまいます。原因は、装飾音を「おまけ」と考えて拍の配分を決めていないこと。対策は、左手の8分音符1つに右手の装飾音を何個ずつ当てるか、鉛筆で区切りを書き込んでから、両手をゆっくり合わせることです。区切りどおりに弾けるようになってから、少しずつ揺らしを加えていきます。
映画で広く知られた第20番(遺作)と、もう1つの遺作
「戦場のピアニスト」で一気に知名度が上がった経緯
第20番 嬰ハ短調(遺作)がクラシックファン以外にまで知られるようになったきっかけは、2002年の映画『戦場のピアニスト』です。ピアノ教室のブログ(白石ピアノ教室)でも、この曲が映画の中でシュピルマンによって弾かれ、象徴的に使われたことが紹介されています。
映画音楽として使われると、曲名を知らなくても「あの場面の曲」として記憶に残ります。検索で「ショパン ノクターン 有名」と調べる人の中には、この映画をきっかけに曲を探している人も多く、Op.9-2と並んで第20番が有名曲の筆頭に挙がるのはそのためです。
注意しておきたいのは、映画で知った人が「映画で聴いたのと違う」と感じるケースです。映画では場面に合わせて演奏されているため、テンポや間の取り方が演奏会用の録音と異なります。曲そのものを確かめたいときは、演奏会用の録音を複数聴き比べると、ショパンが書いた姿と演出としての姿を区別できます。
1830年に書かれ、1875年に出版された「姉のための曲」
第20番は1830年に作曲され、出版は1875年、ショパンの死後です。もともとは姉のピアノ練習用に書かれたとされ、ショパンの『ピアノ協奏曲第2番』からの引用が含まれていることでも知られています。自分の協奏曲を練習する姉のために、その素材を小品に仕立てた、という成り立ちです。
曲の性格は、ほかのノクターンに比べて装飾が少なく、旋律が素朴なこと。Op.9-2の華やかな装飾とは対照的に、短調の旋律がほぼそのままの形で歌われます。この「飾らなさ」が、映画のような重い場面にも自然に溶け込んだ理由と言えるでしょう。
弾く側から見ると、装飾が少ないぶん譜読みの負担は比較的軽めですが、後半には細かい音の速いパッセージが出てきます。前半が弾けたからといってそのままテンポを決めると、後半で指が追いつかなくなりがちです。テンポは曲中で一番細かいパッセージから逆算して決めるのが、途中で崩れないためのコツです。
もう1つの遺作、第21番ハ短調との区別
ノクターンの遺作には、第20番 嬰ハ短調のほかに、第21番 ハ短調があります。英語版ウィキペディアのNocturne in C minor, Op. posth.の項目によると、ハ短調のノクターンはショパンのノクターンの中で最後に出版された曲で、出版は1938年。単一楽章でAndante sostenutoと指示され、「際立った単純さと民謡風の旋律」で知られています。
作曲時期については説が分かれていて、遺稿の紙質から晩年の作とする見方がある一方、より早い時期の作とする説もあります。「最後に出版された」ことと「最後に作曲された」ことは別の話なので、ここは混同しないようにしたいところです。
この2曲は、どちらも「遺作」「短調」「素朴な旋律」という共通点があるため、ネット上の記事でも情報が入れ替わっていることがあります。調べるときは嬰ハ短調(C♯ minor)か、ハ短調(C minor)かを必ず確認してください。映画で使われたのは嬰ハ短調の第20番のほうです。
第8番 Op.27-2と第13番 Op.48-1|中期から円熟期の聴きどころ
Op.27-2は「同じ主題が3回戻る」ロンド構成
第8番 変ニ長調 Op.27-2は、ピティナ・ピアノ曲事典(enc.piano.or.jp)で「A、B、A’、B’、A”、B”、コーダ」というロンド形式で書かれていると解説されています。主題Aが3回、対比する部分Bも3回現れ、最後にコーダで閉じる構成です。
聴きどころは、戻ってくるたびに主題の姿が変わっていくところです。Op.9-2でも装飾が増えていく設計がありましたが、Op.27-2ではそれに加えて、半音階的な和声の動きで調が次々と移ろいます。同じ旋律が違う光の当たり方で現れるような感覚で、中期のショパンが和声の扱いでどれだけ表現の幅を広げたかがよくわかります。
聴くときのコツは、最初の主題Aの旋律を覚えておくことです。主題が頭に入っていれば、A’やA”でどこが変わったのかを追えるようになり、5分ほどの曲の中に3回の「再会」があることに気づけます。構成を知ってから聴くと、ただ美しい曲から、設計の見える曲に変わります。
Op.27-2を弾くときの技術的な関門
Op.27-2を弾く場合、技術面で求められることは主に3つあります。右手の32分音符による急速なパッセージ、左手の大きな跳躍を含む広いアルペジオ、そしてペダリングと音色のコントロールです。
特に左手のアルペジオは、低音から高い和音まで手を大きく広げて動くため、手の小さい人ほど負担を感じやすい部分です。ここで無理に指を広げたまま弾こうとすると、手首が固まり、音も硬くなります。原因は「指の開き」だけで距離を埋めようとしていること。手首と腕の横移動を使って、手のひらごと次の位置へ運ぶ意識を持つと、音がつながりやすくなります。
ペダルについては、半音階的に和音が動くぶん、踏みっぱなしにすると響きがすぐに濁ります。和音が変わる瞬間に踏み替える「後踏み」の基本が、この曲では特に問われます。右手の細かいパッセージが濁らずに聞こえているかを、録音して確かめながら進めるのが確実です。

Op.48-1はノクターンの枠を超える規模を持つ
第13番 ハ短調 Op.48-1は、1841年夏にフランスのノアンで書かれ、同じ年に出版されました。ピアノ学習サイトpiano-questでは、この曲をノクターンの中でも最もドラマティックで力強い作品の1つとし、典型的なノクターンの枠を超えた規模を持つと紹介しています。
曲は重厚な和音による静かな歌で始まり、中間部で音楽が大きく膨らみ、その後に冒頭の主題が戻ってきたときには、最初とはまったく違う緊迫した姿になっています。同じ主題が「静」から「動」へと変質して戻ってくる。この構造が、Op.48-1を小品ではなく大きな作品として感じさせる理由です。
弾くには高度な技術と、弱音から強音までのダイナミクスの幅広い変化に対応する力が求められます。当サイトの別記事で整理したとおり、ショパンのノクターン21曲の中で上級に位置づけられるのは2曲だけで、Op.48-1はそのうちの1曲です。有名曲として聴く楽しみと、弾く対象としてのハードルの高さを、分けて考えておくのがよいでしょう。

Op.27-2は「同じ主題が和声の色を変えて3回戻る」曲、Op.48-1は「同じ主題が静から動へ変質して戻る」曲です。どちらも主題の戻り方に注目すると構造がつかめます。聴くなら両方、弾くならまずOp.27-2で技術の土台を固めてから、Op.48-1の表現の幅に挑む順番が現実的です。
大人が最初に弾くならどれ?難易度表記の読み方と第6番 Op.15-3
実は「有名な曲ほど易しい」わけではない
意外と知られていないのですが、ノクターンの知名度と難易度はほとんど連動していません。最も有名なOp.9-2は楽譜販売サイトの原曲版で「中上級」表記、映画で知られた第20番も中上級、そしてピティナ・ピアノ曲事典が21曲中最も取り組みやすいとするのは、知名度では目立たないOp.15-3です。
なぜこうなるのか。曲が有名になる理由は、旋律の覚えやすさ、映像作品での使用、コンサートでの演奏頻度などで、どれも「弾きやすさ」とは関係がないからです。むしろOp.9-2のように、華やかな装飾が魅力の曲ほど、その装飾が技術的な負担になります。
ここでつまずくのは「有名だから入門向けだろう」と考えて最初の1曲に選び、装飾音で止まってしまうケースです。曲選びでは知名度ではなく、出版社や主催者の難易度表記と、譜面の中で一番細かい音符がどのくらい出てくるかを確認すると、自分に合った曲を見つけやすくなります。

「ショパンのノクターンを弾いてみたいけれど、自分の実力で手が届くのかがわからない」——ピアノを再開した大人の学習者から、この種の質問がいちばん多く出ます。楽譜売…
ピティナ・ステップ「応用5・発展1」はどう読むか
Op.15-3のピティナ・ステップ区分「応用5・発展1」は、ピティナが設定しているステップのレベルを表します。ステップは段階的に進む区分で、「応用」の上に「発展」が続きます。Op.15-3がその境目に置かれているということは、ノクターンの中では取り組みやすくても、ピアノ全体の中では中級を越えたあたりの曲だということです。
つまり「21曲中で最も弾きやすい」は、あくまでノクターンの中での比較です。ピアノを始めて間もない人が、いきなり原曲を弾けるという意味ではありません。ここを取り違えると、「一番易しいと書いてあったのに弾けない」と自信をなくす原因になります。
難易度表記を読むときは、どの物差しで、何と比べた位置づけかを必ず確認しましょう。ピティナのステップ、全音ピアノピースの難易度、楽譜販売サイトの級表記は、それぞれ基準が違います。同じ曲でも表記がずれることがあるのは、物差しが違うからです。
Op.15-3の難しさは「音の少なさ」の裏側にある
Op.15-3は装飾がほとんどなく、シンプルな譜面です。譜読みに不安がある人にとって挑戦しやすいと評価されるのはそのためです。一方で、フレーズの切れ目が不規則であいまいで、テンポが遅いぶん、リズムを捉えにくいという特徴もあります。
音が少ない遅い曲は、1音ごとの間が長く、その間を自分で保ち続けなければなりません。速い曲なら音の連続が拍を運んでくれますが、遅い曲では拍を運ぶのは弾き手の体内のテンポ感だけです。途中で「religioso(宗教的に)」と指示された、和音が静かに続く部分もあり、ここで拍がふらつくと音楽が止まって聞こえてしまいます。
ここから言えるのは、Op.15-3は指の技術より、拍を保つ力とフレーズを読む力が試される曲だということです。大人の学習者にとっては、ノクターンの書法に触れつつ、遅いテンポで歌う練習ができる入口になります。
Op.15-3のようなゆっくりした曲を、「ゆっくり練習が大事」とさらにテンポを落として弾き続けると、1小節が長すぎて拍の感覚が消え、フレーズがつながらなくなります。原因は、遅い曲の練習テンポを速い曲と同じ考え方で決めていること。対策は、メトロノームで細かい単位(8分音符など)を鳴らして拍の中身を埋めること、そしてフレーズの終わりの音を決めてから、そこへ向かって弾くことです。
読者タイプ別:最初の1曲の選び方
ここまでの内容をもとに、読者のタイプ別に最初の1曲を考えてみます。大人になってピアノを始め、ショパンは初めてという人は、Op.15-3の原曲か、Op.9-2の簡易版楽譜から入るのが現実的です。Op.9-2の簡易版は市販されているので、好きな曲を弾く喜びを優先したい人に向いています。
ブランクからの再開組で、以前にソナチネ程度まで進んでいた人なら、Op.15-3で感覚を取り戻したあとに、第20番やOp.9-2の原曲に挑むと段階が自然です。ピティナのステップや発表会で曲を選ぶ人は、主催者の年度ごとの課題曲一覧や公式のレベル表記を確認し、そのうえで先生と相談するのが確実です。
どのタイプでも共通するのは、「聴いて好きな曲」と「今弾ける曲」を分けて考えることです。好きな曲を目標に掲げ、そこに近づくための1曲を別に選ぶ。この2段構えにすると、途中で挫折しにくくなります。
楽譜はどの版を選ぶ?原典版と校訂版の違い
ショパンの楽譜は「版」によって中身が違う
ショパンの楽譜には、ヘンレ原典版、パデレフスキ版、コルトー版、ウィーン原典版、エキエル版、ペータース原典版など、さまざまなエディションがあります。ヤマハミュージックエンタテインメントの商品解説(ymm.co.jp)でも、版による違いの例として、ノクターン第20番(遺作)でヘンレ版とパデレフスキ版の小節番号や音の選択に違いがあることが紹介されています。
なぜ版によって違いが出るのか。ショパンは自筆譜、各国で出版された初版、弟子のレッスン用楽譜への書き込みなど、複数の資料を残していて、それらの間で音やペダル、指示が一致しないことがあるからです。どの資料を重視するかで、編集者の判断が分かれます。
独学の人がつまずくのは、録音を聴きながら練習していて「楽譜と音が違う」と感じるケースです。多くの場合、演奏者が別の版を使っているだけで、どちらかが間違いというわけではありません。違和感を覚えたら、まず版の違いを疑うと、無用な混乱を避けられます。
日本で入手しやすい2つの原典系の版
日本で手に入りやすい版として、全音楽譜出版社のエキエル版(ナショナル・エディション)日本語版と、音楽之友社の版があります。全音楽譜出版社の解説によると、全音は、ショパン国際コンクールの審査委員長も務めたポーランドのピアニスト・教育者・研究者ヤン・エキエルと、弟子のパヴェウ・カミンスキが編纂した原典版『ナショナル・エディション』の日本語版を出版しており、これはショパン国際コンクールの推奨楽譜として採用されています。ノクターンの巻は21曲すべて(遺作2曲を含む)を収載しています。
音楽之友社の版は、各曲の初版を底本とした信頼性の高い版で、ショパン研究者による解説と、ショパン・コンクール入賞ピアニストによる運指がついています。解説を読みながら曲の背景を理解したい人に向いた作りです。
どちらを選ぶかは、コンクールや試験を視野に入れるならエキエル版、背景の理解や運指の参考を重視するなら音楽之友社版という目安で考えると整理しやすくなります。購入前には出版社の公式ページで収録曲と編集内容を確認してください。
| 項目 | エキエル版(全音・日本語版) | 音楽之友社版 | ヘンレ原典版 |
|---|---|---|---|
| 編集の土台 | エキエルとカミンスキによる原典版 | 各曲の初版を底本 | 国際的に標準的な原典版 |
| 特徴 | ショパン国際コンクールの推奨楽譜。21曲すべてを収載 | 研究者による物語形式の解説と、コンクール入賞ピアニストの運指つき | 小節番号や左手アルペジオの音などで他版と異なる箇所がある |
| 向いている人 | コンクール・試験を視野に入れる人 | 背景を理解しながら練習したい人 | 海外の資料や録音と照らし合わせたい人 |
レッスンや合わせで起きる「小節番号ずれ」の対処
版の違いが実際に困るのは、先生や仲間と楽譜を見ながら話すときです。第20番のように版によって小節番号が異なる曲では、「○小節目から」と言っても相手の楽譜では別の場所を指している、ということが起こります。
対処法はシンプルで、レッスンでは先生と同じ版を使うのがいちばん確実です。すでに別の版を持っている場合は、最初のレッスンで版の名前を伝え、ずれそうな箇所に印をつけておきます。独学の場合も、ネットの解説記事や動画が「何版を前提にしているか」を確認しておくと、小節番号の指示で迷わずにすみます。
また、初級の人が原曲のかわりに簡易版を使う場合、簡易版は原典版とは別物として考えましょう。簡易版は音が省かれたり調が変わったりしていることがあり、あとで原曲に進むときには、改めて原典系の版で譜読みをし直すことになります。楽譜の入手は、出版社の公式ショップや公式の楽譜販売サービスを利用してください。
21曲をどう聴き進める?作品番号から見るショパンの変化
作品番号順に聴くと「若さから円熟へ」が見える
ショパンのノクターンは、作品番号の小さいほうから大きいほうへ聴いていくと、作曲家としての変化がそのまま追えます。Op.9とOp.15は初期、Op.27、Op.32、Op.37は中期、Op.48、Op.55、Op.62は後期にあたります。1827年から1846年という約20年の間に書かれた作品群なので、1人の作曲家の成長記録として聴けるわけです。
初期のOp.9-2はフィールドの型に沿った優雅な作品、中期のOp.27-2は和声で調を移ろわせる作品、後期のOp.48-1は大きな起伏を持つ作品。有名曲をこの順に並べるだけでも、ノクターンという同じ名前の中で、ショパンが表現の射程を少しずつ広げていったことがわかります。
聴き進めるときにありがちなのは、全集のアルバムを通し番号順に流して、途中で集中が切れてしまうことです。21曲を1度に聴くより、1つの作品番号(2〜3曲)ずつ聴いて、同じ時期の曲どうしを比べるほうが、違いに気づきやすくなります。
1作品番号に2〜3曲ずつ組まれた理由
ショパンのノクターンは、1つの作品番号に2〜3曲ずつまとめて出版されています。Op.9とOp.15は3曲、Op.27からOp.62までは2曲ずつです。このまとめ方には意味があって、同じ作品番号の中の曲どうしは、対照的な性格で組み合わされていることが多いんです。
たとえばOp.48では、第13番ハ短調の大規模な作品と、第14番嬰ヘ短調が組まれ、ONTOMOではこの2曲をまとめて「円熟のショパン、ドラマティックで充実したノクターン」と紹介しています。Op.27でも、第7番と第8番が短調と長調の対で並びます。有名な1曲だけを聴くのではなく、同じ作品番号の相方の曲も聴くと、ショパンがどういう対比を狙ったのかが見えてきます。
コンサートで作品番号ごとにまとめて演奏されることがあるのも、この組み合わせの意図を生かすためです。有名曲を入口に、その曲の相方を1曲聴く。これだけで、21曲の中での聴く範囲が自然に広がっていきます。
聴き比べで耳を育てると、弾くときにも効いてくる
同じ曲を複数のピアニストの録音で聴き比べることは、弾く人にとっても練習の一部になります。ノクターンは楽譜に書かれた音符以上に、テンポの揺らし方、旋律と伴奏の音量バランス、ペダルの深さといった「楽譜に書き切れない部分」で印象が大きく変わるジャンルだからです。
聴き比べのポイントは3つです。1つ目は主題が戻ってきたときの弾き分け方、2つ目は左手の伴奏がどのくらい小さく、どのくらい動いているか、3つ目は曲の最後の和音の響かせ方です。この3点に絞ると、漠然と「この人の演奏が好き」で終わらず、自分の演奏で何を真似したいかが言葉にできるようになります。
ただし、録音を真似しすぎて楽譜の指示を見落とすのは避けたいところです。録音はあくまで解釈の1つであり、基準は楽譜にあります。聴き比べで気づいたことは、必ず楽譜の強弱記号や速度記号と照らし合わせてから、自分の演奏に取り入れましょう。
まとめ
最初の一歩としては、Op.9-2と第20番の録音をそれぞれ2種類ずつ聴き、主題を口ずさめるようにするところから始めてみてください。旋律が頭に入れば、どの曲を弾くか、どの版を選ぶかの判断が自然とついてきます。
※楽譜の収録内容や難易度表記は変更されることがあるため、最新情報は各出版社・主催者の公式サイトでご確認ください。

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