コンサートのプログラムや楽譜の表紙で「夜想曲」という文字を見かけて、「よるそうきょく?」「やそうきょく?」と一瞬迷ったことはないでしょうか。しかもCDのジャケットには「ノクターン」、輸入楽譜には「Nocturne」と書かれていて、同じものを指しているのか別のジャンルなのかが分かりにくい。この3通りの表記が並んで流通していることが、夜想曲という言葉のつかみにくさの正体です。
先に結論をお伝えすると、夜想曲は「やそうきょく」と読み、英語のNocturne(ノクターン)にあてられた訳語です。語源はラテン語のnocturnus(夜に属する)で、辞書では「主としてピアノのための、夜の情緒を表す叙情的な楽曲」と説明されています。つまり「夜想曲」という名前は、演奏する時間帯ではなく、曲の性格を示すラベルなんですね。
この記事では、読み方と語源から入り、ジャンルを創始したジョン・フィールド、全21曲を残したショパン、「作品9の2」のような作品番号つきタイトルの読み方、さらにフォーレやドビュッシーの「夜想曲」までを、辞書・音楽事典の記述に沿って整理します。名前の意味と曲の仕組みが分かると、聴くときも弾くときも見通しが立ちやすくなります。
・夜想曲の正しい読み方と、Nocturne(ノクターン)の発音・語源
・「夜の曲」を音で表す3つの特徴(伴奏・旋律・三部形式)
・ショパンの夜想曲のタイトル「作品9の2」や「遺作」の読み方
・フォーレやドビュッシーの「夜想曲」がショパンとどう違うか
夜想曲の読み方は「やそうきょく」|英語Nocturneとの関係

3文字とも音読みで「やそうきょく」と読む
夜想曲の読み方は「やそうきょく」です。「夜」をヤ、「想」をソウ、「曲」をキョクと、3文字すべてを音読みで揃えています。
なぜ音読みで揃うのかというと、漢字を組み合わせてつくった熟語は音読みで統一するのが基本だからです。同じ音楽用語でも「交響曲(こうきょうきょく)」「協奏曲(きょうそうきょく)」が同じ作りになっていますよね。夜想曲も「夜想」+「曲」という構造なので、「夜」だけを訓読みして「よるそうきょく」とするのは読み方として混ざってしまっている状態です。字の上では「夜に想いをめぐらせる曲」と読めるので、意味を思い浮かべながら読むと覚えやすくなります。
独学でありがちなのが、読み方ではなく書き方のつまずきです。「協奏曲」の「奏」に引っぱられて「夜奏曲」と書いてしまうケースで、音が同じ「そう」なので変換ミスでも起こりやすい。「奏」は奏でる、「想」は想うで、字が違えば意味も変わります。夜想曲は「夜に演奏する曲」ではなく「夜の情緒を想わせる曲」なので、正しいのは「想」です。
確認のコツは、声に出して「やそうきょく」と読んだあと、「奏ではなく想」と一度だけ書いてみることです。発表会のプログラムや練習記録に曲名を書く場面では、この1文字の違いがそのまま目に入るので、最初に意識しておくと後で迷いません。
ノクターンは英語Nocturneの読み|強勢は後ろの「ターン」
「ノクターン」は英語のNocturneをカタカナにした読み方です。英和辞典の発音記号では nɑːkˈtɜːrn と示されていて、強く発音するのは後半の「ターン」の部分です。
発音記号の中にある「ˈ」という縦の小さな記号は、その直後の音節に強勢(アクセント)が置かれることを示します。この記号が tɜːrn の前に付いているので、英語では「ノク」を軽く、「ターン」を強く長めに言うのが本来の響きです。カタカナの「ノクターン」は日本語の平板なリズムで読まれやすく、どこにも強勢を置かない発音になりがちですが、日本語の会話や曲名としてはそれで通じます。
つまずきやすいのはスペルです。発音記号の最後は rn で終わっていて、語末の e は発音されません。そのため耳で覚えた人ほど「Nocturn」と e を落として書いてしまいます。楽譜の検索や輸入盤の曲名入力でこのスペルミスをすると、目的の曲にたどり着けないことがあります。
見極め方はシンプルで、「発音しない e が最後に付く」とだけ覚えておけば十分です。英語で曲名を話す機会がある人は「ターン」に重心を置く、日本語で話すなら「ノクターン」で問題ない、と場面で使い分けてください。発音の根拠はWeblio辞書の「nocturne」の項目で確認できます。
語源はラテン語nocturnus「夜に属する」
Nocturneのもとになったのは、ラテン語の nocturnus(夜に属する)という言葉です。つまり夜想曲という名前は、「夜のものである曲」という性格を最初から名乗っていることになります。
音楽の世界には、曲の形式ではなく「どんな雰囲気・性格の曲か」を名前で示すジャンルがあります。夜想曲は日本語版Wikipediaで「性格的小品(主にピアノ独奏曲)の一種」と説明されていて、この「性格的小品」が、雰囲気や情景を短い曲の中で描くタイプの作品を指します。ソナタのように楽章の構成で名前が決まるのとは、名づけの考え方が逆なんですね。
ここでよくある誤解が、「夜に弾くための曲」「夜に作曲された曲」だと受け取ってしまうことです。名前の由来はあくまで情緒や雰囲気の指定なので、朝の練習で弾いても、昼のコンサートで演奏しても、曲の性格は変わりません。「夜想曲なのに明るい部分がある」と戸惑うのも、名前を時間帯や明暗の指定だと思い込んだときに起こります。
曲名を見たときは「夜という時間」ではなく「夜に想いをめぐらせるような気分」を思い浮かべるのが正解に近い読み取り方です。聴く前にこの前提を持っておくと、途中で雰囲気が変わる箇所も「情緒の揺れ」として自然に受け止められます。
夜想曲・ノクターン・Nocturneは同じものを指す
夜想曲、ノクターン、Nocturneの3つは、どれも同じジャンルを指す表記です。違うのは言語と文字だけで、中身に区別はありません。
日本の出版物では、楽譜の表紙に「夜想曲集」、CDの帯に「ノクターン全集」、原題の欄に「Nocturnes」と、同じ商品の中で表記が混在していることがあります。これは、訳語(夜想曲)・原語の読み(ノクターン)・原語(Nocturne)という3つの役割を1冊の中で分担しているからです。表記の違いを「別の曲」と取り違える必要はありません。
実際に困るのは、表記よりも「作曲家名を省略したとき」です。夜想曲を書いた作曲家はショパンだけでなく、ジャンルの創始者フィールドや、フォーレなど複数います。そのため「ノクターン第2番」とだけ検索したり、楽譜を注文したりすると、別の作曲家の第2番が出てくる可能性があります。耳で聴いた曲を探したいのに見つからない、というつまずきの多くはこれが原因です。
曲を特定するときは「作曲家名+夜想曲(ノクターン)+番号+作品番号」をセットで扱うのが確実です。作品番号の読み方は、この後のショパンの章で詳しく整理します。
夜想曲(やそうきょく)=英語Nocturne(ノクターン)の訳語。語源はラテン語nocturnus(夜に属する)。
性格的小品=形式ではなく、雰囲気や情景といった「性格」を短い曲で描く作品。夜想曲はその一種で、主にピアノ独奏曲として書かれる。
「夜の情緒」を音でどう作る?辞書と事典が示す3つの特徴
定義をつなぐと「夜の情緒を描く叙情的なピアノ小品」
夜想曲を一文で言うと、「夜の情緒や雰囲気を描く、叙情的なピアノの小品」です。複数の辞書・事典の記述を並べると、この形に収まります。
根拠を順に見ていきましょう。Weblio辞書の英和の項目では「主としてピアノのための、夜の情緒を表す叙情的な楽曲」、日本語版Wikipediaでは「性格的小品(主にピアノ独奏曲)の一種」とされています。どちらにも「主として」「主に」という言葉が入っている点が大切で、ピアノ曲が中心ではあるものの、ピアノ以外の夜想曲も存在することを含んだ書き方になっています。この「主に」が、後で扱うドビュッシーの管弦楽作品につながります。
つまずきやすいのは、「叙情的=ゆっくりで静か」と単純に置き換えてしまうことです。叙情的というのは、出来事を説明するより感情や気分を歌うように表す、という意味合いで、テンポや音量を直接指定する言葉ではありません。夜想曲の中にも、中間部で音が厚くなったり、感情が高まったりする曲があります。
聴くときの見極め方は、「どんな気分を歌っているか」に耳を向けることです。弾くときは、音量を一律に抑えるのではなく、旋律が歌として聴こえているかを基準にすると、叙情的という定義に沿った演奏の方向が見えてきます。
左手は同じ形の分散和音、右手は装飾された歌う旋律
夜想曲の音の作りは、「左手が分散和音の伴奏を同じリズムで繰り返し、その上で右手が装飾音で飾られた旋律を歌う」という役割分担が基本です。
コトバンクの「夜想曲」の項目では、「分散和音の伴奏に乗ってゆるやかな夢想的な右手の旋律がうたわれる」と説明されています。分散和音とは、和音の音を同時に鳴らさず、1音ずつ時間をずらして弾く伴奏のことです。和音を同時に打ち鳴らすとリズムの角が立ちますが、分散させると響きが途切れずに流れ続けるので、夜の静けさの中で揺れるような背景が生まれます。その上に、声で歌うような長い旋律を置く。この二層構造が「夜の情緒」を音にするしかけです。
聴いていて右手の旋律ばかりが印象に残るのは自然なことですが、実際に曲を支えているのは左手の一定のパターンです。左手が揺らぐと、右手がどれだけ歌っても全体が落ち着かなくなります。逆に左手が安定していれば、右手は装飾音で多少時間を使っても崩れて聴こえません。
聴くときは、一度だけ左手の伴奏に意識を向けて、同じ形が何度も戻ってくることを確かめてみてください。弾く人にとっては、この「繰り返しの形」を見つけることがそのまま譜読みの近道になります。
夜想曲の音の作りは「土台=左手の分散和音」「主役=右手の歌う旋律」の二層構造です。主役が目立つのは土台が同じ形で安定しているから。聴くときも弾くときも、まず左手の繰り返しパターンを見つけると曲の全体像がつかめます。
三部形式(A–B–A)で、中間部に雰囲気が切り替わる
夜想曲の多くは、三部形式(A–B–A)を基本にしています。最初の部分(A)、雰囲気の違う中間部(B)、そして最初の部分が戻る(A)という3つのブロックでできている形式です。
日本語版Wikipediaでは、夜想曲の形式について「多くは三部形式(A–B–A)を基本とし、中間部で調性・雰囲気が転換し、ドラマ性を増す」と説明されています。なぜ中間部で変化をつけるのかというと、同じ気分が続くだけでは短い曲でも単調になるからです。いったん調性や雰囲気を変えて緊張を高め、そのあとで最初の旋律が戻ってくると、同じ旋律でも「帰ってきた」という安心感を伴って聴こえます。夜の静けさを際立たせるために、あえて途中で波を立てている、と考えると分かりやすいでしょう。
ただし「多くは」「基本とし」という書き方のとおり、すべての夜想曲がきっちり三部形式というわけではありません。後で紹介するショパンの第2番 Op.9-2は、ロンド形式風の構成とされています。形式は「型を当てはめる」より「どこで雰囲気が切り替わるか」を探す道具として使うのが実用的です。
録音で聴いた冒頭の印象だけで「静かでゆっくりの曲」と決めて譜読みを始めると、中間部で調性や雰囲気が変わる箇所に来たとき、急に音が増えて手が止まったり、冒頭と同じ弱さのまま平板に弾いてしまったりします。原因は、曲の設計図(A–B–Aのどこで切り替わるか)を知らないまま1小節目から順に読み進めていることです。対策は、譜読みの前に楽譜全体を眺めて、調号や音の密度が変わる小節に鉛筆で印をつけておくこと。どこで雰囲気が変わるかを先に知っていれば、中間部を「別の場面」として準備できます。
夜想曲を最初に書いたのはショパンではない?1812年の出版

創始者はダブリン生まれのジョン・フィールド
夜想曲というジャンルを確立したのは、ショパンではなく、アイルランド出身のピアニスト兼作曲家ジョン・フィールドです。
日本語版Wikipediaの「ジョン・フィールド」の項目によると、フィールドは1782年7月26日にアイルランド王国のダブリンで生まれました。同項目では、フィールドが「夜想曲」(Nocturne)を一つの音楽ジャンルとして確立させた創始者として知られている、と記されています。また夜想曲の項目でも、夜想曲は「ジョン・フィールドが創始した音楽形式」と説明されていて、2つの記述が一致しています。
意外に感じる人が多いのは、夜想曲といえばショパンという印象が広く定着しているからです。音楽の授業や名曲集でショパンの作品に出会い、そのまま「夜想曲=ショパンが始めたもの」と覚えてしまうのは、ごく自然な流れと言えます。ただ、ジャンルの歴史をたどると、ショパンは「始めた人」ではなく「発展させた人」の位置にいます。
作曲家を調べるときの見極め方として、「そのジャンルを始めた人」と「そのジャンルを有名にした人」は別であることが多い、と覚えておくと便利です。フィールドの名前を知っておくと、ショパンの夜想曲を聴いたときに「どこが新しかったのか」という比較の視点が持てるようになります。
最初の夜想曲は1812年に出版された
フィールドの最初の夜想曲は、1812年に出版されています。ペータース版では、フィールドの夜想曲は18曲にまとめられています。
ここで「作曲された年」ではなく「出版された年」が記録の目印になっている点に注目してください。当時の作品は、楽譜として出版されることで多くの演奏家や愛好家の手に渡り、ジャンルとして認識されていきました。1812年に夜想曲という名前を冠した楽譜が世に出たことが、ジャンルの出発点として扱われているわけです。曲数が「ペータース版では18曲」と版の名前つきで示されるのも、どの楽譜の編集に基づいて数えるかで、数え方が変わりうるからです。
つまずきやすいのは、年号や曲数を「絶対の数字」として暗記してしまうことです。作曲家の作品数は、未完成の曲や別稿を含めるかどうかで資料によって数え方が変わることがあります。数字を覚えるときは、「どの版・どの資料での数か」をセットにしておくと、別の本で違う数を見ても混乱しません。
フィールドの夜想曲を聴いたり楽譜を探したりするときは、「ペータース版で18曲」という前提を持っておくと、全集や曲集の収録範囲を見比べるときの基準になります。
ショパンが「より自由でロマンティック」に発展させた
フィールドが確立した夜想曲を、表現の幅が広いジャンルへと押し広げたのがショパンです。現在「夜想曲」と聞いて多くの人がショパンの作品を思い浮かべるのは、この発展の結果です。
日本語版Wikipediaの夜想曲の項目では、ショパンはこの形式を「より自由でロマンティックな楽曲へと発展させた」ため、現在では夜想曲といえばショパンの作品が最もよく認識されている、と説明されています。フィールドの時点で「分散和音の伴奏に歌う旋律を乗せる」という骨格はできていましたが、ショパンはそこに中間部での大きな雰囲気の転換や、装飾音を使った歌い回しを加え、短い曲の中に感情の起伏を描き込みました。
ここで誤解しやすいのが、「発展させた=フィールドの作品は未完成で劣っている」と受け取ることです。ジャンルの創始と発展は役割の違いであって、どちらの作品が上という話ではありません。骨格がシンプルな作品には、夜想曲の基本の型が見えやすいという良さがあります。
ショパンの21曲はどう読む?「作品9の2」というタイトルの仕組み
「Op.」は「作品」、ハイフンの後ろは束の中の順番
ショパンの夜想曲のタイトルに付く「Op.9-2」は、「作品9の2(さくひんきゅうのに)」と読みます。Op.は「作品」、ハイフンの後ろの数字は、同じ作品番号でまとめて出版された曲の中での順番です。
Op.はラテン語の opus(作品)の略で、「オーパス」とも読まれます。作曲家の作品に番号を振って整理するための記号で、ショパンの夜想曲は1つの作品番号の中に2曲または3曲がまとめられているため、「9の1」「9の2」「9の3」のように枝番が付きます。日本語の曲名で「夜想曲第2番 変ホ長調 作品9の2」と書かれていたら、「夜想曲の通し番号で2番目」「作品9という束の2曲目」という、2種類の番号が並んでいると読み取れます。
混乱しやすいのが、この「通し番号」と「作品番号」を取り違えることです。たとえば第3番は Op.9-3、第13番は Op.48-1 で、通し番号と作品番号の数字は一致しません。「13番を練習したい」と言いながら「作品13」の楽譜を探してしまう、というすれ違いが起こるのはこのためです。
曲を特定するときは、通し番号よりも作品番号を優先して確認するのがおすすめです。作品番号は作曲家ごとに一意に決まるため、楽譜や録音を探すときの取り違えが減ります。
Op.9からOp.62まで、2〜3曲ずつの束で出版された
ショパンの夜想曲は全21曲(遺作を含む)で、Chopin Database(fchopin.net)によると、1830年から最晩年までの長い期間にわたって書かれています。作品番号のついた曲は、Op.9からOp.62まで、2〜3曲ずつの束になっています。
束で出版されている理由を理屈で考えると、同じ時期に書いた性格の違う曲を組み合わせて1冊にすることで、楽譜としてのまとまりを持たせていたと読み取れます。実際、同じ作品番号の中で調や雰囲気が対照的な曲が組まれていることが多く、束の単位で聴き比べると、作曲家がどんな対比を意識していたかが見えてきます。下の表は、作品番号ごとの曲数と通し番号の対応を整理したものです。
| 作品番号 | 読み方 | 収録曲数 | 通し番号 |
|---|---|---|---|
| Op.9 | 作品9の1〜3 | 3曲 | 第1番〜第3番 |
| Op.15 | 作品15の1〜3 | 3曲 | 第4番〜第6番 |
| Op.27 | 作品27の1〜2 | 2曲 | 第7番・第8番 |
| Op.32 | 作品32の1〜2 | 2曲 | 第9番・第10番 |
| Op.37 | 作品37の1〜2 | 2曲 | 第11番・第12番 |
| Op.48 | 作品48の1〜2 | 2曲 | 第13番・第14番 |
| Op.55 | 作品55の1〜2 | 2曲 | 第15番・第16番 |
| Op.62 | 作品62の1〜2 | 2曲 | 第17番・第18番 |
| その他 | 遺作(いさく) | 残りの曲 | 第20番など |
表を見るときの注意点は、束の中の曲同士でも難しさや雰囲気が大きく違うことです。「同じ作品番号だから同じくらいの難しさ」と考えて続けて取り組むと、思わぬところで苦戦します。
「遺作(いさく)」は作曲者の没後に世に出た作品
曲名に付く「遺作」は「いさく」と読み、作曲者が亡くなった後に出版された作品を指す呼び方です。ショパンの夜想曲の全21曲という数には、この遺作が含まれています。
なぜ遺作が生まれるのかというと、作曲者が生前に出版しなかった曲や、知人に贈るなど私的な形で残した曲が、没後に楽譜として世に出ることがあるからです。そのため遺作は、作品番号の束に入っていないことがあり、表記も「遺作」「Posthumous」など出版物によってばらつきます。ショパンの場合、第20番が遺作として知られていて、楽譜紹介サイトの区分では中級者向けの曲として扱われています。
つまずきやすいのは、遺作を「未完成の曲」「習作で簡単な曲」と受け取ってしまうことです。遺作というのは出版のタイミングを示す言葉であって、完成度や難易度を示す言葉ではありません。「遺作だから気軽に弾ける」と決めてかかると、実際の楽譜を見たときに想定と違って戸惑うことがあります。
曲名に「遺作」とあったら、「作曲者の没後に出版された」という事実だけを受け取り、難しさは曲ごとに確かめる、という順番で考えてください。楽譜を購入するときは、遺作が収録範囲に入っているかどうかも目次で確認しておくと安心です。
難易度は中級が中心、上級とされるのは第3番と第13番
ショパンの夜想曲の難しさは、楽譜紹介サイト「うきうきピアノ楽譜」の区分では、全21曲のほとんどが中級(難易度5~6)に分類されています。上級として挙げられているのは、第3番 Op.9-3と第13番 Op.48-1の2曲です。
この区分では、上級の2曲について「静かな呈示部と劇的に変わる中間部の対照的な表現力が必須」とされています。つまり指の動きの速さよりも、三部形式の「A」と「B」の対比をどこまで描き分けられるかが、難しさを分けるポイントになっているわけです。夜想曲は派手な技巧が並ぶジャンルではないぶん、形式の読み取りと音色のコントロールが難易度を決める、という理屈で理解しておくとよいでしょう。なお、この難易度は出版社の公式グレードではなく、一つの楽譜紹介サイトによる区分である点は踏まえておいてください。
よくある失敗は、「中級が中心だから、どれを選んでも同じくらい」と考えることです。同じ中級の区分でも、音の数、中間部の展開、装飾音の量は曲によって違います。表記上の区分はあくまで入口の目安として使い、実際には楽譜の中間部を先に眺めてから選ぶのが確実です。
21曲の難易度をもう少し細かく比べたい方は、次の記事で上級2曲と中級19曲の差を整理しています。

「ショパンのノクターンを弾いてみたいけれど、自分の実力で手が届くのかがわからない」——ピアノを再開した大人の学習者から、この種の質問がいちばん多く出ます。楽譜売…
いちばん有名な第2番 Op.9-2は何が特別?曲名の読み解き方
「夜想曲第2番 変ホ長調 作品9の2」を分解して読む
ショパンの夜想曲の中で最もよく知られているのが、第2番 Op.9-2 変ホ長調です。Chopin Databaseでも、ショパンの全作品の中で最も有名な作品の一つとして紹介されています。この曲の正式なタイトルを分解すると、曲名の読み方の練習にもなります。
「夜想曲第2番」はジャンル名と通し番号、「変ホ長調(へんほちょうちょう)」は曲の調、「作品9の2」は作品番号です。変ホ長調は英語でE-flat Majorと書き、日本語の音名で「ホ」にあたるミの音をフラットで半音下げた音を主音にした長調を指します。さらに楽譜の冒頭には、拍子が8分の12拍子、テンポ指定がAndante(アンダンテ)と書かれています。Andanteは「歩くような速さで」という意味の速度用語で、急がず、かといって止まりそうにもならない流れを示します。
曲名を覚えるときにつまずくのは、情報が多すぎて一つの長い名前として丸暗記しようとすることです。「ジャンル+通し番号」「調」「作品番号」という3つの部品に分けると、他の曲名にも同じ読み方が使えます。
| 分類・作品番号 | 夜想曲(ノクターン)/Op.9-2(作品9の2) |
| 調・拍子・テンポ | 変ホ長調(E-flat Major)/8分の12拍子/Andante |
| 作曲・出版・演奏時間 | 1831年作曲、1832年出版/約4~5分 |
| 向いている人・用途 | 夜想曲の「左手の伴奏+右手の歌う旋律」という型を、耳と楽譜の両方でつかみたい人 |
8分の12拍子は「12拍」ではなく大きな4拍で感じる
Op.9-2の8分の12拍子は、「8分音符が1小節に12個入る拍子」ですが、実際には8分音符3つを1まとまりにした「大きな4拍」として感じるのが基本です。
理由は、8分の12拍子が複合拍子と呼ばれる種類の拍子だからです。12という数は3×4に分けられ、8分音符3つずつのまとまりが4つ並ぶ、と読み取ります。1拍を3つに割る揺れが、4つの大きな拍の中で繰り返されるので、左手の伴奏には舟が揺れるような流れが生まれます。この揺れが、先ほど見た「分散和音の伴奏」とかみ合うことで、夜想曲らしいゆったりとした背景ができあがります。
独学でありがちなのが、12個の8分音符を「1、2、3……12」とすべて同じ重さで数えてしまうことです。こうすると拍の重心がどこにあるのか分からなくなり、テンポ指定のAndanteよりもずっと重たく、ぎこちない流れになります。数える音が多いぶん、右手の装飾音が入る箇所で数え間違えやすくなるのも、このやり方の弱点です。
練習では、まず「1とと、2とと、3とと、4とと」のように4つの大きな拍を意識し、慣れてきたら大きな拍の頭だけを数えるようにすると、流れを保ったまま拍を見失わずに済みます。複合拍子の数え方の基本は、次の記事で8分の6拍子を例に整理しています。

楽譜の冒頭に「6/8」と書かれていたので、素直に「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク」と数えて弾いたら、曲が妙に重たくなった。八分の六拍子でつまずく人のほとんどが、こ…
1831年に作曲、1832年に出版、献呈はマリー・プレイエル
Op.9-2は1831年に作曲され、翌1832年に出版されました。献呈先は、ピアノ製造で知られるプレイエル社を率いたカミーユ・プレイエルの妻、マリー・プレイエルです。
日本語版Wikipediaの「夜想曲第2番(ショパン)」の項目では、この曲がテレビ番組やCMなど、さまざまな場面で耳にしたことのある作品として紹介されています。演奏時間は約4~5分と、放送や映像の中で使いやすい長さに収まっていることも、耳にする機会が多い理由の一つと考えられます。「曲名は知らないけれど旋律は聴いたことがある」という人が多いのは、この使われ方によるものです。
構成についても触れておくと、この曲はロンド形式風の構成とされています。ロンド形式は、同じ主題が間に別の部分を挟みながら何度も戻ってくる形式です。夜想曲の基本として紹介した三部形式(A–B–A)とは違う型なので、「夜想曲はすべてA–B–A」と覚えていると、この曲で形式の見通しを誤ります。右手の旋律が戻ってくるたびに装飾が変化していく点に注目すると、構成がつかみやすくなります。
聴くときは、主題が何回戻ってくるかを数えながら、そのたびに装飾の付き方がどう変わるかを追ってみてください。形式を知った上で聴くと、有名な旋律の聴こえ方が一段具体的になります。
曲名の読み解き方に続いて、夜想曲という言葉の意味と形式面からの正体も確かめられます。

夜想曲を弾くとき独学でつまずくのはどこ?失敗例と練習の順番
右手の装飾音から仕上げると、両手で合わせたとき崩れる
夜想曲を独学で練習するときに多いのが、目立つ右手の旋律と装飾音から先に仕上げてしまい、両手を合わせた瞬間にテンポが崩れるというつまずきです。
理由は、この章の前半で見た二層構造にあります。夜想曲の土台は、同じリズムで繰り返される左手の伴奏です。土台が固まっていない状態で右手の装飾音を合わせると、細かい音符が入るたびに左手がつられて止まったり、急いだりします。右手だけで練習しているあいだは自由に時間を使えていた装飾音が、両手になると「伴奏の拍の中に収める」必要が出てくるため、右手の完成度が高いほど、合わせたときの違和感が大きくなるのです。
右手の旋律を録音と同じように歌えるまで仕上げてから両手に進んだところ、装飾音が入る小節で左手の分散和音が止まり、毎回そこでテンポが揺れる。原因は、曲の土台である左手の伴奏パターンを後回しにし、装飾音が「どの伴奏の音と重なるか」を決めないまま練習してきたことです。対策は、左手の伴奏を先に一定のテンポで弾けるようにし、装飾音の入る小節だけ「右手の何番目の音が左手のどの音と同時か」を楽譜に書き込んでから両手で合わせることです。
見極めの目安は、左手だけを弾いたときに、同じ形の伴奏がテンポを変えずに続けられるかどうかです。ここが安定していれば、右手の装飾音は後からいくらでも自然に乗せられます。
「声のように歌う」旋律は脱力とソフトなタッチで作る
夜想曲の旋律は、Chopin Databaseの紹介にある「人の声のように歌われる旋律を左手の伴奏の上に置く」という書き方のとおり、声で歌うように聴こえることが目標です。そのためには、手首の脱力とソフトなタッチが欠かせません。
理屈としては、手首や腕に力が入った状態で鍵盤を押すと、1音ごとに打鍵の勢いがばらつき、旋律が「点の連なり」に聴こえてしまいます。声で歌うときは息が途切れずに音から音へつながりますよね。ピアノでそれに近づけるには、手首を柔らかく保ち、腕の重さを次の音へ受け渡すように弾く必要があります。また、左手の伴奏を旋律より控えめな音量にすることで、右手が浮き上がって「歌」として聴こえやすくなります。
独学でありがちなのが、「きれいに歌わせたい」という意識から旋律の1音1音を強く押し込み、かえって硬い音になってしまうことです。さらに響きをつなげようとしてペダルを踏みっぱなしにすると、分散和音の音が重なって濁ります。夜想曲はペダルで響きを支える場面が多い曲なので、踏み替えのタイミングは曲の仕上がりを大きく左右します。
練習中に手や腕に痛みを感じたら無理に続けず、症状が続く場合は医療機関に相談してください。ペダルで音が濁る原因と踏み替えの考え方は、次の記事で解説しています。

ペダルを踏んだ瞬間、それまで整っていた音が急に濁って聞こえる。逆に、濁らせないようにと気をつけて踏むと、今度は音がブツブツ途切れてつながらない。独学でピアノを弾…
譜読みは「形式→左手→右手→両手」の順で組み立てる
夜想曲の譜読みは、1小節目から順に両手で読むのではなく、「形式をつかむ→左手の伴奏→右手の旋律→両手で合わせる」という順番で組み立てると、ここまで挙げた2つの失敗を避けやすくなります。
この順番には理由があります。まず形式を把握すれば、中間部で雰囲気が変わる箇所に心の準備ができます。次に左手を固めれば、曲の土台が安定します。そのうえで右手の旋律と装飾音に取り組むと、装飾音を「伴奏の拍の中にどう収めるか」を最初から意識できます。夜想曲の音の設計そのものに沿った順番なので、遠回りに見えて、結果的に手戻りが少なくなります。
次の段階に進んでよいかの見極めは、各ステップを止まらずに通せるかどうかです。止まる箇所があれば、その小節だけ前のステップに戻れば十分です。
読者タイプ別:夜想曲へのおすすめの入り方
夜想曲への入り方は、目的によって変えるのが効率的です。「読み方を知りたかった人」「聴いて楽しみたい人」「弾いてみたい大人」「子どもの発表会で考えている保護者」で、最初の一歩が違います。
読み方だけを確認したかった人は、「やそうきょく」「Nocturne(ノクターン)」「作曲家名+作品番号で特定する」の3点を押さえれば十分です。聴いて楽しみたい人は、まずショパンの第2番 Op.9-2で左手と右手の役割を聴き分け、次にフォーレやドビュッシーの夜想曲を聴き比べると、同じ名前でも中身が違うことが耳で分かります。弾いてみたい大人の方は、上級とされる第3番・第13番をいきなり選ぶより、楽譜紹介サイトで中級とされる曲の中から、中間部の音の密度を見て候補を絞ると挫折しにくくなります。保護者の方は、曲の知名度だけで選ばず、担当の先生と中間部の難しさを確認してから決めると安心です。
どのタイプでも共通するつまずきは、曲名だけで楽譜を注文して、別の作曲家や別の番号の楽譜が届くことです。楽譜は出版社の公式販売ページや、ぷりんと楽譜などの公式販売元で、作曲家名と作品番号を確かめて入手してください。第2番の楽譜は、たとえば全音楽譜出版社の公式オンラインショップで商品情報を確認できます。
同じ「夜想曲」でもフォーレとドビュッシーでは中身が違う
フォーレの夜想曲は全13曲、1875年から1921年まで書き継がれた
フランスの作曲家フォーレも夜想曲を残していて、その数は全13曲です。作曲期間は1875年から1921年までと長く、若い時期から晩年まで書き継がれたシリーズになっています。
日本語版Wikipediaの「夜想曲(フォーレ)」の項目によると、第1〜3番がOp.33(1875-1883)、第4〜5番がOp.36とOp.37(1884)、第6番がOp.63(1894)、第7番がOp.74(1898)、第8番がOp.84-8(1902)、第9〜10番がOp.97とOp.99(1908)、第11番がOp.104-1(1913)、第12番がOp.107(1915)、第13番がOp.119(1921)です。最もよく知られているのは第6番 変ニ長調(Op.63)で、晩年の第13番(Op.119)も傑作として位置づけられています。
ここで注意したいのが、作品番号の読み方です。第8番の「Op.84-8」は、作品84という束の8曲目を意味していて、夜想曲だけの束ではありません。ショパンの「作品9の2」と同じ感覚で「夜想曲の中の順番」と読むと、束の中身を取り違えます。作曲家によって作品番号の付け方が違う、という前提を持っておくと混乱しません。
フォーレの夜想曲を聴くときは、作曲年の順に並べて聴き比べると、同じジャンル名の中で書法が変わっていく流れが追えます。まずは有名な第6番から入り、次に晩年の第13番を聴く、という2曲の比較から始めると取り組みやすいでしょう。
ドビュッシーの夜想曲は女声合唱付きの管弦楽組曲
ドビュッシーの「夜想曲」は、ピアノ曲ではありません。1897年から1899年にかけて作曲された、女声合唱付きの管弦楽のための3曲組曲です。
日本語版Wikipediaの「夜想曲(ドビュッシー)」の項目では、「雲」「祭」「シレーヌ」の3曲で構成された組曲と説明されています。原題はそれぞれ Nuages(雲)、Fêtes(祭)、Sirènes(シレーヌ)です。初演は、1900年12月9日にパリで第1曲と第2曲、1901年10月27日に同じくパリで全3曲が演奏されました。全曲の演奏時間は約25分で、ショパンの第2番の約4~5分と比べると、規模がまったく異なることが分かります。
つまずきやすいのは、「ドビュッシー 夜想曲 楽譜」と検索してピアノ独奏の楽譜を探してしまうケースです。原曲が管弦楽なので、ピアノで弾ける楽譜を探す場合は、編曲版であることを確認する必要があります。また、ドビュッシーにはピアノ曲も多いため、別のピアノ作品と混同しないよう、「雲・祭・シレーヌの3曲組曲」という特徴で見分けるのが確実です。
聴くときは、合唱が加わるのが第3曲の「シレーヌ」である点に注目してください。ピアノの夜想曲とは違う楽器編成で「夜」の情景をどう描いているかを比べると、ジャンル名の広がりが実感できます。
実は「夜想曲=静かなピアノ曲」とは限らない
意外と知られていないのですが、「夜想曲」という名前が付いていても、静かなピアノ独奏曲とは限りません。辞書の定義にあった「主として」「主に」という言葉は、まさにこの例外を含むための書き方です。
ここまで見てきた3人を比べると、その理由がはっきりします。フィールドとショパンの夜想曲はピアノ独奏曲で、左手の伴奏と右手の歌う旋律という型を持っています。フォーレもピアノ独奏曲ですが、若い時期から晩年まで書き継がれ、同じジャンル名の中で書法が変化していきます。そしてドビュッシーは管弦楽と女声合唱で、第2曲には「祭」という、静けさとは異なる題材の曲まで含まれています。「夜想曲」という名前は、特定の編成や音量を約束するものではなく、「夜にまつわる情緒や情景を描く」という性格を示すラベルとして使われてきたのです。
| 項目 | フィールド | ショパン | フォーレ | ドビュッシー |
|---|---|---|---|---|
| 編成 | ピアノ独奏 | ピアノ独奏 | ピアノ独奏 | 管弦楽(女声合唱付き) |
| 曲数 | 18曲(ペータース版) | 21曲(遺作含む) | 13曲 | 3曲組曲 |
| 時期の目印 | 最初の出版は1812年 | 1830年~最晩年 | 1875年~1921年 | 1897年~1899年 |
| よく知られた曲 | ジャンルの創始者として知られる | 第2番 Op.9-2 変ホ長調 | 第6番 変ニ長調 Op.63 | 雲・祭・シレーヌ |
出典:日本語版Wikipedia「夜想曲」「ジョン・フィールド」「夜想曲(フォーレ)」「夜想曲(ドビュッシー)」、Chopin Database(fchopin.net)の記述をもとに整理
この比較から言えるのは、夜想曲という名前を見たら「編成」と「作曲家」を必ず確かめる、ということです。名前だけで静かなピアノ曲を想像すると、ドビュッシーの「祭」を聴いたときに戸惑うことになります。逆にこの前提を持っていれば、同じジャンル名が作曲家ごとにどう解釈されてきたかを楽しむ視点になります。
まとめ:夜想曲は「やそうきょく」、名前の意味を知ると聴き方が変わる
最初の一歩としておすすめしたいのは、ショパンの夜想曲第2番 Op.9-2を1回だけ、左手の伴奏に意識を向けて聴いてみることです。同じ形の分散和音が繰り返され、その上で右手が装飾を変えながら旋律を歌う、という夜想曲の型が耳でつかめれば、フィールドやフォーレの作品を聴いたときにも「どこが同じで、どこが違うか」が自然に分かるようになります。弾いてみたい方は、曲名を「作曲家名+作品番号」で確かめてから楽譜を選び、形式→左手→右手→両手の順で譜読みを始めてください。
※楽譜の販売状況や収録内容は変わることがあるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。

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