昔の名曲をピアノで弾く順番は難易度で決まる|エリーゼのために初級とトロイメライDの差

昔の名曲をピアノで弾く順番は難易度で決まる|エリーゼのために初級とトロイメライDの差のアイキャッチ画像

ピアノを始めて数か月、あるいは何年かぶりに再開して、「せっかくなら誰でも知っている曲を弾きたい」と思ったとき、最初に困るのが選曲です。エリーゼのために、トルコ行進曲、月光、ノクターン、トロイメライ。どれも聴けばすぐにわかる曲なのに、いざ楽譜を開くと「これは今の自分に弾けるのか」がまったく判断できません。

結論から言うと、昔の名曲は知名度の順に並べても、難易度の順にはならないということです。聴き慣れている曲ほどやさしいわけではなく、むしろ「ゆっくりで静かな有名曲」のほうが級の表記では上に置かれていることがあります。実際、ベートーヴェンの『エリーゼのために』は初級に分類される一方で、テンポの遅いシューマンの『トロイメライ』は全音ピアノピースで難易度D、ショパンの『ノクターン第2番』はEです。

この記事では、バロックから前期ロマン派までの定番曲を、作品番号・調性・出版社の公式な級表記という共通のものさしで並べ直します。作曲家5人の生没年を軸にした時代の地図、同じ曲でも版によって難易度が変わる仕組み、そして名曲にたどり着くまでの土台になる練習曲まで、独学でつまずきやすい順に整理していきます。

💡 この記事でわかること

・昔の名曲をバロック/古典派/ロマン派の3つの時代に分けて整理する方法
・定番7曲の作品番号・調性・公式の難易度表記を並べた一覧
・同じ曲でも版によって難易度が変わる理由と、版の選び方
・ゆっくりな曲ほど中級の壁になりやすい仕組みと、その対処法

目次

「昔の名曲」は3つの時代に分けると一気に整理できる

「昔の名曲」は3つの時代に分けると一気に整理できるの解説画像

名曲を1曲ずつバラバラに覚えようとすると、いつまでも全体像がつかめません。先に時代で区切ってしまうと、曲ごとの書かれ方の違いも、練習で気をつける場所も見通しがよくなります。

バロック・古典派・ロマン派で「名曲」の中身が違う

同じ「昔の名曲」でも、書かれた時代によって楽譜の中身がまったく違います。バロックの代表がヨハン・ゼバスティアン・バッハで、音楽様式は対位法、つまり複数の声部がそれぞれ独立して動く書き方が中心です。古典派はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが代表で、右手が旋律、左手が伴奏という役割分担がはっきりしています。ロマン派になると、フレデリック・ショパンやロベルト・シューマンのように、和音の響きと音色そのものが表現の主役になっていきます。

なぜこの区別が練習に効くのかというと、つまずく場所が時代ごとに違うからです。バッハでは「どの指でどの声部を保つか」で詰まり、モーツァルトでは「左手の伴奏が右手より大きくなってしまう」で詰まり、ショパンやシューマンでは「和音の中のどの音を目立たせるか」で詰まります。曲名だけを見て練習していると、自分が今どの種類の壁にぶつかっているのかが見えません。

独学でよくあるのが、バッハの曲を「右手の旋律をきれいに歌わせる」つもりで練習してしまうケースです。バッハの多くの曲では左手も旋律なので、片方だけを主役にすると音楽の骨格が崩れます。逆にショパンを対位法のつもりで弾くと、伴奏がうるさくなって旋律が沈みます。時代を先に確認しておけば、練習の入り口を間違えずに済みます。

作曲家5人の生没年を並べると、200年の流れが見える

時代区分を暗記する必要はなく、代表的な作曲家の生没年を並べるだけで十分です。バッハは1685年3月31日に生まれ、1750年7月28日に亡くなったドイツの作曲家で、ライプツィヒ、ヴァイマル、コーテンで活動しました。モーツァルトは1756年1月27日生まれ、1791年12月5日没で、35歳という若さで生涯を終えながら600以上の作品を残しています。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年12月にボンで受洗(受洗日は12月17日、誕生はその前日とされます)、1827年3月にウィーンで56歳の生涯を閉じました。様式としては古典派からロマン派への過渡期に位置し、代表作には交響曲第9番、月光ソナタ、エリーゼのためにが並びます。ショパンは1810年生まれ(3月1日説と2月22日説があります)で1849年10月17日没の39歳、シューマンは1810年6月8日生まれ、1856年7月29日没の46歳です。

📊 時代と作曲家の違いを比較
項目 バロック 古典派 前期ロマン派
代表する作曲家 バッハ(1685〜1750) モーツァルト(1756〜1791) ショパン(1810〜1849)/シューマン(1810〜1856)
書き方の中心 対位法。複数の声部が独立して動く 旋律と伴奏の役割分担が明確 和音の響きと音色が表現の主役
つまずきやすい所 声部の保持と指の割り振り 左手の伴奏が右手を覆う 和音の中の旋律が埋もれる/ペダルで濁る
この記事で扱う曲 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲 トルコ行進曲/エリーゼのために/月光 ノクターン第2番/トロイメライ
全音楽譜出版社版の比較チャート(シューマン:トロイメライ 600円・ブルグミュラー:25の練 660円・ベートーヴェン:バガテル 800円)
全音楽譜出版社版の比較(ピアノと音楽の教科書調べ・各公式サイトより、2026年9月時点)

「昔の曲だからやさしい」は、つまずきの入口

古い時代の曲ほど素朴で弾きやすい、という思い込みは実際の難易度とかみ合いません。バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番の前奏曲は分散和音の積み重ねなので取り組みやすい一方、すぐ後に続く同じ第1番のフーガは4声で書かれていて、難易度は大きく上がります。同じ番号の中ですら段差があるわけです。

理由は単純で、当時の曲は「初心者向けに書かれた」わけではないからです。教育目的で書かれた曲集と、演奏会や自分の研究のために書かれた曲が同じ「名曲」という言葉でくくられているので、古さは難易度の手がかりになりません。年代ではなく、曲ごとの構造と公式の級表記を見るしかないのです。

やりがちな失敗は、有名だからという理由で月光ソナタの原曲を最初の1曲に選び、第1楽章の途中で手が止まってそのまま楽譜を閉じてしまうパターンです。この曲は嬰ハ短調で3楽章から成り、初心者向けアレンジから原曲まで幅広い版が出ています。同じ曲名でも中身が違うので、「曲名で選ぶ」のではなく「版と級で選ぶ」ことが最初の分かれ道になります。

知名度と難易度は一致しない|公式の級表記で並べ直す

ここからが本題です。自分の耳になじんだ順ではなく、出版社や協会が公表している表記の順に曲を並べ直すと、練習する順番が自動的に決まります。

難易度の共通ものさしは、出版社と協会の公式表記だけ

ピアノ曲の難易度には、誰かの感覚ではなく公表された基準があります。日本で広く使われているのが全音楽譜出版社のピアノピースの難易度記号で、アルファベットで段階が示されます。ヤマハミュージックエンタテインメントの楽譜には「初級」「中級」といった区分が商品ページに明記されていますし、ピティナのピアノ曲事典では作品番号・調性・楽章構成が曲ごとに整理されています。

この記事で挙げる難易度は、すべてこうした公式の表記に従っています。当サイト独自の「体感で上級」といったランク付けはしません。理由は、体感の難易度は手の大きさ・これまで弾いてきた曲・譜読みの慣れで簡単に変わってしまい、読者が自分の状況に当てはめられないからです。公式表記なら、複数の曲を同じ物差しで比べられます。

注意したいのは、級表記は「版」に対して付いていることです。たとえば同じ『月光』でも、初心者向けにアレンジされた版と原典に近い版では、示される難易度がまったく違います。商品ページの難易度欄を見るときは、必ずその版がどういう編曲なのかとセットで確認してください。ピティナのピアノ曲事典のように、作品番号と正式な題名(月光は『幻想曲風ソナタ』Op.27-2)から確認できるデータベースを併用すると、版違いの取り違えを防げます。

【ピアノと音楽の教科書調べ】定番7曲の作品番号・調性・難易度一覧

出版社と協会の公式ページで確認できた情報だけを使い、この記事で扱う7曲を1枚の表にまとめました。並び順は知名度ではなく、公表されている難易度の低いほうからです。

📊 定番7曲を公式表記で並べ直す
曲名 作品番号 調性 公式の難易度表記
ブルグミュラー:25の練習曲 Op. 100 曲ごとに異なる(25曲) 初中級
エリーゼのために WoO 59 イ短調 初級
トルコ行進曲(ピアノソナタ第11番 第3楽章) K.331/K.300i ソナタ全体はイ長調、第3楽章はト短調 初級〜中級
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲 BWV 846 ハ長調 中級
トロイメライ(子供の情景より) Op. 15-7 曲集は13曲構成 全音ピアノピース D(中上級)
ノクターン第2番 Op. 9-2 変ホ長調 全音ピアノピース E(中級〜上級)
ピアノソナタ第14番『月光』 Op. 27, No. 2 嬰ハ短調(3楽章) 版により初級〜上級

この表を見ると、耳になじんだ順とはかなり違う並びになっているのがわかります。もっとも有名な部類に入る『トロイメライ』と『ノクターン第2番』が、下から数えたほうが早い位置ではなく、上のほうに置かれているのがポイントです。どちらもテンポが遅く、音数も多くありません。それでも級が高いのは、次の見出しで説明する「音の出し方の難しさ」が理由です。

同じ曲なのに版で難易度が変わる、その仕組み

もう一つ押さえておきたいのが、版の数です。ピティナのピアノ曲事典で『エリーゼのために』の楽譜情報を確認すると、191件以上の異なるエディションが登録されています。全音、ドレミ、ヤマハといった国内の出版社に加え、ヘンレ社、Doblinger、Petersなど海外の版も並びます。『月光』でも19以上、『トルコ行進曲』にいたっては70以上の版が存在します。

なぜこれだけの数になるのかというと、原典に忠実な校訂版、指づかいを補った実用版、初心者向けに音を省いた簡易版、ポピュラー風のアレンジ版と、目的の異なる楽譜がそれぞれ出版されているからです。つまり「エリーゼのためにを弾きたい」と言ったとき、指している中身が人によって違う可能性があるということです。

独学でありがちな失敗が、簡易版で弾けるようになったあと、原曲だと思い込んだまま次の曲に進んでしまうケースです。悪いことではありませんが、難易度の実感がずれたまま次の選曲をすると、いきなり段差の大きい曲にぶつかります。楽譜を買うときは、商品ページのタイトルに「やさしい」「入門」「アレンジ」といった語が入っていないか、そして難易度欄がどう書かれているかを必ず見てください。それだけで、次の1曲の選び方の精度が上がります。

最初の1曲になりやすい『エリーゼのために』の正体

最初の1曲になりやすい『エリーゼのために』の正体の解説画像

昔の名曲の入り口として選ばれることがもっとも多い曲です。初級に分類されていますが、通して弾こうとすると急に難しくなる構造を持っています。

WoO 59という作品番号が示しているもの

この曲の正式な表記は「バガテル『エリーゼのために』イ短調 WoO 59」です。バガテルとは小品という意味で、調性はイ短調、演奏時間は約3分です。ここで注目したいのがWoOという記号で、これはOp.(作品番号)が付いていないことを示します。

なぜ作品番号がないのかというと、ベートーヴェンの生前に出版されなかったからです。作曲されたのは1810年4月27日で、楽譜が世に出たのは死後40年が経った1867年、音楽学者ルートヴィヒ・ノールによって発見されてからでした。作曲者本人が出版を前提に整えた作品ではない、という事情が番号に表れているわけです。

📖 用語チェック:Op.とWoO

Op.(オーパス)は作曲者が出版した順に付けられる作品番号。WoOは「作品番号なしの作品」を意味する整理用の番号で、生前に出版されなかった曲に後から付けられます。『エリーゼのために』がWoO 59、『月光』がOp. 27, No. 2と表記が分かれているのは、この出版の経緯の違いによるものです。

冒頭は弾けるのに、中間部で止まる理由

この曲でつまずく場所は、ほぼ決まっています。誰もが知っている冒頭の旋律部分は右手と左手の役割がはっきりしていて、音域の移動も少ないため初級として通用します。ところが中間部に入ると、和音の連打、左手の広い分散和音、細かい音符の連続といった要素が次々に出てきて、要求される技術が一段上がります。

原因は、この曲がロンド形式に近い構成で、冒頭の旋律が何度も戻ってくる合間に性格の違う部分が挟まれているからです。冒頭だけを繰り返し練習していると、実際には曲全体の一部分しか弾けていない状態になります。「エリーゼのためには弾ける」と言う人の多くが冒頭部分だけを指しているのは、このためです。

対処法としては、最初から中間部を先に譜読みしてしまうのが有効です。弾ける部分から練習を始めると、難しい部分に手を付けるのが後回しになり、結果として完成しません。曲の難所を先に把握してから冒頭に戻ると、全体の見通しが立った状態で練習できます。

あわせて読みたい
エリーゼのために難易度は初中級B|冒頭Grade2とフル版Grade5を分ける32分音符
ピアノを習い始めて少し経つと、ほぼ必ず名前が挙がるのが「エリーゼのために」です。冒頭のミレミレミ…は聴いたことがない人のほうが少なく、実際に鍵盤に置いてみると、…

約3分を通して弾くための、譜読みの順番

通し演奏に必要な時間は約3分です。短い曲なので、練習の組み立て次第で完成まで持っていきやすい部類に入ります。鍵は、片手ずつの譜読みをどこまで丁寧にやるかです。

🎼 譜読みの手順
Step1:曲全体をいくつかの部分に区切り、難所がどこかを先に確認する。冒頭ではなく中間部から譜読みを始める
↓
Step2:片手ずつ、指づかいを楽譜に書き込みながら音を確認する。ここでテンポは上げない
↓
Step3:両手を合わせるのは、片手それぞれが止まらずに弾けるようになってから。合わせた直後はさらにテンポを落とす
↓
Step4:部分ごとにつなげて通す。テンポを上げるのは最後。速く弾こうとする段階で指づかいが崩れるなら、Step2に戻る

この順番を守る理由は、速いテンポで練習した動きはそのまま体に残ってしまうからです。指づかいが定まらないまま速度を上げると、間違った動きを繰り返し覚えることになり、あとから直すほうが時間がかかります。テンポを上げる作業は、練習の最後に置くのが合理的です。

トルコ行進曲は「イ長調のソナタなのに第3楽章はト短調」

明るく軽快な曲として知られていますが、楽譜を開くと調性まわりで戸惑う人が多い曲でもあります。ここを理解しておくと、譜読みが一段楽になります。

K.331という番号と、作曲年の2つの説

この曲はモーツァルトのピアノソナタ第11番の第3楽章にあたり、作品番号はK.331(新しい整理ではK.300i)です。Kはケッヘル番号の頭文字で、モーツァルトの作品を整理するために付けられた通し番号を指します。ソナタ全体の調性はイ長調です。

作曲年については、1783年頃にウィーンまたはザルツブルクで書かれたとする説と、1778年頃にパリで書かれたとする説の両方があります。研究によって見解が分かれている部分なので、どちらか一方を断定して覚えるより、「1780年前後に書かれた曲で、作曲地にも複数の説がある」と押さえておくほうが正確です。

この曲の性格は、明るく軽快で、ユーモアを含んだ響きにあります。モーツァルトは1791年12月5日に35歳で亡くなるまでに600以上の作品を残しましたが、その中でもこの楽章はピアノ学習者にとって定番の位置を保ち続けています。難易度は初級〜中級とされており、有名曲の中では比較的早い段階で手が届く曲です。

明るい曲なのに、短調から始まる仕組み

ここが最大のポイントです。ソナタ全体はイ長調ですが、第3楽章の「トルコ行進曲」はト短調(イ短調譜を移調したもの)として整理されています。聴いた印象は明るいのに、楽譜の冒頭は短調の響きで始まるため、譜読みの段階で「自分は調号を読み違えているのでは」と不安になる人が出てきます。

理由は、この楽章が短調の部分と長調の部分を交互に行き来する構成になっているからです。有名な「タンタタタン」の行進曲風の部分と、明るく開けた響きに変わる部分が入れ替わり、そのコントラストが曲全体の印象を作っています。つまり、短調で始まることそのものが曲の設計なのです。

⚠️ つまずきやすいポイント

「トルコ行進曲=明るい曲」という耳の記憶のまま譜読みすると、短調の部分でも長調のつもりで弾いてしまい、長調に切り替わる場所での明るさの落差が出なくなります。楽譜の調号と臨時記号を最初に確認し、短調の部分と長調の部分がどこで入れ替わるのかに印を付けてから音を出すと、この取り違えを防げます。

70以上の版から、自分に合う1冊を選ぶ基準

前述のとおり、この曲には70以上の異なる版が存在します。全音楽譜出版社、シンコーミュージック、ヤマハミュージックエンタテインメントなど複数の出版社から出ており、ソナタ全曲を収めたものと、この楽章だけを抜き出したものに大きく分かれます。

選び方の基準は明快です。ソナタ全体の構成を知りたい、あるいは第1楽章の変奏曲にも取り組みたいなら全曲版を選びます。全音楽譜出版社の「ピアノソナタ イ長調[トルコ行進曲付き]」は1,100円で、ソナタ3楽章がまとめて入っています。第3楽章だけを弾ければ十分という場合は、単独のピアノピースやアレンジ集のほうが持ち運びやすく、譜面台の上でも扱いやすくなります。

注意点として、アレンジ版は原曲の音を省いていたり、反復を短くしていたりします。発表会や動画で聴いた演奏と自分の楽譜が違うのは、多くの場合この差によるものです。原曲どおりに弾きたいのか、弾ける形で仕上げたいのかを先に決めてから購入すると、買い直しを避けられます。

中級の壁は「ゆっくりな曲」に潜んでいる

ここが、この記事でもっとも伝えたい部分です。速い曲より遅い曲のほうが級の表記が上、という現象には明確な理由があります。

トロイメライが難易度Dに置かれる理由

『トロイメライ』はシューマンの『子供の情景(Kinderszenen)』Op.15の7曲目にあたります。曲集全体は13曲からなる小品集で、1838年の2月から4月にかけて作曲されました。シューマン自身は日記に2月24日に作曲したと記しています。「昔の夢をみる」という意味のタイトルどおり、ゆったりとした曲調です。

この曲の全音ピアノピース難易度はDで、中上級にあたります。テンポは遅く、音数も派手ではありません。それでも級が上に置かれるのは、和音の中から旋律の音だけを浮かび上がらせる必要があるからです。同時に押さえた複数の音のうち、特定の1音だけを強く、ほかを弱く鳴らす。この打鍵のコントロールは、指を速く動かす技術とは別の種類の難しさです。

あわせて、声部が複数重なって進む書き方をしているため、内声の動きを聴きながら弾く耳も必要になります。ゆっくりだからごまかしが効かない、というのがこの曲の本質です。和音を均等に鳴らす練習には向いていますが、「やさしい曲」として選ぶと、思ったように響かないまま練習が停滞しがちです。

ノクターン第2番Op.9-2がEになる理由

ショパンの『ノクターン第2番 変ホ長調』Op.9-2は、1831年に作曲され翌1832年に出版されました。ショパンのノクターンは全21曲ありますが、「ショパンのノクターン」と言えばこの第2番を指すほど知られた曲です。演奏時間は約5分、全音ピアノピースの難易度はEで、中級から上級にあたります。

この曲が中級者向けとされる一方で難易度Eに置かれているのは、右手の装飾的な音の扱いと、左手の跳躍が理由です。左手は低音を弾いたあと、離れた位置の和音へ移動する動きを繰り返します。この跳躍を目で追わずに正確に着地させられるかどうかが、通し演奏の成否を分けます。ゆったりしたテンポなので音を並べること自体は難しくありませんが、曲として成立させるハードルはそこにあります。

楽譜としては、原典に近い全集版から、やさしくアレンジした版まで幅があります。ヤマハミュージックエンタテインメントの商品ページのように、難易度欄が明記されているものを選ぶと、自分の段階との差を事前に判断できます。

あわせて読みたい
ショパンのノクターン難易度は上級がたった2曲|全21曲を中級19曲との差で読み解く
「ショパンのノクターンを弾いてみたいけれど、自分の実力で手が届くのかがわからない」——ピアノを再開した大人の学習者から、この種の質問がいちばん多く出ます。楽譜売…

失敗パターン①:テンポが遅い曲=やさしい曲だと思い込む

独学でもっとも多い失敗が、この思い込みです。動画で聴いてゆっくりだったから、音符が少なそうに見えたから、という理由で『トロイメライ』や『ノクターン第2番』を選び、音は並べられるのに「聴いた演奏と違う」状態から抜け出せなくなります。

原因は、遅い曲の難しさが「指を動かす速さ」ではなく「1音ずつの音量と長さの管理」にあるからです。速い曲では多少の凸凹が速度に紛れますが、遅い曲では1音ごとの差がそのまま聴こえます。だから、同じ音符を弾いても仕上がりに差が出るのです。

Q 難易度Dの『トロイメライ』を、初級の段階で弾いてはいけませんか?
A 弾いてはいけない、ということはありません。級の表記は「この段階で取り組むと無理がない」という目安であって、禁止ではないからです。ただし、自分の段階より上の曲に取り組むなら、仕上がりの基準を下げないことが条件になります。音を並べられた時点で完成としてしまうと、和音の中の旋律を出す練習という、この曲でいちばん学べる部分を素通りすることになります。並行して、自分の段階に合った曲を1曲持っておく形をおすすめします。

バッハの前奏曲BWV 846が、名曲の中で特殊な理由

時代でいえばもっとも古い部類に入るこの曲は、難易度の階段の中でも独特の位置にあります。

分散和音の積み重ねだけでできている

『平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 前奏曲』BWV 846は、ハ長調・単一楽章で、演奏時間は約4〜5分です。楽譜を開くと、同じ音型がひたすら繰り返される形になっていて、和音を下から順に分けて鳴らす分散和音の積み重ねで構成されています。旋律らしい旋律が表に出てこないのが特徴です。

この構造のおかげで、譜読みの負担が小さくなっています。音型が固定されているので、最初の数小節のパターンを覚えれば、あとは和音が変わっていくのを追うだけで進めます。難易度は中級とされていますが、初心者から中級者への導入として使われることが多いのは、この取り組みやすさが理由です。

気をつけたいのは、同じ音型が続くために「手が勝手に動いてしまう」状態に陥りやすい点です。和音が変わる場所を意識せずに惰性で弾くと、音は間違っていないのに響きの移り変わりが伝わらない演奏になります。どの小節で和音が変わるかを楽譜に書き込んでおくと、この落とし穴を避けられます。

続くフーガは4声。難易度が段違いに上がる

平均律クラヴィーア曲集は、前奏曲とフーガが対になって並ぶ構成です。第1番の前奏曲のあとに続くフーガは4声、つまり4つの独立した声部が同時に進む書き方で、難易度が大きく上がります。前奏曲が弾けたからフーガもすぐ弾ける、という関係にはなっていません。

4声のフーガでは、10本の指で4つの旋律を保ちながら、それぞれの入りを聴かせる必要があります。指が届かない場所ではどの声部を優先するかを判断し、ペダルの使い方も変わります。前奏曲で求められるものとは、必要な技術の種類が違うのです。

この段差を知らずに「第1番を弾く」と言って両方を同時に譜読みすると、フーガのほうで行き詰まって前奏曲まで止まってしまうことがあります。まずは前奏曲だけを仕上げ、フーガは別の曲として後日あらためて取り組む、という分け方が現実的です。ヤマハの「ピアノの先生が選んだ大人が弾きたいクラシック名曲集」(1,980円)のように、前奏曲だけを収録した曲集もあります。

実は、表現をつけない練習に一番向いている

💡 意外と知られていない視点

感情を込めて弾く練習より、「込めずに粒をそろえて弾く」練習のほうが難しく、そして上達に効きます。BWV 846の前奏曲は音型が一定なので、1音ずつの音量・長さのばらつきがそのまま耳に出ます。自分の演奏を録って聴くと、どの指が強すぎるかが一目でわかる。名曲でありながら、鏡のような役割を果たす曲なのです。

ロマン派の曲では、表情をつけることで粒のばらつきがある程度覆い隠されます。ところがこの前奏曲は、同じ形の繰り返しなので隠しようがありません。4指・5指が弱い、親指だけが強く出る、といった手の癖が、そのまま音に現れます。

だからこそ、練習の順序としては「名曲を弾く前の点検」として使えます。この曲で粒がそろうようになってから『トロイメライ』や『ノクターン第2番』に進むと、和音の中の旋律を出す作業が格段にやりやすくなります。バロックの曲をロマン派の前段階に置く、という組み立て方には、時代順という以上の実用的な理由があるのです。

名曲に届くための土台は、ブルグミュラー25の練習曲にある

ここまで挙げた曲のあいだには段差があります。その段差を埋める役割を担っているのが、練習曲集です。

Op.100の25曲が担う「橋渡し」の位置

ブルグミュラーの『25の練習曲』Op.100は、25曲からなる練習曲集で、難易度は初中級とされています。位置づけとしては、バイエルを終えた段階の教材であり、ソナチネアルバムへ進むまでの橋渡しです。初心者から中級者へ段階的に進むための教材として広く使われています。

練習曲というと機械的な指の訓練を想像しがちですが、この曲集の特徴は各曲に情景を表す愛らしいタイトルが付いていることです。曲としての形が整っているので、単なる反復練習ではなく1曲を仕上げる経験ができます。発表会で演奏されることもあり、練習曲と作品の中間のような存在です。

作曲したブルグミュラーは1806年生まれのフランス=ベルギーの作曲家・ピアニストで、シューマンやショパンとほぼ同じ時代を生きた人物です。つまり『25の練習曲』は、ロマン派の名曲と同じ響きの世界で書かれた教材だということになります。ここを通っておくと、ショパンやシューマンの曲に入ったときの違和感が小さくなります。

📋 ブルグミュラー:25の練習曲 プロフィールカード
分類・作品番号 練習曲集/Op. 100(全25曲)
必要な鍵盤 88鍵
難易度の公式表記 初中級(バイエル〜ブルグミュラー程度)
位置づけ バイエル終了後の教材。ソナチネアルバムへの橋渡し
向いている人 名曲に取り組みたいが、途中で止まる経験が続いている人/ブランクから再開して指の動きを戻したい人

2026年はブルグミュラー生誕220年にあたる

1806年生まれということは、2026年は生誕220年の節目にあたります。この年に合わせて、さまざまな企画が予定されています。教材として使われ続けてきた作曲家の作品が、演奏会や出版の形であらためて取り上げられる機会が増えるということです。

学習者にとって意味があるのは、節目の年には楽譜や関連書籍が手に取りやすくなる場合があるという点です。楽譜そのものは全音楽譜出版社のオンラインショップをはじめ、複数の出版社から通年で入手できますが、演奏動画やコンサートのプログラムが増えると、自分が弾いている曲の目標となる演奏に触れる機会も増えます。

注意したいのは、節目の年だからといって難易度が変わるわけではないことです。企画物の楽譜にはアレンジが加えられているものもあるので、教材として使うのか、聴いて楽しむための楽譜なのかを商品説明で確認してから選んでください。

あわせて読みたい
ブルグミュラー難易度は曲集で3段階|25の練習曲は基礎4から応用2という公式区分
「ブルグミュラーって初級ですか、中級ですか」。この質問に、楽譜売り場でも教室でも、まったく違う答えが返ってくることがあります。ある人は「バイエルの次だから初級」…

失敗パターン②:練習曲を飛ばして名曲だけを渡り歩く

2つめの失敗が、有名曲だけを次々に選んで、練習曲を一度も通らないまま進むケースです。1曲目の『エリーゼのために』は冒頭だけ弾けるようになり、次に『トルコ行進曲』を買って途中で止まり、『月光』の簡易版に手を出して、また止まる。楽譜だけが増えていく状態です。

原因は、名曲どうしのあいだに技術的な連続性がないことです。『エリーゼのために』で身につくのは右手の旋律と左手の分散和音の組み合わせですが、『トルコ行進曲』で必要になるのは短調と長調の切り替えと軽快なリズム、『トロイメライ』で必要になるのは和音の中の旋律を出す打鍵です。共通する土台がないまま次に進むので、毎回ゼロからのスタートになります。

⚠️ 楽譜が増えていくときの見直し方

「弾きたい曲」と「土台を作る曲」を同時に1曲ずつ進める形に変えてみてください。名曲だけを並べると毎回ゼロからになりますが、練習曲集を並行して置いておくと、そこで身につけた動きがそのまま次の名曲で使えます。練習曲を先に全部終えてから名曲に進む必要はありません。順番ではなく、並行させることが要点です。

大人・再開組・子ども、立場別の選び方

同じ「昔の名曲を弾きたい」でも、置かれた状況によって最適な入り口は変わります。大人になってから独学で始めた人は、練習に使える時間がまとまって取れないぶん、演奏時間の短い曲から入ると完成の実感が得やすくなります。約3分の『エリーゼのために』や、1曲が短いブルグミュラーの練習曲はこの条件に合います。

ブランクを経て再開した人は、指の動きは戻っていなくても譜読みの力が残っていることが多いので、譜読みの負担が小さくて打鍵の質が問われる曲が向きます。音型が一定のBWV 846の前奏曲は、その意味で再開時の点検に使いやすい曲です。

子どもが練習している場合は、本人が知っている曲かどうかが継続の分かれ目になります。ただし、知名度で選んだ曲が難易度Dや難易度Eだった場合、仕上がらないまま時間が過ぎて自信を失うことがあります。知っている曲のやさしいアレンジ版を1曲、段階に合った練習曲を1曲、という組み合わせにしておくと、達成感と土台の両方を確保できます。

まとめ:昔の名曲は「時代・級・版」の3点で選ぶ

🎹 この記事の結論

昔の名曲は知名度ではなく公式の級表記で並べ直すと迷いません。曲名ではなく「版」を確認してから楽譜を買いましょう。

✅ 要点チェック
  • ✔ 時代で分ける:つまずく場所が時代ごとに違う
  • ✔ 級は公式表記:全音のD・Eや出版社の初級中級で比べる
  • ✔ 遅い曲ほど難しい:トロイメライはD、ノクターンはE
  • ✔ 版を確認する:エリーゼは191件以上の版がある
  • ✔ 土台と並行させる:Op.100の25曲を1曲ずつ挟む

この記事で並べた7曲を振り返ると、耳になじんだ順番と、公表されている難易度の順番がまるで違うことがわかります。イ短調のバガテル『エリーゼのために』WoO 59は初級、K.331の『トルコ行進曲』は初級〜中級、ハ長調のBWV 846前奏曲は中級、Op.15-7『トロイメライ』は全音ピアノピースのD、Op.9-2『ノクターン第2番』はE。そしてOp.27-2『月光』は、版によって初級から上級まで幅があります。最初の一歩としておすすめしたいのは、弾きたい名曲を1曲決めたら、その曲の商品ページで難易度欄と「アレンジかどうか」を確認することです。ここを確認するだけで、途中で止まる楽譜を買ってしまう確率がぐっと下がります。

なお、楽譜の価格や取り扱い、コンクールや検定の要項は変わることがあります。購入前には各出版社の公式サイトで最新の情報をご確認ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ピアノと音楽の教科書編集部です。テーマに関する基礎知識や選び方を、公式情報など確認できる情報をもとに編集しています。掲載後も定期的に見直し、変更があれば更新します。

コメント

コメントする

目次